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第7章

● 武蔵野市井の頭公園



遥香達が山科家にいた日の夜、22時頃だった。


村井優香むらいゆうかは会社帰りに井の頭公園の中を通っていた。


28才の女性が独りで通るには遅い時間だが、人通りがまるでない訳でもなく、日頃そんなに心配はしていなかった。


ただ、今日は少し後悔していた。


公園に入って少しして、後ろから誰かの視線をずっと感じていた。


前から来る人とすれ違う時にさりげなく振り返ったりしながら確認しても、付いてくる人影はなかった。


優香はその視線に気付かれない程度に早足で歩いて、帰りを急いだ。



優香が感じたその視線の主は、確かに彼女の後ろにいた。


でも、その視線は、少し高い位置から彼女を見下ろしていた。


その視線の主は、彼女に引き寄せられていた。


そういうものだった。


自分で選んでいるわけではない。


ただ、引き寄せられる。


それだけだった。


その引き寄せる力に素直に従い、彼女の頭を目指した。


ぶつかる前に、彼女の首は下に落ちていた。


立ったままの彼女の首に引き寄せられて、そして一つになった。


すると、意識はその身体中に広がった。


ずっと足りなかったものが、今、満たされた。


思わず、笑みが零れる。


数歩、歩こうとしたが、もう、それで良かった。


すぐ横の木にゆっくりもたれると、そのまま座り込んだ。


そして、想いは光に包まれていった。






● 井の頭公園遺体発見現場



「どうだ?」


真田が、遺体を確認している赤井と三田村に声を掛けた。


「多分、同じです。首にもどこにも外傷はありません」


赤井が答えた。


「撮ってるか?」


真田は後ろの二人の鑑識課員に確認した。


「はい」


「撮れてます」


二人とも頷いた。


「ちょっと俺も見ていいか?」


「どうぞ」


赤井と三田村は真田と代わった。


「……本当だ。首は何ともない……」


触らないように確認して、真田は少し戸惑った表情で後ろへ下がった。



「いいですか?」


赤井が真田を見た。


「……ああ」


赤井は軽く溜め息をつくと、彼女の前にしゃがんだ。


市倉伸子の顔をあらためて見た。


3度目の、あの表情だった。


「すまんな」


彼はそう言って、そっとその顔に触れた。



首に赤い線が描かれ始めた。


真田は息を飲んだ。


その線が端まで描かれると、首がズレ始めた。


そして、手前に落ちて転がった。


吉祥寺署の捜査員が少し、ざわっとした雰囲気はあったが、とりあえず誰も声を発しなかった。


事前に、どうなるかを教えられていたのだ。


そんな馬鹿なとは思いつつも、管理官自らの説明を受ければ、納得するしかないし、それが目の前で現実に起こったのだ。


首の揺れが止まると、少し顔色が変色したが、それだけだった。



「これくらいか」


「まだあれから5日しか経っていませんから」


赤井は抑揚を抑えた言い方をした。


真田が赤井と三田村を見た。


「赤井、三田村、済まなかった」


「いえ」


三田村は短く答えた。


「起こってほしくはなかった4件目ですが、見てもらえたのは幸いでした」


赤井は遺体を見つめながら言った。


「ああ、そうだな」


真田は複雑な表情になった。


「見たのはいい。だが……」


赤井が真田を見た。


「これを止めるには、俺達は、一体どうすればいいんだ……」


真田は目の前にある市倉伸子の顔を見ながら呟いた。


その台詞に、周りの捜査員達も遺体と首を見ているしかなかった。





「そうですか……。わかりました」


遥香は東京へ戻る途中の車の中で、赤井からの連絡を受けていた。


電話を切った後ケータイを見つめる助手席の遥香を、教授が見つめた。


「4人目か?」


「はい」


遥香は前を向いたまま答えた。


「そうか」


教授は季世恵と顔を見合わせたが、それしか言えなかった。


そして、忍は黙って少しスピードを上げた。



山科家を出てお昼を食べた後、広田恒貞について調べたが、ただ、江戸時代中期の絵師としかわからなかった。


青森出身とのことで、うつりについて何か知っていてもおかしくはなかったが、その生家とか作品とか調べる場所の手掛かりがなかった。


それに、うつりを調べているらしい人物についても、同じく何の手掛かりもなかった。


そういうことで、東北に来て1週間も過ぎていることだし、一旦東京に戻ることになったのだ。




22時頃、東京に着いた。


忍は、園山親子を先に家まで送り、その後、遥香を送った。


「忍ちゃん、本当にお疲れ様。ありがとね」


遥香は運転席から顔を出している忍に言った。


「ちゃん言うな。……少しは役に立ったか?」


「少しどころじゃないよ。大助かり。本当にありがとう」


遥香は窓に肘掛けている忍の腕に両手を載せて言った。


「そっか。じゃあ、遥香もゆっくり休めよ」


「うん。忍ちゃんもね」


「ちゃん言うな。じゃな」


忍は赤いテールランプを4回点滅させながら帰って言った。


「おやすみ」


遥香もそれに答えて家に入った。





表札は「山本」となっている。


母方の祖父の家だ。


「おじいちゃん、ただいま」


「おお、お帰り。東北はどうだった?」


「うん、楽しかったよ。はい、お土産」


遥香は居間の籐椅子に座る祖父、山本善彦やまもとよしひこにお土産を渡した。


今年70になる祖父には、娘の死も、今回の旅行の目的もごまかしていた。


まだ元気だが、少し物忘れが多くなってきた事もあり、今更、変なショックを与えたくなかった。


だから、葬式にも呼ばなかった。


遥香は、帰るのを待っていただろう祖父に、楽しそうな土産話を話して聞かせたのだった。






その日の夜 世田谷西署捜査本部



隅田すみだです。真田管理官に変わって今日からは私が本件の指揮を執ります。そして、4件目が吉祥寺署管内で起きたので、吉祥寺署との合同捜査本部になります。さらに、これまで捜査一課7係と8係で捜査してきましたが、さらに9係も加わります」


「若いですね」


三田村が赤井に小声で言った。


「捜査一課唯一のキャリア管理官だからな」


「本件に関わったら、経歴に傷が付くんじゃないですか?」


「だろうな」


赤井は言葉以上にそう思っていた。


「あと、世田谷西署の赤井と三田村、それから7係の池田と松田は捜査から外れてください」


「え?」


池田と松田は驚いたが、赤井と三田村はただ顔を見合わせただけだった。


「幽霊がどうだとか言ってる様な捜査員は必要ないので」


「いや、管理官、ちょっと待ってください!」


「待ってくださいよ!」


松田と池田が管理官に詰め寄るのを尻目に、赤井と三田村は頭を下げて会議室を出た。


廊下に出て、ドアを閉めると、二人は捜査本部の戒名を見た。


「世田谷区女性連続殺人事件…か。相変わらず、簡単だよな」


「ええ」


三田村も同じ事を感じていた。


「管理官が変わってどうなることかと思いましたが、動きやすくなりましたね」


「ああ、そうだな」


赤井は戒名から視線を外さずに言った。


「行くか」


「はい」


赤井が廊下歩き始めると、三田村もそれに付いて行った。




松田と池田が追い出されて会議室を出て行った後、隅田は、被害者の血液型が全員A型であることから、近隣の医療機関で何か接点がないか捜査を指示した。


今回の犯行は血液型に何かしらの拘りがあって、その血液型を知り得る者が犯人の可能性があると、隅田は考えていた。


確かに殺す前に血液型を知っていて、さらに住所等の個人情報を知っているとすれば、そう考えるのが自然だった。


市倉伸子の頭が載っていた身体の方は、すぐ側にあったバッグの中の運転免許証から村井優香28才であることが分かっていた。


今朝方、真田も見たあの状況を撮っていたビデオは2台とも前回同様データが消えた。


もちろん、フィルムで撮っている写真の方も同じく、首が繋がっていた時のはネガが真っ黒になった。


残っている写真は当たり前の遺体の分だけだった。


隅田以外は、アレを見たが、また当たり前の捜査をするしかなかった。





● 世田谷区 山本家



遥香は寝る前に、お風呂に入っていた。


少し東北旅行の疲れが出たのか、湯船でうつらうつらとしていた。


現実か夢か分からない意識の狭間で、遥香は見覚えのある橋の上にいた。


家の近くの野川に架かる橋だ。


土砂降りの雨の中、その橋の歩道をこっちへ歩いてくる女性に気が付いた。


あの日の服装。


「お母さん……」


母はその声に気が付いたのか、立ち止まってこっちを見た。


いや、その視線は遥香へではなかった。


誰かに話し掛け、


そして……


「お母さん!」


遥香は飛び起きる様に目を覚ましたので、お湯がザバッと溢れた。


目を開けた瞬間、横にあの子がいた様な気がしたが、見回してもいなかった。


「夢か……」


遥香は、顔に掛かったお湯を両手で拭うと、また、首まで浸かって天井を見た。



どういうことだろう。


自分の経験にない映像。


本当にあの日の母のはずはない。


夢で自分が想像した場面。


遥香には、なぜそんな夢を見たのか分からなかった。


それとも母が見せてくれたのか……



「そういえば、あの子、今はどこにいるんだろう…」


遥香は虚ろに呟いた。





翌日の朝方、遥香はまた夢を見ていた。


出版社にいた時の夢だった。



「皆さん、ちょっと集まってもらってもいいですか」


古川ふるかわ社長が総勢で5名の全社員を呼んだ。


遥香も、社長席の前に並んだ。


社長室もないくらいの小さい会社だった。


「頑張っている皆さんには、大変申し訳ないことですが、残念ながら今日でこの古川出版を閉める事になりました」


「え?」


「社長!そんな!」


「どうしてですか!」


古株の社員達が口々に言う中で、遥香はただ黙っていた。


その前日に、裏口で「不渡りになる、そこを何とかお願いします」とか、多分、銀行との会話をしているのを立ち聞きしてしまっていた。


他の社員達が社長に詰め寄っている中で、遥香は、側の机の上の原稿の袋を見つめていた。


自費出版で持ち込まれたばかりの原稿で、これはどうするんだろう?とか、考えていた。


ふと、その映像の中で、その袋に書かれたタイトルに目が留まった。



「うつりというもの……」




「!!」


遥香は、そこで目が覚めた。



「そうだ……あの時の原稿だ……」


遥香は、うつりという言葉に何か聞き覚えがある気がしていたが、それがあの時持ち込まれた原稿で見たのだと思い出した。


遥香は、飛び起きて、すぐに出掛ける用意をした。





古川社長の自宅は川越だった。


まずは一人で行く事にした。


遥香は駅に向かった。


古川の家は、時の鐘を過ぎて、少し観光地の雰囲気がなくなった辺りにある古い一軒家だった。


黒っぽくなったブロック塀にあるインターホンのボタンを押した。


すぐには反応がなかった。


「居ないかな……」


そう思った時に、『は~い』と、懐かしい嗄れた声が聞こえた。


「あ、ご無沙汰しています。渕上ですが」


遥香はインターホンに顔を近付けて言った。


『え?渕上さん!?あ、ちょっと待ってね』


しばらくして、玄関のガラス戸に人影が映った。


横開きのガラス戸が開くと古川が戸惑った顔を見せた。


遥香はそれに気付かないように頭を下げた。






「いやぁ、久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」


卓袱台にお茶を置きながら古川が言った。


「ええ、とりあえず」


遥香は口元だけに笑みを浮かべて言った。


「あの時は、本当にすまなかったね。まともに退職金も出せなくて……」


「いえ、それはもう……」


遥香は軽く手を振った。


「今日は別の用で来たので」


「え?別の用?何だろ?」


古川はきょとんとした。


「会社をやめる直前にあった自費出版の依頼を覚えていますか?」


「自費出版?えっと……」


「うつりとか何とかいうのですが」


「あ、ああ!あったね。あの妖怪のやつだ」


古川が手を打った。


「え?やっぱり妖怪ものだったんですか?」


「うん、そう。確か。まだ中を検討してもいなかったからどんな内容かも覚えてないけど」


「その原稿はどうしたんですか?」


「え?返したけど。うちじゃ出せなくなったし」


「その依頼者の名前とか住所が分かりますか?」


「ああ、多分。ちょっと待ってね」


そう言って、古川は席を立った。



彼は、しばらくしてA5サイズの手帳を持ってきた。


当時、古川が使っていた手帳だった。


「ああ、これだね。『うつりというもの』だ。えっとね、依頼者は広田三郎ひろたさぶろうさん。住所は世田谷だね」


老眼鏡を掛けた古川が顎を上げながら言った。


「え?世田谷?」


「ああ、ほら」


古川がそのページを遥香に見せた。


その住所は最初の事件現場に近い住所だった。


遥香はその住所を自分の手帳に書き写した。


「どうしたの?」


「いえ、ふと思い出したんですけど、その後出版されていたら読んでみたいなと思ったので」


ここに来る途中、検索してみて引っ掛からなかったので、出版されていないのは分かっていたが、ごまかすためにそう言った。


「そうか。そうだな、出てるといいな。迷惑を掛けてしまったから」


「そうですね」


遥香は笑顔で答えた。


「急に訪ねてしまって、すみませんでした」


遥香は玄関で、古川に軽く頭を下げた。


「いやいや、元気そうで何よりだよ」


遥香はその後の古川の表情に気が付いた。


「どうかしました?」


「あ、いや…その、今は、仕事見つかってるのかい?」


彼は言いにくそうに聞いた。


「いえ、まだですけど」


「そっか……、本当にすまんね」


「いえ、今はやりたかったことがあるので、結果的にちょうどよかったんです」


「そうなのか?」


彼は少し表情を明るくした。


「ええ」


遥香もそれに応える様に明るく言った。


「そっか……、あ、じゃあ気を付けて」


「はい。ありがとうございました」


遥香は古川にお礼を言って頭を下げた。


「じゃあ」


古川が笑顔で言った。


「はい」


そして遥香は駅に向かって歩き出した。



少し歩いた先でふと振り向くと、古川が出てきてずっと頭を下げていた。


遥香は、それには気付かないフリをして、少し流れた涙を拭って歩き続けた。





駅に着くと、遥香は教授に電話して、分かった事を話した。


「本として出そうとしていたくらいです。もしかしたら、うつりを調べていた人かもしれません。私、家に行ってみます」


「分かった。俺も行くから途中で落ち合おう」


「はい」


遥香と教授は一番近い駅で待ち合わせることにした。






● 世田谷区 広田家



その駅は、遥香の家から都内方面に2つ手前の駅だった。


この辺の私鉄の駅前はどこも似たり寄ったりで、駅前広場と呼べるものはあまりなく、ちょっとした商店街を抜けるとすぐに住宅街になったりする。


駅の改札前で教授と落ち合うと、西口から出て北へ歩いた。


10分くらい歩いた閑静な住宅街に、その家はあった。


生け垣に囲まれた古い木造の平家で、少し庭もあった。


年季の入った表札といい、この地の古い住人であることは想像がついた。


誰かいる気配はあった。


教授が石造りの門柱のインターホンを鳴らした。


しばらくして、中年の女性の声が聞こえた。


最初は少し怪訝そうな対応だったが、大学教授であることを伝え、自費出版しようとしていたことを知っていたことからその女性が戸を開けた。


「どうぞ」


「突然すみません」


二人で頭を下げた後、応接間に通された。




その50代後半の女性は広田三郎の娘、三和みわと名乗った。


「それで、何をお知りになりたいんでしょうか?」


三和は教授達の前にお茶を置きながら聞いた。


「はっきり言って、知りたいのは『うつり』という妖怪のことです。お父さんが書かれていた『うつりというもの』という本の事を聞きまして、詳しいんではないかと」


「そうですね。父は詳しかったと思います」


「え?」


「もしかして、もうお亡くなりになったのでしょうか?」


「ええ。かれこれ2年になりますか。自費出版しようとした出版社が潰れて本が出せなくて、そのすぐ後に」


「えっと、死因は?」


教授が少し心苦しそうに聞いた。


「心不全です。まあ、もう80でしたから、寿命を全うしたとも言えるでしょうけど」


「そうですか……」


「その、三和さんはうつりについて何か知っていますか?」


遥香が言った。


「いえ、あまり。怖いのは嫌いなんで」


「そうですか……」


「まあ、知っていると言えば、うちのご先祖様の奥さんと、うちの母がその妖怪に殺されたと父が言っていたことでしょうか?」


「え!?」


遥香と教授が顔を見合わせた。


「あの、そのご先祖様というのは、もしかして、広田恒貞という青森の絵師ですか?」


「あ、そこまでご存知なんですね」


「え!やっぱりそうなんですか?」


教授も驚いた。


「ええ、広田家は元々青森の出らしいんですけど、その恒貞という絵師の奥さんが殺されて、その時の状況を絵にしたとか。父はその絵も探していましたね」


「そうなんですか」


「それで、お母さんは本当にその妖怪に殺されたんですか?」


遥香が聞いた。


「わかりません。私が2才の頃なので」


三和は軽く苦笑した。


「ただ、父がその妖怪のことを仇の様に探し回っていたので、馬鹿げたこととは思えませんでした」


遥香と教授はまた顔を見合わせた。


「ところで、そのうつりに関する原稿とか、資料とか拝見することはできますか?」


教授が真剣な表情で言った。


「いいですよ。私はあまり触りたくなかったので、そのままにしていますから」


「ありがとうございます」


彼女は教授達を書斎に案内した。


それなりに片付けられていたが、確かに、タイトルに『うつり』と書かれた物がたくさん本棚に並べられていた。


机の上には、日記らしい物だけが数冊載っていた。



「あの、本の原稿はどちらに?」


教授が三和を見た。


「あ、そういえば……」


三和が机の引き出しや、それらしい物を探したが、


「あれ?無いですね。確か紙袋に入れてた物だったはずなんですけど」


「ここは、お父さんが亡くなられて誰か来たんですか?」


「そうですね、父はこの机に座ったまま逝ったので、一旦警察とかも来たんですけど、すぐに病死と判断されたので、何も持って行ってはいないですし」


「わかりました。とりあえず、ここにある物を見せてもらっても?」


「ええ、どうぞ。私は向こうに居ますので」


「あ、この日記とかも……いいですか?」


遥香が少し申し訳なさげに聞いた。


「いいですよ。中はうつりの事ばかりの日記ですから。逆に参考になるかもしれません」


そう言って三和は笑って出て行った。




「じゃあ、俺はこのファイルを見てみる。遥香君はその日記を見てみてくれ」


「わかりました」


教授がファイルを机に置いて見始めたところで、遥香は日記を手にして、横のソファーに座った。


遥香は、広田三郎の妻が殺された1年後の昭和37年から書き始められたその日記を読み始めた。


ファイルと日記には驚愕の事実がたくさん書かれていた。





● 50年前 世田谷西警察署



「奥さんで間違いない?」


「はい……」


広田三郎は、警察署の遺体安置室で妻の遺体を確認した。


妻和子は、鉄パイプのベッドの上に横たわり、白いシーツが掛けられていた。


刑事が、そのシーツを少しめくって、顔だけが見える様に広田に見せていた。


広田は、その場で泣き崩れた。


「おい」


ドアの所の壁に立っていた年配の刑事が、シーツをめくっていた若い刑事に声を掛けた。


声を掛けられた若い刑事はシーツをまた顔に掛けると、年配の刑事と二人で部屋を出て行った。


広田は、そんな事は関係なく、大きな声で床に手をついて泣き喚いていた。


広田は、妻が殺されたと聞いて、その遺体の確認に呼ばれたのだった。



一人になってしばらく泣き喚いていたが、思いっきり泣くと少し冷静さも出てきたのか、ふと思い出した事があった。


刑事は首を切られて殺されたと言った。


広田はうつ伏せていたぐしゃぐしゃの顔を上げた。


「まさか……」


広田はゆっくり立ち上がると、白いシーツを掛けられて横たわる妻を見た。



顔は確かに妻だった。


だが、身体は?


彼は、足の方に行くと、シーツの端を持った。


そして、ゆっくりとめくった。


遺体の素足が見えた。


広田は息を飲んだ。


妻の足ではなかった。


広田はシーツを思いっきりめくった。


首と身体が離れているのを見ると、目を背けたが、その身体を確認した。


胸の辺りのホクロ、左腕の傷、そもそも、身体の体型が全てが違っていた。


「広田さん……え、ちょっと何やってるんだ!」


丁度様子を見に入ってきた刑事が、広田がめくっているシーツを取り上げて、また遺体の上に掛けた。


「ちょっと、あんた、奥さんの遺体に何をやってるんだ!」


「刑事さん、この身体は妻じゃないです」


「はあ?さっき奥さんだと言ったじゃないか」


「いえ、違うのは身体の方です」


「え?」


「だから、この身体は妻の身体じゃありません」


「いや、ちょっと何言ってるんだ、あんた」


「どうした?」


そこで、もう一人の刑事も入ってきた。


「いや、旦那さんが混乱している様で」


「違う、だから、この身体が……」


「分かったから、もうここを出た方がいい」


広田は二人の刑事に抱えられて部屋を出されてしまった。



その後、何度も身体が妻ではないと訴えたが、刑事は取り合ってくれなかった。


発見時の状況から、警察では頭部と身体が別人だと思ってはいなかった。


広田は、先祖代々伝えられていた事から、これがうつりの仕業だと思った。


一度そう思ったら、もう疑う事はなかった。


広田にとって、うつりは妻の仇であり、退治するものになった。


先祖代々伝えられてきた事で少しはどういうものかを知ってはいた。


うつりは、人の頭部を切り落として入れ替わる妖怪か悪霊のようなもの。


切り取られた首が新しいうつりになって、次の人を襲う。


それは終わりがないということだった。


それも最初が女性だったからなのか、その被害者は女性に限られていた。


うつりを防ぐには家にうつりを入れないことが必要で、そのために被害のある地域ではうつり除けが付けられていた。


もちろん、外で襲われたらどうしようもない。


先祖の絵師広田恒貞は、そのうつりに妻を殺された。


妻を殺されるところをその目で見た恒貞は、それを絵に描いて、近くのお寺に供養のために奉納していた。


絵にその存在を写し込んで封印するという意味もあった。


奉納した絵は、その後盗まれて行方が分からなくなっていた。



広田は、広田家の発祥の青森や各地を調べ歩いた。


まず、うつりがどこから発祥し、どんなところに現れるのか。


それについて調べ歩いた。


広田はうつり除けがある地域を調べまわった。


そのうち、うつり塚の存在を知った。


うつり除けがある地域にはないので、 あまり関係はないかとは思ったが、そこから生まれるものかもしれないと調べた。


藤実町のうつり塚も鍵を壊して入って調べたし、他の町のうつり塚も調べたが、首塚であること以上は分からなかった。


うつりの噂から、勝手に首塚に恐怖心を抱き、うつり除けみたいなものを付けただけだとも思われた。


自分の妻が東京で被害者になったことからも分かっていたが、うつりの被害らしき事件は時と共に南下していた。



それとは別に、先祖の恒貞が描いた絵が山形の旧家にあるとの噂を知った。


その山科家を訪ねると、確かに恒貞の描いたうつりの絵があった。


その絵は、何代か前の当主が手に入れた物だとの話だった。


広田はその絵を見て、漠然としていた『うつり』というものがどういうものか、はっきりと分かった。


すると、一つの言い伝えと相反する気がしていた。


その言い伝えとは、『うつりには悪気がない。だから恐ろしい。悪気はないが、邪魔をすると殺される』というものだった。


その意味する事は、結局分からなかった。


山科家の当主は絵を返すと言ったが、広田はその言い伝えを思い浮かべた。


自分は、うつりにとって『邪魔をする者』に当たる。


広田は、手元に置いておくのは危険かもしれないと、それを丁重に断ったのだった。




遥香が読んでいくと、そんな感じだった。


そして、今回の一連の事件の理由が分かる大事なことが書かれていた。


「先生、これ……」


遥香は日記を見せた。


受け取った教授はしばらく黙って読んでいた。


「封印?」


教授は遥香を見た。


「ええ」


遥香は頷いた。


広田三郎は、霊力の高い熊野系の修験僧に出会い、うつりの封印を試みたのだった。


それは、その頃の被害者と思われる事件の場所から、世田谷区の中にうつりがいると判断し、結界を張ったものだった。


世田谷区北西部の永凛寺えいりんじ、北東部の鶴円寺かくえんじ、南西部の道空寺どうくうじ、そして、南東部の宗律寺そうりつじに修験僧慈澄(じちょう)が霊力を込めたお札を設置して結界を張った。


最初の結界は30年前の昭和62年だった。


その後、うつりの被害と思われる事件がなかったため、結界が効いていると思われた。


広田は、その中で、何とかしてうつりを探し出し、退治する手立てを考えていたが、慈澄でも、そこまではできなかった。


ところが、東京都の道路事業で、南東部の宗律寺が取り壊され、すぐ近くに移転した。


慈澄は、移転を知るとすぐに新しい宗律寺に結界を貼り直した。


それが、17年前の平成11年だった。



「そういうことだったのか」


教授が合点を得た様な表情になった。


これらの事を遥香の母の死亡と合わせて考えれば、理由に納得がいく。


遥香の母は、結界が破れた隙間で殺された。


そして、結界を張る直前の30年前の被害者の首が、遥香の母の身体の上に載ったのだ。


そして、またすぐに張られた結界に、次の被害者は出なかった。


ここで、また被害者が出始めたのは、どこかの結界が破られたのだ。


そこまでわかった時点で、もう夕方だった。


三和がファイル等を持って行っていいと言ってくれたので、遥香達はそれを研究室に運んだのだった。








●東武蔵大学園山研究室



教授は、その夜、季世恵と忍も呼んだ。


そして、遥香に赤井達も呼ぶ様に言った。


遥香が連絡をすると、赤井と三田村もすぐにやってきた。


「遥香ちゃん、どうしたの?」


「遥香ちゃん?」


三田村の言い方に忍が敵意を示した。


「あ、すみませんね。このバカのことは気にしないでください」


赤井が忍に謝った。


「誰がバカですか」


「世田谷西署の赤井です。初めまして。お世話になります」


赤井は三田村を無視して教授に挨拶した。


「こちらこそ。園山です。どうぞ座ってください」


教授はみんなを座らせた後、とりあえず分かった事を説明した。



「やっぱり本当にそのうつりがいるということですね?」


赤井が教授を見た。


「ええ、ここまできたら信じない訳にはいきません」


教授は頷いた。


「で、これを見てください」


教授がさっき作った地図を広げた。


「世田谷区近辺の地図です。そして、この赤い点と数字が今回の事件現場とその順番です」


「北西側に固まっていますよね」


忍が言った。


「ええ、世田谷西署管内の事件ですから」


三田村が言うと、忍がカチンときた表情をした。


「おい」


赤井が三田村を睨んだ。


三田村が軽く頭を下げた。


「そして、この黒い点が結界のための封印のお札を設置している寺です」


「これからすると、この北西部の永凛寺、北東部の鶴円寺、南西部の道空寺を結ぶ三角の中にほぼ入りますね」


「その通りです。これから言えるのは、南東部の宗律寺の封印が破られたと思われます」


「すぐに調べに行ってきます」


赤井が言った。


「ちょっと待ってください」


教授が赤井を見た。


「問題はもう一つ。ここです」


赤井は教授が指した4件目の事件現場を見た。


「これは、はっきり言って、この三角から出ています」


「ええ」


「すると、ここも問題です」


教授は北西部の永凛寺を指した。


「私の考えですが、結界は囲むだけでなく、その封印力として4つは必要だったと思われます。この宗律寺の封印が破られた後、3つの封印では、うつりの力を削ぐことはできず、移動を抑えただけでしょう」


「なるほど。だから、うちの管内で立て続けに……」


赤井が頷いた。


「そして、その3つの封印も、その内どれかが破られた、または、どこかに負荷が掛かって、そこが破れた。だからこそ、4件目の事件は世田谷区を出たんです」


「それで、出た方向の永凛寺ですね」


「そうです」


「分かりました。その二つもですが、全部調べてみます」


赤井が言った。


「いえ、私達もとりあえず調べに行きますので、赤井さん達は宋律寺と北東部の鶴円寺を調べてください」


「分かりました」


「あと問題は、その結界を張った慈澄という修験僧です」


「ああ……」


赤井も理解した。


「その修験僧が見つからなければ、また結界を張る事ができません。私達も確認しますが、赤井さん達もお寺の方で連絡先を確認してください」


「分かりました」


「お願いします」


赤井と三田村が研究室を出て行くと、教授達は、忍の車で2つのお寺を回ることにした。




「まずは、北西部の永凛寺だ」


「はい」


忍は車を出した。


大学から永凛寺まで、車で10分くらいだった。


着くと、忍は寺横の駐車場に車を停めた。


車を降りて4人は門の前に立った。


都内にしては、敷地は大きな方だった。


目の前の大きな門はかなり古く、由緒ある寺だと思われた。


遥香が時計を見ると20時前だった。


教授が、右横にある潜り戸のインターホンを鳴らした。


『はい、どのような御用でしょうか』


しばらくして出たのは若い男性の声だった。


「私、東武蔵大学の教授で園田と申しますが、こちらにある慈澄さんの封印について伺いたいことがありまして」


『え?』


「慈澄さんの封印についてです」


『……ちょっとお待ちください』


そこで一旦切れた。


明らかに戸惑う雰囲気があった。


4人はしばらく、こんな時間なのにまだ鳴いている蝉の声に気を取られていた。


それから少しして、潜り戸が開いた。


「どうぞお入りください」


顔を出してそう言ったのはさっきの声の僧侶だった。


彼に案内されて、庫裏くりの応接間に通された。


しばらくして、住職らしい年配の僧侶が入ってきた。



「この寺の住職で山賀やまがと申します」


彼はそう言って頭を下げた。


「突然申し訳ありません。東武蔵大学の教授で園田と申します。それと教え子達です」


私達も頭を下げた。


「うちの者から聞きましたが、何やら封印についてとか…」


住職が少し感情を表に出さない表情で言った。


「ええ、こちらにあるとお聞きして、確認に来ました」


「確認?誰に何を聞かれたのでしょう?」


「広田三郎さんの書いた物から、ここを知りました」


「広田三郎さん……ですか」


住職はまだ、はっきりとは表情を変えなかった。


彼等がなぜここに来たのか探っている様子だった。


「はっきり言います」


教授が真っ直ぐ住職を見た。


「うつりが結界を出ました」


「え!!」


住職の無表情は崩れた。


「そんなばかな……」


「お札を確認してください」


「分かりました。こちらへ」


住職がさっきまでとは打って変わって真剣な表情で立ち上がった。


住職はそのまま本堂に向かった。


「こちらです」


住職は御本尊の台座の裏に回った。


「こ、これは……」


そこで、絶句した。


遥香達もそれが見える位置に駆け寄った。


「あ!」


そこには黒くすすけたお札があった。


「むむ……確かに……」


住職が唸った。


「やっぱり、結界が破れていたんですね」


遥香が言った。


「あなた方は一体……?」


住職が遥香達を見た。


「最近、この辺りで連続女性殺人事件が起こっているのはご存知ですよね?」


「え?まさか……」


「そのまさかです」


教授は頷いた。


「4件の遺体は全て頭部と身体がズレています」


「最初の遺体の頭部が、私の母なんです」


教授に続いて、遥香が言った。


「だから、うつりを止めるために調べていたんです」


「そう、ですか……」


住職は困惑していた。


「あの、この結界は、やはり慈澄さんでないと無理なんですか?」


季世恵が聞いた。


「ええ……、そうですね。ただ、また結界を張れるかどうか……」


「え?どういうことです?」


教授が聞いた。


「慈澄殿はもう80くらいのはず。まだご健在だとしても、念を込める体力があるかどうか」


「そんなお歳でしたか……」


教授が唸った。


「とりあえず、連絡は取ってみますが……」


「誰か他に結界を張れる人はいないんですか」


遥香が住職を見た。


「慈澄殿の霊力は尋常ではなかった……。あれほどの方はそうはいません」


住職は渋い表情で言った。


「うつりが結界を出たということは、他のところも?」


住職が教授を見た。


「多分、最初に結界がダメになったのは宋律寺です。そちらは、今、警察の方が行っています」


「警察が?」


住職が少し驚いた。


「まあ、有り得ぬモノを見た二人だけですけど」


「なるほど……」


住職は、そうかというように呟いた。



「とりあえず、これから私達は、道空寺にも行ってみますので」


「あ、いや。それは私が今連絡してみますから。それよりも、あなた方が調べた事をお聞かせ願いたい」


「そうですか。では、私達にもいろいろ教えていただけるとありがたいです」


「わかりました。ちょっとお待ちください。道空寺に連絡してきますので」


「あ、それなら、鶴円寺の方もお願いできますか?」


「わかりました」


住職は軽く頭を下げると庫裏の方に行った。



「遥香君、赤井さんに鶴円寺は行かなくていいと伝えてもらえるか」


「はい」


遥香は赤井に電話した。


宋律寺の状況を聞き、そして鶴円寺には行かなくていいと伝えた。


こちらの状況を話すと、こっちに来るとのことだった。


「宋律寺の方ですけど、お札が半分に割られていたそうです」


遥香は電話を切ると、教授を見た。


「やっぱりか」


教授が溜め息を吐いた。


「先生、これからどうしたらいいんでしょう……」


遥香が言った。


「わからん……。結界のお札を何とかできるとしても、今、どこにいるのかもわからん」


確かに、次の被害が出ない限り、うつりがどこにいるかは分かりようもなかった。


「遥香君。あの女の子の霊はいないのか?」


教授が思い出した様に言った。


教授に言われて遥香が周りを見渡したが、本堂にはいなかった。


とりあえず、入り口の戸を開けて、境内を見てみたが、やっぱりいなかった。


「いません」


遥香が首を振った。


「そうか。もしかしたら、あの子が唯一対抗できる何かかもと思ったが……」


「そうですね……」


遥香が呟いた。


その横で黙っている季世恵と忍も、心の中ではそう思っていた。


その後は皆、無言で住職の戻りを待っていた。




しばらくして、住職が戻ってきた。


「2つの寺のお札は無事でした。まあ、対角線の2つじゃ意味がないですが。あと、慈澄殿のお弟子さんに連絡がつきました。慈澄殿は山に籠っているとのことです」


「ということは、まだご健在なんですね?」


教授がすがるように言った。


住職は頷いた。


「良かった……」


遥香達が安堵の表情を見せた。


「あの、ご住職」


遥香が住職を見た。


「はい」


「慈澄さんでも、退治することはできなかったんですか?」


「そうですね。無理でした。うつりはとても霊力が強い存在なので」


「そうですか……」


遥香はそう呟くしかなかった。


「では、お互いの知っていることを話しましょうか」


住職が、本尊の前に座った。


「そうですね」


教授がその前に座ると、その両側に遥香達も座った。




お互いの知っていることをそれぞれ話したが、それはほぼ確認で終わった。


住職も遥香達も広田三郎の調べた事を基にした知識だけだということだった。


4つの寺はそれぞれ宗派が違っていたが、慈澄と広田の申し入れで、協力していただけで、うつり対策の中心とはなり得なかった。


そこへ、赤井達がやって来た。


「宋律寺のお札は、破られ方から、近所の子供のいたずらの可能性が高いですね」


赤井は、そう言って溜め息を吐いた。


確かに、そのことで、人が4人も死ぬとは思わなかっただろう。


「何とか、5人目は防ぎたいです」


遥香が誰にともなく言った。


その台詞にみんなが遥香を見た。


そして、頷いた。



翌日、慈澄が熊野にある庵で三度目の結界のための儀式を始めたとの連絡が入った。






● 東武蔵大学園山教授研究室



それからしばらくは、研究室で、遥香達は借りてきたファイルなどを詳しく調べて整理をしていた。


その作業中でも、赤井から、5人目の被害者の連絡がいつ入るかと不安な時間を過ごしていた。


「失礼します」


「こんにちは~」


赤井と三田村がやって来た。


「いらっしゃい」


教授が机からソファーに移動して、二人にも座るように勧めた。


季世恵は横の長机で作業しながら頭を下げて、忍は背中を向けたまま、赤井の方に頭を下げた。



「どうぞ。お疲れ様です」


遥香は二人の前にコーヒーを置いて、教授の横に座った。


「ありがとうございます」


「ありがとね」


赤井と三田村が軽く頭を下げた。


「で、そっちは何か進展ありました?」


遥香が斜め前の赤井を見た。


「いえ、特に。とりあえず別件があったので」


「え?まさか、5人目とか?」


「いやいや、コンビニ強盗だよ」


三田村が、赤井と遥香の視線を切る様に顔を出した。


「そ、そうですか……」と、遥香は苦笑しながら言った。


「捜査本部の方で何か動きはないんですか?」


教授が赤井を見た。



「世田谷慶成会(けいせいかい)病院ってご存知ですよね?」


「ええ、もちろん」


「ですよね……」


赤井が苦笑した。


「そこの医師や看護師、職員達を連日調べてるんですよ」


「え?どうして?」


遥香が首を傾げた。


「今までの被害者が全員A型だからです」


「え?そうなんですか?」


「確かに確率的にA型を狙ってるとも見られるでしょうけど、新しい管理官は、それを事前に知り得たのは、共通の医療機関の関係者じゃないかと疑ってましてね」


「だって、世田谷では一番大きな総合病院ですよね。世田谷区民なら、誰でも一度は行ったことあるんじゃないですか?私も行ったことありますよ」


遥香が言った。


「でしょ?共通なのは当たり前ですよ」


三田村も苦笑した。


「でも、被害者って全員A型なんですか?」


遥香が少し不安そうに赤井を見た。


「ええ、そうです」


「え?もしかして、遥香ちゃん、A型?」


「はい……」


赤井が少し目を見開いた。


「そうなの?でも、大丈夫だよ。A型って言ってもたくさんいるからさ」


三田村が能天気な事を言っていた。


「季世恵さんは?」


三田村が遥香と話している横で赤井が聞いた。


「私はB型ですけど」


「そうですか」


赤井の表情に冗談の欠けらは少しもなかった。


そして、そのままの表情で三田村と話している遥香を見ていたのだった。












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