第一話 旅ゴブリン
俺は川で溺れていた魔物を助けた。
何と言う事は無い。悲鳴を上げながら川を流されている生き物を見かけたので飛び込んだのだ。
これでも子どもの頃は田舎で泳いだし、中高と水泳部所属だ。多少流れがあろうと溺れるような事は無い。
「いやー! 助かった! 本当助かりましたよ!」
しわがれてはいるのだが妙に甲高い声だった。
ずぶ濡れのまま大袈裟な身振り手振りを交えて感謝の意を示すのは腰くらいの身長の小人だった。
尖った耳、体毛のない体。緑色の生き物が勝手に話し続けるので俺は聞き手でいたのだが、どうやら川に落ちた時に荷物は流されてしまったらしい。肌の色は緑で腰巻きを巻いている以外は裸だ。
「大変だったな」
「本当ですよ、旦那」
うんうんと聞いている間に俺は「旦那」呼ばわりになっていた。
彼は「ゴブリン」と言う種族で、人間には認められていないが「亜人」の一種らしい。
ちなみに人間に認められていない理由は彼らが人間を襲うからだという事だ。
「いや、まさか人間の旦那に助けられるとは思ってませんでしたよ。人間にとっちゃ俺らはその辺の魔獣と同じ感覚ですからね。あれ? そうなると、もしかして旦那は人間に近い別の生き物ってやつですかね?」
「いや、人間さ。ちょっと遠くから来たんでこの辺りの事情に詳しくないだけだな」
「そいつは失礼しました」
地球から来たと言うのは何となく内緒にしておいた方が良いような気がした。どうせこの格好だ。田舎から出て来たと言っておけば話も通じるだろう。
それよりも良かった。この世界の人間はどうやら俺と同じような容姿をしているようだ。
「ところで人間とゴブリンってそんなに仲が悪いのかい?」
「旦那は本物の田舎者なんですね」
ゴブリンは呆気にとられたように答えた。
人間からしたらゴブリンは魔獣と同じく殲滅の対象だ。それは自分たちに害をなす存在であると言う部分が大きいのだが何よりもその数が問題になっている。
「あっしらは増えやすいんですわ。人間の間じゃ『ゴブリンを一匹見かけたら三十匹はいると思え』なんて話もあるくらいでしてね。まあ、頭は悪いし、凶暴だし、話は通じないし、数はいるしって訳で常時クエストの対象にもなってるくらいですわ」
ゴブリンは増えるのが早い。
母体が妊娠してから三ヶ月くらいで生まれ、生まれたらすぐに立ち上がる。それから数ヶ月で狩りまでこなせるようにまで成長すると言う。
「身体の成長は早いんですが結局は本能に従ってるだけですからね。きちんと教育しないから言葉も話せない。邪神を崇拝してるからモラルも低い。そんな訳ですから交流のある種族もない。あっしはまあ、早い内に巣を出て、運良く生き残ってきたんで多少は他種族の常識も持ち合わせてたりするんですがね」
とにかく流暢に話すゴブリンだった。
知識だけではなくそれなりに経験値もあるのだろう。見た目はともかく人間と話をしているのと遜色ない。
「で、そのゴブリンがこんなところで何をしてたんだ?」
話を聞いていると何となくだがゴブリンという生き物は集団で行動するように思える。もちろん川に落ちて流された事もあるだろうが三十匹はいるはずのゴブリンが単独行動というのはおかしい。
「あっしは旅ゴブリンってやつでしてね」
実際に旅ゴブリンという種族は存在しない。
このゴブリンが勝手に名乗っているだけだ。いわゆるはぐれやそう言った類の独自の呼び方なのだろう。
旅の途中で魔獣に襲われ川に飛び込んで事なきを得たのだが、思ったよりも川底が深く、荷物は全部流れてしまった。
「散々な目に遭いましたよ。あの犬畜生! 今度見かけたら石投げてやる!」
「運が悪かったな」
「まあ、そうでもありませんや。旦那に会えましたからね」
「俺?」
「そうです、そうです。助けてもらったってのもありますが」
「名前はあるのかい?」
俺が尋ねるとゴブリンは小首を傾げながら「旦那は本当に変わってますね」と答えた。
ゴブリンは名前を持たないらしい。理由は単純に特に必要ではないからだ。
生活の中でゴブリン同士を区別する必要は無く、人間で言うところの「おい」とか「お前」程度の言い方で対応が可能になる。その上、大半のゴブリンは言葉を話せないし自分たちが何者なのかも把握しきれていない。
「不便じゃないか?」
「いやー……。あっしは特に不便に思った事はありませんね。まあ、一応『グルドゥン』って名前はあるんですが『おい、そこのゴブリン』って呼ばれる方が圧倒的に多いですわ」
名前を持った魔獣は〈ネームド〉と呼ばれているらしい。ゴブリンの中でも名前を持つのは相当に限られているとの事だ。ちなみにグルドゥンは人間世界で活動する為に自分で勝手につけたのだと言う。