第二話 森の住人
俺たちはとりあえず家に帰る事にした。
帰ったら木の実を収穫してウサギの肉を焼こう。そんな事を考えながら帰宅すると家が荒らされていた。
ーーと言っても東屋に置いてあったのは木製のクワだがそれはそのまま置いてあった。問題なのは木になっていた実の、手の届きそうな辺りの殆どが採られてしまっていたのである。
「あー、あー、やられましたねー」
グルドゥンは少々呆れ気味に木の周辺の地面を調べていた。そして実際に木の上に手を伸ばしてみたりする。そしてある程度ゴソゴソした後に彼は「コボルトですかね?」と答えた。
「コボルト?」
グルドゥンの説明によると〈コボルト〉は二足歩行のイヌといった感じの亜人らしい。サイズはゴブリンと同じくらいの背丈なのだがゴブリンよりは賢く、話も出来る上に、人間とも付き合いが出来ると言った社交性もあるらしい。
「まあ、ゴブリンよりはマシってだけですがね!」
本当にグルドゥンには種族愛が無いようだ。仮に同じ種族であるにも関わらず彼の説明は常に〈ゴブリンを一番下の比較対象〉とするからだ。つまり彼の言い分ではどの種族も〈ゴブリン以外はマシ〉と言う事になる。
「とりあえず木の周りに小さな足跡がありましてね。まあ、二、三匹ってところでしょうか。手の届くところまで実を採って行ったって感じですわ」
正直、舐めていた。森の中には魔獣がいるだけでそいつらは不用意に人間には近寄らない。そう思い込んでいたのだ。しかし、実際にはコボルトと言う亜人が住んでおり、彼らに収穫前の作物を盗まれてしまったと言う訳だ。
俺は「あー……」と、頭を抱えてしまった。いや、しかしそこまで落ち込む必要もないだろう。まだ木の実は残っているし持って行かれた部分の実もすぐに生えてくる。損害という程のものでは無いのだ。
俺が頑張ってモチベーションを戻しているとグルドゥンがポツリと漏らした。
「今から行って皆殺しにして来ますわ」
「待て、待て、待て、待て。これは損害って程の事じゃ無いから。またすぐ生えてくるからね」
「いや、でも舐められっぱなしはいけませんぜ、旦那。人の物を勝手に盗っちゃいけねーってのはきちんと教えてやらんといけませんし、こいつらまた来ますぜ?」
グルドゥンの言っている事は尤もだ。
柳の下のどじょうでは無いが、ノーリスクで物が手に入る事を知ってしまったのならば彼らはリスクを負うまでは何度でも繰り返すだろう。抑止力を発するには早い方が良いに決まっているのだが、元文明人としては容易にグルドゥンの案を採用する訳にはいかない。
まずは住処を見つけて交渉をーー。いや、でも住民が多ければ話にならないかも知れない。グルドゥンがそうだったからと言ってこの世界の人間がまともに話の通じる者ばかりでは無いはずだ。まあ、彼も大概だが……。
何かきっかけみたいなものは無いかな? 出来ればある程度少人数で話し合いが出来るような状況で……。
「ん? また来るって言った?」
「え?」
「いや、実を盗んだやつらがまた来るって言ったっけ?」
「え? あ、はい。あの実が普通に食えるならまた来ますぜ。森で木の実を拾ったり、獲物を獲るのよりは遥かに簡単に手に入る訳ですからね。次は上の方の実を狙って梯子でも持ってくるんじゃないですかね?」
そうか。それなら簡単じゃないか。
「じゃあ、また来た時にでも挨拶すれば良いかな」
「はー……。本当、旦那はお優しい事で……」
「まあ、手は打つけどね」
その日の夜はウサギを焼いて食べた。
硬かった。焼いたすじ肉を噛んでいるような噛みごたえだった。煮込んで食べるのが正解だったかも知れないが現状調味料が全く無いので諦める。しかしずっと噛んでいると食材そのままの味というのだろうか。それが感じられてちょっと嬉しかった。もちろん塩胡椒を振りかけて食べた方が美味いとは思う。
グルドゥンは骨ごとバリバリ食べていた。まあ、歯とか尖ってるからそんなもんだよな。
翌朝、俺たちはまた森の奥に向かった。
歩いていたらばったりコボルトに出会わないかななどと淡い期待を抱いてはいたが特にそんな気配もなかった。とりあえず森の中を歩く、食べられそうな植物を見付ける、持ち帰る、それが今日の目的だったのだが目ぼしいものは特に見付からなかった。
グルドゥンはグルドゥンで狩りに夢中で構ってくれないので仕方ない。それに邪魔をしては今日の食事が木の実だけになる。最近肉の味を思い出してしまったのでそれは寂しい。
今日の獲物はネズミが二匹とモグラが一匹だった。後で皮を剥がす練習台にさせてもらおう。
そんなこんなで家に戻ると木の周りに穴が空いていた。木を中心にドーナッツのように抉られている。
誰がこんな事をという話は置いておこう。俺がやったのだから。
穴を覗き込むと案の定、コボルトが落ちていた。数は四匹ーー。亜人だから四人か。こちらを睨みながら唸り声を上げていた。
胸の溜飲が少し落ちた。昨日数十分かけて作った落とし穴だ。ひっからなないのは寂しいし、簡単に上がって来られても困る。まあ、上手くいったとするか。
「これがコボルトかい?」
「コボルトですね。まだ子ども……ですかね? 他種族の年齢はいまいち分かりませんや」
赤毛というのだろうか。全身がその色の毛に包まれたイヌ。二足歩行の赤毛のイヌが落とし穴にはまって唸り声を上げながらキャンキャン喚いていると言った状態だった。
それにしても子どもかーー。さすがに話が通じそうにないな。どうしたものかな。