過去話 きっかけ
私はシルヴィ・ランドール。ランドール公爵家の出来損ないの令嬢。
父も母も、そして兄も、私のことなんて見てくれない。まだ捨てられていないだけマシ…ううん、きっと捨てる価値すらない。あの家に、私の居場所なんてない。だから私は今、ドルイット侯爵家にお世話になっている。私が育児放棄されてしまったのを聞きつけて、母の従姉妹に当たるドルイット侯爵夫人が私をあのお屋敷から連れ出してくれたのだ。私を気遣ってか、はたまた大人の事情があるのか、養子ではなく居候という形で、5歳から13歳になった現在も、私の面倒を見てくれている。ドルイット侯爵家は侯爵夫妻と私と同い年の双子の男の子と女の子がいて、みんな私のことを大事にしてくれている、それがわかる。
ドルイット侯爵家は騎士の家系で、代々優秀な騎士を排出してきた名門だ。
ドルイット侯爵様も騎士で、しかも王宮に仕える騎士団の団長様だったりする。凄い人だけれど、とても豪快で少しだけお茶目で、私と娘のアイリスを同じくらい可愛がってくれるとても優しい人だ。息子であるアーサーには少しだけ厳しく、だけどやっぱり同じくらい可愛がっている。黒髪に黒色の瞳を持ち、なんだかエキゾチックな感じでダンディな美丈夫だ。私は彼をおじさまと呼んでいる。
侯爵夫人はおっとりしていて、とても可愛らしい人だ。しかもとても美人で、会話時術に秀で、流行にも敏感なので、社交界では一目置かれているらしい。アイリスと共に、社交界の花と言われているのだとも聞いた。明るめのブラウンの髪にダークグリーンの瞳のすっきりとした美人さんである。この人も、私を実の娘のように可愛がってくれる。私は彼女をおばさまと呼んでいる。
双子の兄の方、アーサーは棋士を志している。毎日鍛錬を欠かさない勤勉な人で、妹のアイリスとは、よく口喧嘩をしているがとても仲が良い。少し脳筋なところもあるけど、漢気あふれる優しい人だ。こちらは父親の血を濃く受け継いだのか、黒髪にダークブルーの瞳が印象的な、例によって整った顔をしている。
双子の妹の方、アイリスは溌剌としていて笑顔の愛らしい、そして男性に負けず劣らずの剣の腕を持つたくましい女の子だ。だからと言って社交も疎かにせず、お洒落や美容にも詳しい。こちらもまた、黒髪に明るいマリンブルーの瞳を持つ、可愛いというよりは綺麗という方が当てはまる美人さんだ。
顔面偏差値が高すぎる一家だ。一方の私は、白にも見える薄い銀髪と、角度によっては青にも見える緑の瞳を持つ、地味な女だ。どっちつかずの色を持つ髪も目も嫌いだし、人見知りが激しくて社交界にも出ていない。家の事情があるからと言い訳ばかりで嫌になる。唯一勉強だけはそこそこ出来て、魔法の才能もある方らしい。評価が身内からだけだから、贔屓目マシマシだろうけど…。だけど何も出来ないよりは少しでも出来た方がいいに決まっているし、何より勉強や魔法は楽しいから、頑張っているつもりだ。
今日も、おじさまが買ってきてくれた新しい魔導書を読んでいるうちに夢中になってしまって、いつの間にか朝になってしまっていた。朝日が目に染みる…。徹夜したとアーサー達にバレたらきっと怒られてしまう。まあ1日徹夜したくらいでバレはしないだろう。さて、ならば侍女がきてしまう前に朝の支度を済ませてしまうか。
身支度を終えたところで、タイミングよくドアがノックされ、マリアが入ってきた。マリアは私付きの侍女である。居候の私なんかのために専属の侍女をつけてくれるなんて、おじさまには本当に頭が上がらない。しかも最初は三人もつけてくれようとしたのをなんとか説得して止めてもらった。流石に申し訳なさすぎる。
「おはようございますお嬢様。今日はずいぶん早いご起床…いえ、就寝なさっていませんね?」
「うっ…なぜそれを」
「私の目はごまかせません。お嬢様はただでさえお体が弱く、色白でおられますから、たった1日の徹夜でも顔色と隈ですぐに分かりますよ。ご無理はやめてくださいと何度申したらわかるのですか?」
「ううう、ごめんなさい …」
「仕方がありません。朝食の席で皆さんに怒られてきてくださいませ」
「はい…」
はあ、そんなあ…まさかこんなにすぐバレてしまうだなんて。どうして昨日の私は本を次の日に取っておいて早く寝るという選択をしなかったの?でも仕方ないわよね、だって目の前に新しい魔導書があるんだもの。新しい魔導書よ?読まないわけにはいかないわ。
「お嬢様、さては反省していませんね?」
ぎくり。どうしてマリアは私の考えていることがこんなにわかるのかしら。
私は苦笑いして、食堂へと足を向けた。
食堂には私が一番乗りだったようで、次いで朝稽古終わりのおじさまとアーサー、お母さまとアイリスの順に席についた。みんな私の顔を見るたび徹夜に気がついてお小言をもらう羽目になった。せめてみんな同じタイミングで言ってほしい…。
朝食の後、アイリスが庭の散歩に誘ってくれた。最近外に出ていなかったからだろう。その心遣いが嬉しくて、二つ返事で了承した。今日の午前中、私たち子供は特に予定がないので、アーサーもついてくるだろうなと思ったら案の定庭には彼の姿があった。
「あらお兄さま、いらしたの」
「ああ、予定もないしな」
「残念、せっかくシルヴィとの二人きりの散歩だと思いましたのに」
「そりゃ悪かったな、でも侍女がいるのに二人っきりとはおかしいな」
「言葉の綾ですわ。素直に自分も仲間に入れて欲しかったとおっしゃればよろしいのに」
「なら見せつけるようにシルヴィを散歩に誘って俺にドヤ顔を向けるのはやめて欲しかったな。素直な心も引っ込むというものだ」
「あら、そんな顔しましたか?」
「白々しい」
今日も二人は仲が良いなあ、とぼんやり考えながら歩き出すと、二人も続いてくれた。この屋敷の庭は美しい。四季庭と呼ばれ、四つに大きく区切られていて、それぞれに四季折々の花々が植えられている。春の庭、夏の庭、秋の庭、冬の庭、一つ一つ違った雰囲気で、どれもとても楽しめる。この庭は魔法で管理されており、いつでもそれぞれの季節の花を見ることができるという何とも贅沢な庭だ。もう少し歩いて屋敷の裏手の方まで行くと温室や薬草畑なんかも存在する。ちなみにそこは私が管理している。魔法で使うからね。温室では、珍しい南国の花なんかが楽しめる。庭師のおじいちゃんが、丹生込めてお世話してくれているのだ。
季節は春。せっかくだからと桜の花が咲き乱れる春の庭に足を踏み入れる。春の庭は四季庭のなかで最も華やかで目を奪われる。
「綺麗だね」
「流石はトム爺さんだ。相変わらず美しい」
「本当、ほらご覧になって、あのあたり」
アイリスの指し示す指につられて、ついつい上の方を見てしまっていたからだろう。
「あ」
「「シルヴィ!?」」
私は、何も無いところでつんのめって頭から地面にダイブした。