協力要請
しばしばお休みしてすみません。しばしば休みますが、終わりまでがんばります。
なんとかギリギリ目覚めてくれたエーディスさん。
久しぶりに話したいけど、私の帰還の準備があるので夜通し調整にあたって帰っては来なかった。
わかってる。
私のために、皆さんが尽力していることは、よーくわかってる。
でも、帰る日まであと3日しかないのにな……。
過ぎていく時間が恨めしい。
あんまり眠れないまま、朝を迎える。
また帰還のカウントダウンが進んでしまった。
眠いけど、ごろごろしているわけにもいかない。
みんなに挨拶もしないと……。
ごそごそと起き出し、まずシオンの世話をする。
ため息をつくと、シオンが顔を擦り寄せてくる。
掻いてやると、うっとり鼻の下が伸びてきた。かわいい。
そうしていると、急にシオンが耳と首を立てて入り口の方を向く。
エーディスさんが車椅子に乗ってやってきたところだった。
「エーディスさん……帰ってきたんですね」
「おはよう、ツムギ。今戻ってきたところだよ」
「首尾は……どうですか?」
「うん。順調だよ」
夜通しあれこれやってても、元気そうだった。
シオンが嬉しそうに鼻を鳴らす。
エーディスさんも笑顔で首を叩いてやっている。
ふたりで世話を終わらせて、リビングで朝食を取ることにした。
寝すぎたせいか全然眠くならない、と笑うエーディスさんに、私も笑い返す。
「今日は厩舎に行こうと思ってるんです。皆さんにお別れの挨拶をしないと……」
「俺も行くよ」
ということで、久しぶりにふたりで厩舎へ向かう。
道中は静かだった。エーディスさんが車椅子に乗っているせいか、みんなが遠巻きにしている。
私は、話したいことがたくさんあったはずなのに、なんだか言葉にならなくてぽつりぽつりとしか話せない。
エーディスさんも、明るく笑ったと思えば物憂げな眼差しで私を見上げたりしている。
厩舎へ着くと、早速厩舎長の元へエーディスさんを連れていった。
「さ、エーディスさん。新しい厩舎長が来てくれたんですよ!」
「ふふ。リンガーでしょ? ごめん知ってる」
「え!? エスパーですか!?」
「昨日ガルグールに聞いたから」
言いながら、部屋の扉を開けると、中にいたリンガーさんがこちらを振り向いた。
「お! エーディス! 久しぶりだな! ……ていうか、どうした?」
「リンガー新厩舎長、お疲れ様です。
寝すぎて身体が萎えました」
「なんだそりゃ。まあ、へいきっつーなら何よりだよ、ツムギがすごく心配してたんだぞ?」
「うん、泣かれちゃった」
「ちょ……」
「そうそう、モレルゾたちは強制労働に入ったんだって?」
「ああ。もう着いてヒーコラ言ってる頃だな。グレルゾあたり泣いてんじゃないか?」
「あり得る。イーノデス公爵家は取り潰しで、分割されるらしいね」
モレルゾ一家ご一行は色々とヤバイ悪事が日の元に晒され、最近ようやく審判が下ったところである。
まあ、ようやくと言いつつ結構なスピード判決な気もするけど。
いわゆる刑務所的なところに行ったようだ。話に聞く限り、あっちの刑務所より、キツい労働が科されるらしいので、まあ御愁傷様である。
「大変だよな、領地がでかいと。
……そうだ、ルシアンとクリオロも戻ってくることになったぞ。この次の人事で異動が決まってる」
「そうなんだ。良かったね」
そうなんだ! これからはリンガーさんのもとできちんと馬たちを管理できる体制が整うだろう。
ルシアンさんとクリオロさんもいればなお安心だ。
私は話が途切れたところでリンガーさんに声をかけた。
「あの、リンガーさん。
……急なんですけど私、明後日には還ります」
「帰る? 故郷の国にか?」
「そうです。……異世界に還ります」
「異世界?」
「黙ってたけど、ツムギは異世界から無理やり召喚されて来たんだ。漸く還れる目処が付いたところ」
リンガーさんは意味がわからないと困惑した様子だ。無理もない……。
「あー、いや、どこから突っ込めばいいのかわからないぞ? 異世界ってなんだ? てか、お前たち結婚したんじゃなかったのか?」
「異世界は……ここじゃない世界。結婚は間違いなくしたよ。でも、還ることはその前から決めてたことだ」
「うむ……」
エーディスさんのざっくりした説明に、リンガーさんは渋い顔で唸った。
「よくわからないがそれでいいのか? まあ、俺が言うことじゃないか……。
ああ、朝礼の時間だ。悪いが話は後だな」
時間を確認して少し急いで馬場へ向かうリンガーさんの後について行く。
馬場には厩舎所属の騎士たちが集まっている。
そう、リンガーさんが厩舎長になってから、朝礼をするようになったのだ。
当たり前だと思うが、今までモレルゾの時はやってなかったのである。
よくぞそれでやってこれてたよなぁ……。
「おはよう。今日の予定を確認するぞ」
リンガーさんが、予定と、各班の持ち場の割り振り等を読み上げていく。
そして馬の状態について治療中や要観察の喚起があり、最後に注意事項やら褒詞を言ったりと言う内容があり、朝礼が終わる。
「よし。他に何か言うことがあるやつはいるか?」
「はい」
「エーディス、なんだ」
「皆さんに協力を要請したい」
エーディスさんが車椅子からゆっくりと立ち上がる。
慌てて腕を支えると、彼が私に微笑む。
そして皆を見回した。
「……ツムギが明後日、帰還する。
知っている人は少ないだろうが、彼女は異世界人だ。
ここではない遠い世界から無理やり召喚されてやってきた」
一気にざわつき、各々驚きの表情を見せる皆の視線が私に突き刺さる。
「信じられないだろうが事実なんだ。とある異端の魔法使いに禁忌魔法で呼び出された。
……異世界に還る方法が漸く見つかって、今準備を進めている。
元は禁忌だから、周囲に大きな影響が出かねないけど、それを最低限に抑えるために皆の力を貸して欲しい」
「……」
皆が言葉を失っている。訝しんでいるというよりは、事態が飲み込めないといった面持ちである。
そこに大きく声をあげたのはリンガーさんだった。
「よし! 俺は手伝うぞ。ツムギが帰っちまうのは寂しいがな」
その声を皮切りに、どんどんと声が上がっていく。
「俺もやります!」
「手伝います!」
「なんでも言ってくれ!」
「皆さん……ありがとうございます」
私が頭を下げると、皆がぐしゃぐしゃと頭を掻き回していく。
「全く、もっと早く言えよー。寂しがる暇もないじゃねーか」
「お別れ会しないと!」
「いいね! 今日はお別れ会やるぞ!」
「おっしゃー!」
わいのわいの言いながら、今日の一日は始まっていった。
エーディスさんはまた調整に行くと王宮へ行き、私は厩舎に残り皆と騎乗したり、作業したり。
ここでこうやって過ごすのも、もしかしたら最後になるのかな?
そう思いセンチメンタルになりつつも、皆があれやこれやひっきりなしに話しかけてくるので、ゆっくりセンチに浸る暇はなかった。
「異世界ってどんな感じなの!?」
「食い物は旨いのか!?」
「スレプニールはいるのか?」
「向こうでは何してたんだ?」
「異世界の何かないの?」
「異世界の女の子って皆髪が短いのか!?」
「異世界……想像もできん……」
ちょいちょい無茶振りもあったが、質問を返しているうちにあっという間に1日は過ぎていったのだった。
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