第一話 旅ゴブリン
「結局この石斧しか武器らしいものがありませんからね」
グルドゥンは森の中を歩きながら俺の作った石斧を撫でていた。これから向かうのは少し森の奥になるようだ。
「まあ、無いなら無いでそれなりにやるのが〈生きる〉って事なんですがね」
グルドゥンはそう言ってニヤリと笑った。
昨日の内に狩猟用の罠を張っておいたらしい。罠と言っても自然の中で手に入る有り合わせの材料で作った簡素なものなので、大物が相手になると簡単に壊されてしまうらしい。
「まあ、アレですね。子どもとか小さめの動物狙いってとこですわ」
俺の中での罠のイメージは檻とかトラバサミなのだが、それをこの世界で手に入れるとなると先ず自分たちで作るには難しい。そして何処かの誰かから手に入れる方法だが俺はこの世界でグルドゥンにしか出会った事がないので難しい。農業系スキルで自給自足を夢見てみたものの実際初めて見ると足りないものばかり出てくる。困ったものだ。
そんな事を考えていると前を歩いていたグルドゥンの足が止まった。そして俺の前で立てた指をくるくる回すと、その指先をある方向に向けた。
「お、ウサギ」
小声で呟いたつもりではあったがウサギが暴れ始めた。ウサギは耳が良いとは聞いていたがこんな小声でも聞こえるのか。これから注意しないといけない。
「罠にかかってますね」
「え? 罠?」
「〈くくり罠〉って簡単なやつなんですがね。まさか本当にひっかかるとは思いませんでしたぜ」
グルドゥンは嬉しそうに罠にかかったウサギに近寄るとそのまま頭を殴り潰した。
小さな悲鳴が聞こえて、ウサギの動きが止まった。
グルドゥンはくくり罠の一部を使ってウサギの死骸を木の枝に吊るした。どうやら血抜きをするらしい。
「あ、そうか」
それは思わず声になっていた。
そうなんだよな。肉は動物の死体なんだ。地球で食べていたのも牛や豚や鶏の肉だったんだ。
生きている生き物を殺して、解体して、食肉に加工して、誰かが買って来て、我が家の食卓に並ぶ訳だ。地球で俺たちがやってたのは買って調理するだけだった。
今、目の前で命が消えた事で俺は気付いてしまった。生きるってのは本当に大変だったんだ。
「どうしました?」
「いや……。あ、そうだ」
残酷だとか罪悪感だとかそんな事は今は考えないようにしよう。少なくともグルドゥンに話しても理解はされそうにない。それに結局嫌なら食べなければ良いという事になるのだろうから。それよりはーー。
「俺にも解体の仕方教えてくれないか?」
「あ、そういやこの手のやつは出来ないって言ってましたね? やり方は慣れれば簡単なんですが、あっしも今回は石斧でやってるんであんまり上手くは出来ないんですよね。これはまあ、許して下さいよ」
やはりナイフのような刃物があれば皮を削いだり肉を解体するのが楽になるらしい。石斧だと多少先が尖ってはいるもののなかなかしっくりいかないらしい。今度小さめの石を削って作ってみるか。
案の定ウサギの皮はボロボロになってしまった。まあ、肉が確保出来たのだから問題ない。ちなみに内臓は使いどころが無いのと匂いで肉食獣を呼んでしまうので土に埋めた。そういえば、ホルモンを食べ始めたのはいつの時代からだったのか?
「つい嬉しくてこの場でやっちまいましたが、本拠地に持ち帰ってから作業しても良いかもしれませんね。血と脂で手がベトベトですわ」
グルドゥンはそう言いながらゆびにまとわり付いた血と脂を舐めとっていた。
あ、生でも平気なんだな。俺も刺身とか好きだけど獣肉はちょっとハードル高いような気がする。
「まあ、まだ罠はありますから回ってみましょうや」
「ああ」
結局他のくくり罠は全滅だった。
グルドゥンは精度が低いのでこんなもんだと言っていたのだが少しがっかりした。そして最後の罠の場所にやって来たがそこは随分と荒らされていた。
「あー……。罠にかかったやつが暴れて逃げたってとこですね。周りの壊され具合からまあまあの相手だったみたいですわ」
ああ、逃げる事もあるのか。考えてみれば百パーセント捕獲出来るなんてある訳が無い。相手も生き物だ。必死になって逃げるだろう。
「んー……。小さな足跡とツルを切ったのは……。刃物かね? もしかしたらあっしらゴブリンくらいのやつが引っ掛かったのかもしれません。刃物を持ってるみたいなんで気を付けましょうや」
ーー刃物か。実は興味がある。
今使っている道具は丈夫とはいっても原始時代レベルの代物だ。木を組み合わせたクワに、石で作った斧。そろそろ石器時代から次の時代に移行したいと思っていたのだがちょうど良いタイミングかもしれない。しかし一度罠にはめてしまった相手からしたらきっとこちらは敵対対象になるだろう。出来れば穏便に事を進めたいとは思うのだがどうしたら良いだろうか。
ちなみにグルドゥンは当てにならない。
「近くに亜人の住処があるみたいですね。ちょっと覗いてみて、小さい住処なら襲撃を掛けて盗れる物は全部奪っちまいましょうや!」
気の良いところがあるので忘れていた。彼曰く「ゴブリンはクソですからね!」と言う話を。