第三話 言い分
数日が過ぎた。
相変わらず俺の住処ではコボルトがうろついているが特に変わりは無かった。件のケットシーの姿も全く見ない。変わった事といえば〈竹〉を見つけた事くらいか。
タケノコが食べれると思って小さなタケノコを掘り出して植えてみたのだが、俺の農業スキルのおかげで翌日には竹になってしまっていた上に三本に増えてしまっていたのでもう二度とタケノコは植えまいと思った。竹の成長は早いというが少々早過ぎである。
さて、それよりも竹を見つけたので出来ることが増えた。
例えば竹細工である。先ずは生活に必要となるカゴに挑戦してみた。
俺が切り倒した竹はスキルで即乾燥する。後はこれを薄く削って上手く編んで行けばーー。
「何故なのだろう?」
俺はそう自身に問いかけていた。
全く上手くいかない。すぐに竹が折れてしまう、割れてしまうしパッと見とても不細工だ。
「旦那は本当に不器用なんですね」
グルドゥンは器用に竹を張り合わせて弓を作っていた。
「慣れない事はしないに限るな」
ラリーは器用に竹を編み合わせてカゴを作ってしまった。
どうやら俺だけが不器用なようだ。
「コボルトは手先が器用なんだが考え方が堅いんだ」
ラリーは竹で作ったカゴを片手で転がしながら「竹でこんなもの作るなんて考えもしなかったぞ」と続けた。
コボルトにとって竹とは邪魔なだけの存在だった。切ってもすぐに増えるし葉で怪我をしたりもする。強いていうなら燃えやすい事ぐらいだろうか。彼らにとってはただの発火燃料でしか無かったのだ。
「逆に旦那は頭が柔らかいが手先が不器用だがな」
いつの間にかラリーが俺の事を”旦那”と呼び始めていた。ここに来ているコボルトのリーダー的な存在がこう言い始めると一緒について来ている子どもたちも同じ事を言い始める。どうやら俺の名前が「旦那」になってしまうのも近いようだ。
「普段は木で作ってるのかい?」
「そうだな。干した草や木材を組み合わせたりして作ってるな。しかしこの竹というのは面白いな。今まで見向きもしなかったんだがこれを使って色々出来そうだ」
「それならこんなのを作ってくれないか?」
「ん?」
ーー翌日。俺は川沿いに座っていた。
さっきまでグルドゥンがいたが帰ってもらった。彼とはまるで考えが合わないからだ。
俺はラリーに作ってもらった竹竿の先から水面に糸を垂らして釣りに耽っていた。腰には同じくラリーに作ってもらった竹製のビクが置いてある。
「そうなんだよ。釣りってのはこういうものなんだよ」
俺は静かな川面を眺めながら独言た。
俺が魚を釣りに行くと言ったらグルドゥンがついて来た。川に着くと先ず大きな岩を投げ込んだ。そしてしばらくしてから彼はその岩に向かって大きな岩をぶつけた。それは音と振動を利用する漁で気絶した魚が簡単に浮き上がって来た。しかしそれは俺のやりたい〈釣り〉では無かった。
「旦那もたまに面倒くさいですね」
グルドゥンはそう言って浮かんできた魚を持って帰った。
確かに魚は漁れた。漁れはしたが……。この効率厨め!
「最近の釣りってのはスポーツチックに色んな工夫をしながらやるのが流行ってたけど、やっぱりこうやってのんびりと糸を垂らしてるのも良いよね」
暖かい日差しの中、鳥のさえずり、川のせせらぎを聴きながら物思いに耽る。
心が落ち着く。
この世界に来てから酷いストレスというのは感じた事がない。強いて言うならいまだに動物の解体作業に慣れないくらいだろうか。しかしそれもストレスというよりは食べる為には仕方ないと言う割切、諦観の方が濃い。
「何か良い感じだよなー」
魚は釣れていない。しかし水面に糸を垂らしているというのが良い。
まるで警戒もせず随分とボーッとしていた事だろう。俺は「何が釣れるのかな?」という老人の声で我に帰った。
「格好はなかなか様になっておるが如何せん所詮は素人よ」
そう言って老人はもとより細かった目を更に細めた。
これが話に聞くケットシーなのだろう。ネコの亜人との事だが、確かに見た目は二足歩行のネコだ。方向性はコボルトと大差がない。毛の色はグレーのソリッドだが、声から分かるように随分と歳をとっているようだ。所々に白い毛が混じっていた。
「見ておるが良い。若いの」
老猫がそう言って竿を振ると音と共に少し離れた川面に波紋が浮かんだ。
竿は俺と同じ竹製だろうか。先が小気味よくしなっている。
それにしてもーー。老猫は俺の心をくすぐる格好をしていた。
少しくたびれた編み笠に浴衣。そして草履。獲物は竹製の竿。
ただ惜しむらくはーー。
「ほれっ」
数分もかからず魚は釣れた。
老猫は苦もなく針から魚を外すと皮袋の中に入れた。その様子を眺めながら俺は「惜しい」と呟いていた。
「む?」
老猫は少し当惑したようにこちらを見つめた。
「その皮袋だがこれと交換しないか?」
俺はそう言って空の竹魚籠を突き出した。
老猫は片手で竿を支え片手で顎をさすりながら「面白そうな細工物じゃな? して、どういう理由で?」と答えた。興味はある。しかし不信感は拭い切れないと言ったところだろうか。
「あんたのせっかくの”粋”な格好が少し惜しくてね。皮袋の代わりにこの魚籠を持てば良い感じに仕上がると思ったのさ」
「ふむ……。お前さんの言う『粋』……という物はよく分からぬがその籠がこの格好に合うのかの?」
「そう思う。それに別に交換でなくても良いぞ?」
老猫は少しだけ考える素振りを見せたがすぐに「分かった」と答えた。
「交換は無し。だが一方的に貰うのも悪い気がする。わしはもう少し釣りに勤しむつもりじゃったから釣れた魚を五、六匹やろう。まあ、釣れんかったらとりあえずこの魚と交換じゃな」
老猫はニヤリと笑って皮袋を開いた。袋の中にはさっきの魚がピクピクと動いていた。