過去話 計画、次の段階へ
シルヴィ改造計画を始動させて早数ヶ月。ダンスもマナーも教養も、まあまあ身についたんじゃ無いかと思う。最近では、先生からの叱責は減り、褒められることが多くなった。引きこもり魔法オタクからは一歩前進、ってところかしら?社交界の花と呼ばれるおばさまやアイリスと比べたらもう月とスッポンだろうけど。数ヶ月であのレベルには到底届きようが無い。しかし、貴族令嬢ってすごい。近頃は見るようにしている異世界もののアニメではこんな努力全然写っていないのに、あのキャラ達はなんであんなに優雅に挨拶して食事してダンスしているんだ。一体いつ練習してるんだ。お茶会とかお喋りとかばっかりしているくせに。アニメだからか、ご都合主義か。まあ嘆いていても仕方がない。ここはアニメではなく現実なんだから。勉強も研究も、そして魔法の鍛錬も続けているし、少し余裕ができたところで、私は計画書の次のページに進むことを決めた。
計画の実行のため、私はアイリスの部屋を訪れた。今日のアイリスの予定は午前に家庭教師の先生とアーサーの三人でお勉強。午後は空いていたはず。私はドアをノックして、返事を待つ。幸いにもアイリスは部屋にいたようで、すぐに返事が返ってきた。
「ごめんなさいアイリス、失礼するわね」
「まあシルヴィ、どうかしたの?」
アイリスはソファでお茶を飲んでいた。傍には本が置いてあり、どうやら読書をしていた模様。邪魔しちゃったかな。
「読書中だった?ごめんね」
「良いのよ。あなたとの時間の方が大切だもの。それにしてもシルヴィ、あなた性格はずいぶん明るくなったけれど、その謝り癖はちっとも治らないのね」
「え?ああ、ごめ、あ、そうみたいね」
アイリスはおかしそうに笑う。うーん、本当に美人さんだ(毎日言ってる)。ごめんね、つい謝っちゃうのは詩織(日本人)も同じだから治らなかったよ〜。
「どうぞ座って。お茶でも飲みながらお話ししましょ」
「ありがとう。そうさせてもらうわね」
私はアイリスの正面のソファに座って、出てきたお茶に口をつけた。美味しい。日本の私じゃ一生お目にかかれないかもしれない高貴なお味がする。
「それで、何か用があって来たのでしょう?私に何か聞きたいことでもあるの?それとも私と楽しくおしゃべりしにきてくれたのかしら?最近のあなたはダンスもマナーも頑張っているけれど、忙しくてあまりお茶もできなくて寂しかったのよ」
「そういえばそうね。でもごめんね、今日はお願いがあってきたの。お茶とおしゃべりはまた今度でも良いかしら」
「あら残念。でもあなたが私にお願いなんて、それはそれで嬉しいわ。何かしら?」
「ええ、アイリス…私にお洒落を教えて欲しいの」
お洒落。それは女の子に許された特権。だけど私は今までそれに目を向けてこなかった。なぜなら私は私の…この場合はシルヴィの容姿が嫌いだったから。鏡で自分を見るのも嫌いだったし、着飾るなんてもってのほか。惨めな気持ちにしかならなかった。それに私は居候、ドレスに装飾品、美容のためにお金をかけることは迷惑になると思っていた。おばさまやアイリスはものすごく私を着飾らせたくてしょうがない様子だったけれど、私があんまりにも拒否するものだからとりあえず諦めてくれていた。よって私はドレスをほとんど持っていない。お誕生日に開いてくれる身内のみのパーティーに着るように、毎年1着仕立ててもらっていたものみ。貴族令嬢としては信じられないものだが、あとは普段着用のシンプルなワンピースしかないのが事実だ。どうせ研究の時には白衣を着てしまうし、鍛錬の時汚れてしまうかもしれないからと思っていた。しかし、これはあまりよろしいことではない。私は社交界に出ないとはいえ、私という存在がドルイット侯爵家にお世話になっていることは貴族たちの中では周知の事実だ。そんな私が貴族令嬢らしからぬ格好で日々過ごしているなんて、侯爵家の品位が疑われるし、何よりこの優しく愛情深いみんなが、私を虐げている、なんて噂にでもなったら目も当てられない。また、これから先、魔道士や学術院を目指す時にも、そして王立学園に入学する時にも、私はこの屋敷の外に出るのだから最低限の貴族の装いというものが求められるのは必須。
そして何より、私はお洒落がしたい。着飾りたいのだ。誰だって思うことだろう。可愛い服を着たい。きれいな装飾品を身につけたい。化粧をしたい、自分に似合う髪型にしたい、女の子なら誰だって。リンクによって、私は私の容姿を嫌いだとは思わなくなった。それどころか好ましいと思っている。あの事故から、ある程度落ち着いた頃に鏡を見た私はふと自分の容姿のある事実に気づき、歓喜に打ち震えた。今まで見慣れていた容姿、また今まで嫌いだったからあまりちゃんと鏡を見てこなかったがために気付くのが遅れたのだ。なんたる無様な。
私、シルヴィ・ランドールの容姿はなんと、私、井上詩織の今の最推しであるキョースケ君のカラーリングとほぼ一致しているのだ。
推しのカラーと同じである。推しのカラーと!これってオタク的に最高の事件じゃなかろうか。私の最推し、キョースケ君とは、ジャ○プで連載されているあるバトル系漫画に出てくるキャラクターで、白髪に緑の瞳を持つ心優しい青年だ。主人公ではないし、ライバルでもない、でもモブでもない。脇役というには活躍しすぎかも…?そういうキャラだ。語らせてもらうと、彼は物語の序盤から少し経って登場した。物語のあらすじは、ある事件により崩壊した世界で助かった人類が新たな世界を築き始めた…しかし各地に登場した王は自分勝手で悪逆非道な者ばかり、圧政に耐え兼ねた主人公は世界を正しいものにすべく立ち上がる、そんな物語である。キョースケ君は最初、主人公の敵サイドとして登場する。強いし優しい彼は、最初は王に逆らう敵として主人公と戦うが、主人公の考えを聞き、悩む。そしてある条件を出し、その条件を飲んでくれるなら、主人公の味方になる、というのだ。主人公はその条件をのみ、そしてキョースケ君は主人公の仲間になる。敵の王様は全部で5人いて、キョースケ君は一番最初の王様との戦いで登場し、活躍する。よって今は三番目の王様と戦闘しているけれど、あまり出番はない。キョースケ君は一番目の王様が倒された後、その地域の立て直しに尽力しているからだ。だけどたまに出てきてはその強さを発揮したり、頭の良さを前面に出したり、なにより顔がいいし、あとあんなに強いのに穏やかでのんびりやなところとか、小さい子たちや動物に好かれるとか、お茶目なところもあるとか、も〜〜語りきれない!かわいい!キョースケ君かわいいよ!好き!!!はっ、ついつい熱くなってしまった…。
そんなわけで、私はそのめちゃくちゃ好きな推しと同じカラーリングの容姿であったのだ。銀髪だけどほぼ白に見える髪、青っぽくも緑色の瞳…やった〜〜!親にはちゃんとした銀髪と緑目じゃないから不純物が入った出来損ないとか言われたけど、うるせ〜〜〜!白っぽくてよかったよ!!
しかもその時まじまじと鏡を見たら、私の容姿はかなり整っていた。いやナルシストとかじゃなく、リアルガチで。アイリスとはちょっと違った、可愛い系の美少女。全然外に出ないし生活リズムが整ってないイコール体弱い、であるので顔色は良くないが、深層の令嬢って感じでそれもまた絵になる美少女だった。ただ、体が弱いのは煩わしいので、今は性格リズムを整えてるし、外も毎日散歩して、またダンスレッスンでほどよい運動もしているのでそれほど顔色は悪くなくなったと思う。
とても長くなってしまったが、そういった理由から、私はお洒落がしたいのだ。詩織は黒髪黒目の至って平凡な容姿…クラスの美少女倉田さんを見るたびに、顔がいい人は人生楽しそうだなあと無責任にして勝手なことを考えているような女なのだ。ごめん倉田さん、顔整ってても人生楽しいかはまた別ですね。で、あるからして!シルヴィターンでは、私はこんなに整った顔を持つのだから!詩織ターンで着れないような煌びやかなドレスとか着てみたいんだ!
そんな結論から、このことを計画書練り込み、満を辞してアイリスにお願いしてみたわけだ。
「お洒落…ですって?」
「え、ええ。そう、だけれど…」
あれ?あれあれ?なんだか俯いてプルプル震えはじめちゃったぞ?怒ってる?もしかして怒ってる?嘘!?アイリスならすぐ了承してくれると思ったんだけど、ダメだった!?やっぱ今まで散々サボってきたくせに今更そんなこと言い出すなやって感じ!?
「ご、ごめんなさいアイリス。やっぱり迷惑よね…」
「迷惑ですって!?何言ってるのよ!」
「うえ!?ア、アイリスさん?」
私の言葉に、いきなりガバリと顔をあげたアイリスは食い気味で否定の言葉を被せてきた。勢いがすごすぎて正直ビビったし変な声出た…。
「お洒落、ああ、シルヴィ、やっとお洒落に興味を持ってくれたのね!すごくすごく、すっっごく嬉しいわ!この時を何度夢見たことか!私で良ければ全力で手伝わせてもらうわ!お母様にも手伝っていただきましょう。それから、お父様にお願いして宝石商の方を読んでもらって、ドレスも仕立てなくちゃね、それからシルヴィ用の化粧とヘアメイク係も選出、ああ、美容のためのエステも始めなきゃね、忙しくなるわよ!」
興奮気味に一気に捲し立てたアイリスは立ち上がったと思ったらどこかに行ってしまった。私はというと、アイリスの剣幕に押されて動けないでいた。漫画的表現でいうならポカ〜ンというところか。
「お嬢様、お洒落のことに関してはアイリス様にお任せしてよろしいかと。ここにこれ以上留まるのもなんですから、お部屋に戻りましょう」
「そうね、そうしましょうか」
後ろに控えていたマリアに促されて私もアイリスの部屋から出て、自室に向かう。
「ねえマリア、アイリスはなんであんなに張り切っていたのかしら。確かに前から私にお洒落を勧めてくれていたけれど…」
廊下を歩きながら、私は先ほどのアイリスの張り切り様について、マリアに尋ねてみた。
「アイリス様は本当にお嬢様を可愛がっておられますから。この件に関しましては恐らく奥様も同様かと。お嬢様が自分から言い出したことです。どんな事態になっても、甘んじて受け入れてくださいませ」
「えっ、私は一体何をされるの…?」
怖いんだけど。ニヤリと笑わないでマリアさん。
「そしてもちろん私も。お覚悟なさってくださいね、お嬢様?」
そう言ってマリアはにっこりと笑った。さっきのニヤリとした笑い顔よりも何倍も怖く感じたことは内緒である。