第一話 目覚め
真昼間、だだっ広い草原の真ん中、俺は土を耕していた。
異空間での俺はふわふわしたデザインだったが今の俺は「少しだけ」イケメンになった学生時代の俺という感じだった。きっとあの女神様が気を遣ってくれたのだろう。しかし服はスーツだった。農作業の邪魔でしかないので上着とシャツは脱いで、ネクタイは外して、ランニングに裾まくりという格好でいる。
麦わら帽子でもあれば見た目は更に農家っぽくなるだろう。
この世界に来て二週間が経過したが俺はスタート地点であるこの場から動かないし未だ誰とも出会っていない。ただただ熱心に土を耕していた。
はっきり言って余裕だった。
俺が選んだスキルはーー
「耕作」……耕す効率が上がる
「栽培」……作物の成長が早くなる
「品質向上」……作った物の質が良くなる
――この三個だ。
木を削って作ったクワなのに硬い地面を豆腐みたいに削れるし、種を植えたらすぐ芽が出るし、水以外に肥料も何もやってないのに大きな実がなるし。
「ブラック企業くそくらえ! 農家最高ぉぉお!」
今の時点で食料の心配は無い。
強いて言うなら荒屋のような家だが風雨を凌げれば問題ないだろう。しかし俺は最大の問題を抱えていた事に気付いた。
「木の実しか食べてない」
まず「種」が無い。
麦やら米やら野菜やらという作物は種から育てるはずだ。その種が手に入らない。
ここは大草原のど真ん中だ。たまたま近くに果実のなる木が生えていた。リンゴのような食感でサクランボくらの小さな緑色の実なのだが中に種が入っている。それを畑に植えるとすぐに芽が出て三日くらいで収穫可能な状態まで成長する。果実を収穫したら木を切り倒して材木にする。
二週間この繰り返しだった。
「飽きた」
果実はまあまあ美味しい。
だがいくら美味しくても同じ味が続くと飽きが来る。たまには他の食べ物……。肉とか野菜とか食べたいものだ。
あ、でも塩とか醤油も無いんだよな。何とか火は起こしたけど焼いただけの食材を食べてもな……。
正直農業をやりたいと思ってやってきたのは良いのだがさすがに農業だけでは食べていけないのを痛感した。そもそも農業といってもピンキリだ。畑作もあれば果樹もある。酪農や畜産もある訳だ。それらをひっくるめて農業のはずなのだが少し先走ってしまったかも知れない。
「うーん……。やっぱり町を探してみるか? 種とか道具とか必要だよな」
この世界に来てから人間には会っていない。動物すらも見ない。
ここが余程の辺境という事か。そもそも人間が少ないのか。
自分自身で確認してみなければ分からない事ではあるのだがちょっとした住処も畑も作ってしまっている。
正直気が乗らない。しかし自ら動かなければ延々とこの果実を食べ続ける事になる。
「まあ、実験してたと思えば良いか」
そう。これはスキルの実験だったのだ。
俺は上手くスキルを使う方法を研究していたのだ。
「それなら今度は実験の成果を確認しに行かないとな」
せっかく異世界に来たのだ。何事も挑戦あるのみ。
俺は収穫してあった果実を集めるとスーツの上着で包んだ。入るだけ詰め込んでみたが果実の殆どは置いていく事になってしまった。
仕方ない。無くなりそうになったらスキルで栽培すれば良いし、旅先で新しい種や作物が手に入るかもしれない。
「とりあえず何かカゴか袋みたいなのが欲しいな」
収穫物を運搬する道具が必要だ。
竹カゴーー。竹を見てないな。
袋ーー。布だよな? そう言えば昔の人は獣の皮を使っていたんだっけ? 皮の剥ぎ方とか分からないな。
まあ、まずは町を探そう。人に会えると良いな。
まだ見ぬ異世界での出会いに葉山桐郎の期待は膨らんでいた。
「とりあえず前に進もう!」
異世界に転移して二週間。ようやく葉山桐郎の旅が始まったのだった。