第5章
● 世田谷区某所小木家
蝉の鳴き声が激しい真夏日となった、その日の午後2時。
黄色い立入禁止のテープが張られて、その外側には近所の人々が集まっていた。
数台停まった警察車両は赤灯を回し続けて、その周辺で何人もの警察官が動き回っていた。
「ふざけんな!ふざけんなよ!何なんだよ!」
その2階の寝室では、遺体を見た一人の捜査員が頭を抱えながら壁際に座り込んで叫んでいた。
最初の捜査会議の時、管理官に意見した捜査一課の池田だった。
その狼狽した姿を、赤井と三田村が無表情で見ていた。
「また、見るとはな……」
赤井は、池田の事より、自分がまたアレを見た事に意識を取られていた。
小木美智子からの通報に対応した警官は、翌日、交代の警官に美智子が被害届を出しに来ると引き継いでいたが、さらにその二日後の今朝、非番を終えて交代した時にそれが未処理になっている事に気が付いた。
気になって、小木家を訪ねると、一昨日からの新聞がそのままになっていた。
もちろん、チャイムを押しても反応はなかった。
電話をしても出なかった。
その警官は通報時の電話をセンターに照会し、それがケータイだったのでその番号にも架けた。
すると、2階からその着信音が鳴ったのが微かに聞こえたのだ。
鳴らし続けたが、それはただ鳴りっぱなしだった。
署に連絡し、許可を得ると、応援に駆けつけたもう一人の警官と共に、玄関の鍵を開けて中を捜索し、そして、2階の寝室で遺体を見つけたのだった。
だが、問題はその遺体の身元だった。
壁に背中を預け、足を投げ出して座るように死んでいた遺体は、小木美智子ではなかった。
それは、柳静香だった。
それで、池田や赤井達がここに駆けつけたのだ。
捜査一課員がいることで、赤井と三田村達所轄の捜査員は、一歩引いた場所で見ていた。
率先して遺体の状況を確認しようとした池田が、その後に起こる事を間近で見てしまったのだ。
今から10分くらい前
「どういうことだよ?顔は確かに柳静香だよな。黒子の位置も同じだ」
池田は写真と見比べた。
「でも、ちゃんと身体があるぞ……」
そう言う池田を見て、赤井は何も言わなかった。
「首の所も何の傷もない」
池田は、特にそこを注意深く見た。
「すると、あの身体は別人だったんですかね?」
池田は、同じく捜査一課の松田を見た。
「いや、DNA鑑定で初めて柳静香だと分かった訳だからな……」
松田が言った。
「そうですよね……」
「これじゃ、解剖してみないと死因は分からないな」
松田は立ち上がると呟いた。
「ところで、何で仏さん笑ってるんだ?」
「さあ……」
池田は首を傾げた。
確かに、渕上小百合と同じ表情だと、赤井と三田村は思った。
そこで、二人はある事を思い出して顔を見合わせた。
「おい、まさか……」
「いや、そんな訳……」
松田と池田が、振り返って赤井達を見た。
二人とも、あえて特に反応はしなかった。
「いやいやいや」
池田は首を振ると、柳静香の首を確かめようと少し髪をかき上げた。
すると、首に赤い線がゆっくりと描かれ始めた。
「おい、待てよ、まさか……」
そのまさかだった。
赤い線が端まで描かれた。
「ちょっと、待て……」
柳静香の首は手前にズレ始めた。
「だから、ちょっと待てって!……う、うわぁああああ!!」
池田が腰を抜かして後ろに倒れると、その首がゆっくりと落ちた。
そして、こっちを向いたまま揺れていた。
他の捜査員も悲鳴を上げたが、赤井と三田村はそれを押し止めた。
まだ次があるからだ。
首の揺れが止まった。
他の捜査員は呆然として、赤井と三田村はゴクリと唾を飲んだ。
柳静香の顔の表情が変わり始めた。
見る見るうちに、その皮膚や髪の毛が腐り始めた感じで、異臭も放ち始めた。
「うわあああああああ!!」
池田や他の捜査員が悲鳴を上げていた。
だが、渕上小百合と違って、全てが溶け落ちる事はなかった。
腐敗という状態で止まったのだ。
身体の方は何も変化はなかった。
「多分、この身体は小木美智子だろう」
赤井がハンカチで口元を覆いながら言った。
「た、多分そうですよね……」
三田村も同じく口元を覆いながら言った。
池田達は横で喚いていた。
「で、撮ったか?」
赤井は隣でビデオを撮っていた鑑識課員を見た。
「は、はい……」
その鑑識課員は蒼ざめた表情で頷いた。
「これで、俺達の報告が嘘じゃなかったと分かりますよね」
三田村が赤井を見た。
「まあな」
赤井は鑑識課員が確認しているビデオを見ながら答えた。
● 秋田県藤実町役場
遥香達は、青森県内の郷土資料館や郷土史を専攻している地元大学の教授を訪ねたりしたが、何の成果もなく、今は秋田県の藤実町役場に来ていた。
ここの教育委員会にも教授が連絡を入れていた。
藤実町役場は2階建で、西川戸町役場よりもさらに小ぢんまりとしていた。
車を役場の駐車場に停めた後、教授達は案内板を見て、2階の一番奥の教育委員会に向かった。
ここでは部屋の間仕切りなど無く、カウンターで仕切られた向こう側がそのまま事務室になっていた。
だから、2階に上がって4人で奥の方に歩いて行くと、すぐに立ち上がる職員がいた。
「園山教授ですか?」
「ええ、園山です」
「ああ、ようこそ。生涯学習文化財係の橋本と言います」
「よろしくお願いします」
「どうぞどうぞ」
橋本は4人を応接セットの方に案内した。
「お忙しいところ、お世話になります」
座ったところで、教授が頭を下げた。
「いえいえ」
40代後半と思われる橋本は軽く手を振った。
「で、早速なんですが、お願いしていた件は何かありますか?」
「うつり塚ですよね……」
「はい」
「電話をもらっていろいろ探してみたんですが、その名前の由来が分かるものはちょっと見つかりませんでした」
「そうですかぁ……。まあ、それはそれとして、とりあえず現地を見たいんですが」
「あと、それなんですが……」
「え?何か問題が?」
「ええ、ちょっと」
塚とかなら普通にその辺で野ざらしだろうから、ただ見るのに問題があるとは思わなかった。
橋本が言うには、そこは入り口に鍵が掛かっていて、その鍵を管理していたお寺が、明治の後期に火事で全焼して住職も亡くなり、なぜかその後再建もされず、鍵の行方も分からないらしい。
「お寺が管理して鍵を?」
「はい」
「その塚には一体何があるんですか?」
「いやぁ、それが全然わからないんですよ」
橋本の言葉に教授達は顔を見合わせた。
「ただ、昔から皆怖がって、誰も近づかない場所とだけは言えます」
「そういえば、先生、そもそも『塚』ってどんな意味合いなんですか?」
忍が教授を見た。
「まあ、いろいろあるんだ。墓的なものもあるし、ただ地面が盛り上がっている所を目印的に呼んだり、何かを祈念したものだったり、古えの神道ではあの世との境界としたり、後は、非業の死を遂げた者が悪神とか悪霊にならない様に祀ったものとかな」
「最後の2つが気になりますね。うつり除けと合わせて考えるとさらに……」と、忍が言った。
教授も頷いた。
「昔……まあ、戦国時代以降くらいでこの辺で何か合戦とかあったんですか?」
教授は橋本を見た。
「そうですねぇ……。特に大きな合戦は無かったかと思いますが、この辺の地侍同士での小競り合いはあったでしょうね。ねえ、大石さん、何か知ってる?」
橋本は、後ろに座る彼と同世代の女性職員に声を掛けた。
「私も特に聞いたことないですね。その辺の遺構、遺物は言うほど発掘されていませんし」
「そうだよね……、すみません」
橋本は頭を下げた。
「いやいや」
教授は軽く手を振った。
「この辺でそれなりに合戦とか戦があったとすれば、首塚の可能性もあるなと思ったのでね」
「ああ、まあ、そんなものだと思います。実際、首だけの霊を見たとよく言われる場所なので」
「あ、そうなんですか」
首塚とは、戦などによって討ち取られた者の首が葬られるもので、戦国時代などでは全国各地に多数見られた。
「逆に、首塚はどこかに残っているんですか?」
遥香が橋本と大石と呼ばれた女性を見た。
「横手市には首塚神社があるけど、あれは坂上田村麻呂まで遡るものだし……戦国時代くらいからのはないかな?」
「そういえば、ないね?」
「ないわね」
二人は顔を見合わせて言った。
そして、教授と遥香も違う意味で顔を見合わせた。
そのうつり塚が、この地域で唯一の首塚である可能性があるのだ。
「とりあえず、現地を案内してもらってもいいですか?」
「あ、はい。わかりました」
橋本を助手席に乗せて、5人は忍が運転する車でうつり塚のある山の方へ向かった。
藤実町は山の麓にある感じで、町外れはそのまますぐに峠道みたいになった。
その峠道も2車線が1車線になってきた。
「あの辺ですよ。お寺があったのは」
橋本が右前方の林を指差した。
荒れてはいるが、確かに、以前は何かがあった様な平たい二段の林だった。
「管理していた以上、うつり塚に関する書物や資料があったんでしょうけどね」
橋本が呟いた。
それからも15分くらい走って、ほぼ行き止まりみたいになったところが少し空き地になっていた。
「ここからは徒歩です」
「あとどれくらいですか?」
遥香が聞いた。
「そうですね、30分くらいですかね」
「え?そんなに?」
遥香達は顔を見合わせた。
「管理していた寺からもかなり離れているんですね?」
教授が来た道を見ながら言った。
「ええ、まあ」
あまり人里近くに置きたくなかったということか…
教授はそう思った。
「あ、とりあえず、いるかもしれないので。これ懐中電灯を皆さんの分です」
橋本がトランクルームに積んだコンテナボックスから、各人に手渡した。
「さあ、行きましょうか」
先に歩き出した橋本に皆は付いて行った。
深い森の中という感じの薄暗い山道を歩いて、その30分が経つ頃。
「遥香君、どうした?」
教授が具合が悪そうな遥香を見た。
「ちょっと、例の感覚が…」
「え?もう?大丈夫か?」
「まあ、もう少しは」
「じゃあ、ゆっくりでいいから無理するな」
「はい」
「季世恵、遥香君に付き添っててくれ」
季世恵が少し戻って来た。
「渕上さん、大丈夫?」
「はい」
それを見て、教授と忍は少し先を歩く橋本を追った。
「どうかしました?」
その足音で橋本が振り返った。
「いや、大丈夫」
教授はニコッと笑った。
もう少し歩いたところで、「あ、あれですよ」と、橋本が鬱蒼とした山道の先を指差した。
その先には、崖の前に少し広くなった空き地があって、その崖に柵の様なものがされた洞穴があった。
周りは生い茂った木々で少し暗い感じだった。
「あの洞穴ですか?塚が?」
「ああ、あの中にあるらしいです」
「え?」
「まあ、地元では誰も見た者がいないので」
橋本が苦笑した。
その空き地に入ろうとした時だった。
遥香が教授の袖を掴んだ。
「ん?どうした?」
遥香は何かに耐える表情で唇を噛み締めながら首を振った。
「……ヤバイか?」
遥香は首を大きく縦に振った。
彼女は、胸が押さえ付けられる感覚に声が出せずにいた。
「あ、あの……大丈夫なんですか?」
さすがに橋本が怯え始めた。
「君達はここで待っててくれ」
教授が言った。
「僕も行きます」
忍が教授を見た。
忍も少し霊感があり、肌に感じていたが、遥香のために自分が行くしかないと思っていた。
教授は頷くと、「行くか」と歩き始めた。
「あの~、中には入れませんからね。それに塚自体もかなり奥らしいので見えないですよ」
橋本が教授に声を掛けた。
「わかった」
教授は歩きながら軽く手を挙げた。
その洞穴の入り口は高さが2m、幅も同じくらいだった。
入り口には鉄の格子状の柵が、上から地面までぴったりとはめられていた。
「これ、うつり除けに似てますね」
「そうだな」
教授は普通に言った。
そして、さらにその奥に木の格子状の柵がはめられているのが見えた。
「ここまでするってのは、それだけ封印……とかの意味ですかね?」
「そうだな……」
教授は少し怯えたような声になった。
真ん中に扉があるが、もちろん鍵が掛かっていた。
「古いが頑丈そうな鍵だな」
教授がその鍵をガチャガチャとさせた。
「あ……」
忍がその声に教授を見ると、教授の手に壊れて外れた鍵があった。
「壊しちゃだめじゃないですか」
「いや、壊れていたんだ」
「いや、壊したでしょ?」
「だから、壊れていたと言っているだろう!」
珍しく動揺した教授が声を荒げた。
「どうかしましたか~?」
橋本が口元に両手を当てて叫んだ。
「教授が鍵を壊しました~!」
忍が同じように叫んだ。
「違う~!壊れていたんだ~!!」
教授も同じく叫んだ。
「ええ~!?そりゃまずい。ちょっと行ってきますね」
橋本は遥香と季世恵を見ると駆けて行った。
「お父さんったら……」
季世恵が洞穴の方を見て腰に手を当てていた。
遥香も行ってみたいとは思っていたが、この空気の重さと、鳥肌が立って身体中が騒つく感じはこれまでになかったくらい強かった。
遥香は、側の岩に座り、自分を抱き締める様に身体を丸めて耐えていた。
でも、それが、フッとなくなった。
ふと気が付くと、視界の中に黒い靴を履いた女の子の足が見えた。
顔を上げると、目の前にあの女の子が立っていた。
季世恵さんは向こうを見ていて気が付いていない。
「身体がない人たちがたくさんいるよ」
女の子が言った。
「あなた、しゃべれるんだ……で、やっぱり?」
遥香は溜め息を吐いた。
「あそこに行きたいの?」
女の子が遥香の顔を覗き込むように言った。
「あ、……うん」
「じゃあ、一緒に行ってあげる」
「ほんと?」
女の子は頷いた。
「ありがとう」
遥香がそういうと、女の子はちょこちょこと駆けて行った。
「季世恵さん、私も行きます」
「え?大丈夫なの」
「ええ、もう」
遥香は女の子を追って行こうとしたが、季世恵は躊躇していた。
「季世恵さん、もう霊はいなくなったみたいなので、大丈夫ですよ」
「あ、でも、やっぱり……」
「じゃあ、私は行きますけど、ここに独りでいて大丈夫ですか?」
「あ……」
遥香の言葉であらためて薄暗い周りを見回して、
「やっぱり行くわ」
と、慌てて付いてきた。
遥香はくすっと笑うと、女の子を追った。
感じていた霊の気配が「霊が周りにいるから」ではないと遥香は思っていた。
あれだけの強い気なら霊も見えているはずだった。
それが一人の霊も見えなかったし、それでという訳でもなく、あの洞穴からのものだとはっきり分かるくらい感じていた。
あの洞穴からここまで届く強い気。
それが、あの子が現れて押し戻された。
多分、あの女の子の方が霊格が高い。
だから、あの感覚もこないのだろうと遥香は思った。
「確かに、これ、かなり前に壊されていますね」
橋本が鍵を見て言った。
「だろ?ほらみろ、やっぱり俺じゃないじゃないか」
遥香と季世恵が着いた時、そんな会話をしていた。
その横を女の子が中に入って行った。
「あの、中に入れるみたいですよ」
遥香がみんなに言った。
「いや、でも、木の格子の方の鍵が掛かってるし」
忍がライトでその鍵のところを照らした。
「あれも壊れてませんか?」
女の子がその木の格子の向こうで手招いているので、遥香はそう言ってみた。
遥香がそう言うので、忍が中に入って鍵を確かめた。
「あ、やっぱり壊されてる。開くわ」
そう言って忍が木の扉を開けた。
「えっと、いやぁ、その~、ここは一応私有地ですので勝手に入るわけにはいかないんですよね…」
橋本が困ったように言った。
「誰がここを引き継いでるのかわからなくて、調査の申し入れもできなかったというところもあるんですけど、結果的にわからないからと鍵を壊すわけにもいかないし……」
「もう壊れてるから」
教授が鍵を指差した。
「いや、でも……」
「調査したいんじゃないの?」
「いや、それもちょっと怖いので…」
「あ、なるほど」
教授は橋本の本音に苦笑した。
「じゃあ、仮に許可があってもここを調査することはなかった……ということだろ?」
「……まあ」
「じゃあ、いいじゃないか。俺が調べてきてやるから」
「…………」
「それに、中を荒らされてたらどうするんだ?放って置いていいのか?」
「わかりましたよ……」
橋本が諦めて言った。
「さあ、入るぞ」
「……後で、写真くださいね」
橋本が忍を見た。
「任せて」
忍が親指を立てた。
究極の選択に、みんなといることを選んだ季世恵も含めて、全員で懐中電灯を持って中に入った。
先頭は教授と遥香、その次に忍と季世恵、そして一番後ろを橋本が歩いた。
鉄の格子柵もそれなりに古かったが、木の格子柵はさらに古い感じだった。
「多分、この木の柵の方が先にあったんだろうな。その後、あの鉄の柵がさらに外側に付けられたと思う」
教授が木の格子柵を調べながら言った。
さらに、「この少し新しい足跡は、一人だな」と、地面を照らしながら言った。
「前に鍵を壊して入った奴ですか?」
「ああ」
「一人でこんなとこに?信じられない!!」
季世恵さんが少し壊れた。
「何のために入ったんでしょうか?」
遥香が季世恵に苦笑しながら言った。
「それは塚まで行ってみないとわからんな」
「まあ、そうですよね」
教授が冷んやりとした暗闇の中を先に進み始めたので、遥香達も付いて行った。
真っ暗な中で、5本の光条がその暗闇を無くそうと交錯していた。
何か恐ろしいものがその光の中に照らし出されたらと、誰もが怯えながらではあった。
でも、その光の中に照らし出されるのは、洞穴の少し濡れた様な岩肌だけで、特に人の手が加えられたものはなかった。
洞穴は、木の格子柵から10mくらいで少し右に曲がっていった。
そして、さらに左に曲がったりしながら、約50mくらい入ったところで行き止まりだった。
「教授、あれ」
遥香が指差した。
その行き止まりが少し広い場所になっていて、その真ん中に塚があった。
こんもりと土が盛り上がっていて、その上に小さな祠が載せられていた。
それを囲む様に木の柱が四隅に立てられていて、それにはしめ縄が張られていたはずだが、それは朽ちて落ちていた。
その向こうに女の子がこっちを向いて立っていたが、それが見えるのは遥香だけだった。
「しめ縄は切れているが、特に荒らされているわけではないな」
「そうですね」
橋本が少し自分の仕事を思い出した様だ。
「これだと、やっぱり首塚なんですかね?」
橋本が教授に聞いた。
「多分な……。掘ってみるか?」
教授が橋本を見た。
「だめですよ、先生」
遥香が言った。
「何でだ?」
「ここ、やっぱり首塚らしいです。身体がない霊がたくさんいるみたいなので……」
「え?分かるのか?」
「はい。するなら供養の方が必要ですね。お寺が焼失して以来、供養されていないから、霊が溢れているんだと思います」
遥香は女の子の霊から聞いたとは隠して言った。
「れ、霊が、溢れている?ひ、ひぃー……」
季世恵さんが気を失って倒れかけたのを忍が支えた。
「首塚は首塚として、これだと普通の首塚だ。特にうつりとの関係は分からないな……。……ん?」
教授が首を傾げた。
「先生、どうかしました?」
「いや、遥香君。君はさっきまであんなだったのに、どうして、急に霊を感じるのが大丈夫になったんだ?」
遥香はしまったと思ったが、季世恵が気を失っているので、いいかと思った。
「実は、さっきから女の子の霊がここにいまして、その子が低俗霊を追い払ってくれたみたいで……」
「え!」
「え!!」
「ええー!!!」
と、教授と忍と橋本が驚いた。
「ど、どこに?」
さすがに教授も声を少し震わした。
「その塚の向こう側です」
女の子は、普通の表情で特に反応はなかった。
「どんな子なんだ?」
「えっと、4、5才で、真っ直ぐな長い黒髪に白い服を着てて、黒い靴を履いてます」
「写真撮っても大丈夫かな?」
「う~ん、どうだろ?」
遥香は「ねえ、写真撮ってもいい?」と聞いてみた。
女の子は首を傾げた。
「よくわからないみたい」
遥香は忍を見た。
「でも、撮りたいな。教授、季世恵さんをいいですか?」
「ああ」
教授に季世恵を任せると、忍は塚をファインダーに入れてシャッターを切った。
フラッシュで光ったその瞬間だった。
甲高い悲鳴の様なモノが全員の頭の中に響いた。
「うわっ!」
「いやっ、なにこれ……」
遥香も耳を押さえた。
そして、地面の下から嫌な感じが湧き上がってくるのを感じた。
女の子の方を見ると、塚の方をじっと見ていたが、
「早くここを出て」
そう言って、出口の方を指差した。
私が戸惑っていると、
「早く」
静かに、だけど強く、そう言った。
「みんな!すぐにここを出て!」
遥香は叫んだ。
そして、季世恵さんを忍に背負わせて、みんなで洞穴を走って出ようとしたら地面が大きく揺れ始めた。
何とか外に出て、少し離れた所まで行って後ろを振り返ると、女の子が洞穴の方に向かって手を伸ばしていた。
そして、止めの様な大きな揺れが来た。
「うわっ!」
みんながよろけて転けた時、洞穴が崩れていった。
しばらくその揺れが続いて、収まる頃には、完全に洞穴は塞がれていたのだった。
「な、何だ?何が起こった?」
教授がそう言って遥香を見た。
「あの女の子が『出ろ』って言ったんです。そうしたら……」
遥香は、呆然としながら言った。
「女の子は?」
遥香はもう一度洞穴の方を見たが、さっきの場所に女の子はいなかった。
周りを見回してみたが、どこにもいなかった。
「いなくなりました……」
遥香は戸惑った様に言った。
女の子はいなくなったが、遥香にあの感じはきていなかった。
多分、霊達はあの子に抑えられたまま、埋まったということだろう。
ただ、あの揺れ……
遥香にはあの女の子が起こした様な気がした。
「これじゃ、どうしようもない……とりあえず、役場に戻るか」
教授が言った。
「はい……」
橋本もそう答えるしかなかった。
役場に戻ると、土埃に汚れて、疲れ果てている彼等を見て大石がぽかんとしながらもお茶を出してくれた。
「忍。写真を見せてくれるか」
しばらくして、少し気力を取り戻したところで、教授が言った。
「あ、はい」
忍は、たった1枚だけ撮影した、あの写真をカメラのモニターに再生した。
みんなで覗き込んだが、そこには塚と、その後ろに白い靄が写っているだけだった。
「この白いのがその女の子なのか……」
「あまり人の形というわけじゃないですが、大きさは確かに小さな女の子くらいですかね」
忍が少し拡大しながら言った。
「遥香君。これ、君にも白い靄に見えるのか?」
「ええ、これだと私にもただの白い靄ですね」
「そっか」
「でも、確かにいたのね……」
季世恵さんが怯えた様に言った。
遥香は苦笑するしかなかった。
「で、この写真いるか?」
教授が橋本を見た。
「……いえ、いいです」
「だよな」
そして、あの洞穴は自分達が行った時には既に崩れていたことにした。
「一つ気になったことがあるんだ」
教授がみんなを見た。
「何です?」
遥香が代表して答えた。
「あんな強い霊気があるとすれば、あれは多分、この辺の首塚を集めて作られた物じゃないかと思うんだ」
「可能性はありますね。他にないんですもんね」
「だろ?それなのに、だ」
教授は一旦言葉を切った。
「あの格子の柵だよ。お札も貼られた形跡もなかった」
「え?それが何か?」
「普通なら、霊体ならお札とかで封印するとか考えるんじゃないのか?」
「あ、はい。……普通なら」
「だから、あの格子の柵で防ごうとしたのは、実体のある何か……ということだろ?」
「え、えっと……」
「わからないか?そんな霊達より、実体のある何かの方が、怖いということなんじゃないか?」
そこにいた全員がぞくっと背中に冷たいものを感じた。
あんなところから出てくる、
『実体のある何か』
「それが、『うつり』ですか……」
遥香は虚ろに呟いた。
「そうだろうな。実体がある何かだから、あのサイズの格子でうつり除けを作るんだ」
みんなはそれが何かが既に想像できていて、顔を見合わせた。
「そう。それは、きっと首だ」
季世恵はその瞬間、居ないのと同じになった。
「園山教授、そんな恐ろしいものがこの町に?」
橋本が戸惑っていた。
「まだ調べているところだから、はっきりとは言えないが、君もあのうつり塚がおかしいと思ったろ?それに、さっき起きた事も……」
「ええ……」
「ここに来る前に西川戸町では、うつり除けという格子窓を見た。話の上では、この辺りではどこでもあったらしい」
「うつり除けですか?聞いたことがないですけど」
「そうなんだよ。記録にもほとんど残らないほど、廃れたものなのか、あえて残されていないのか…それもわからないが」
「もう少し調べてみないとですね」
遥香が言った。
「ああ、そうだな。というわけで、次は岩手、宮城のうつり塚を調べてみるよ」
「そうですか」
「君も何か気付いたことがあれば連絡してくれ」
「わかりました」
橋本は頷いた。
お礼を言って役場を出ると、忍と季世恵が車に乗ったところで、遥香が教授を引き止めた。
「どうした?」
「さっきの事なんですけど」
「ん?」
「あの地揺れ、あの子が起こした気がするんです」
「そうなのか?」
「実は、私、あの子が見えるけど、あの子がいる時に例の感覚がこないんですよ」
「霊として感じてないってことか?」
「はい」
「そして、あれだけの地揺れを起こす力……」
教授も、遥香と同じ事を感じた様だった。
「私達に付いてきていますけど、悪意は感じないし、逆に守ってくれた?みたいだし」
「確かに……」
「このままでいいですか?」
「いいんじゃないか?俺達には自分達を守る術がない。逆にそっちの方が助かるよ」
「そうですね」
遥香は頷いた。
「どうかしたんですか?」
忍が窓から顔を出した。
「いや、何でもない。行こうか」
遥香と教授もそれぞれ車に乗り込むと、岩手に向かって出発した。