帰還の準備
エーディスさんにしがみついてひとしきり泣いたあと、なにかを言おうとしていることに改めて気づき慌てて水を差し出す。
「すみません!自分のことばっかりで……!」
「……」
困り顔で口をぎこちなくパクパクさせているが、コップを受け取ろうとしない。
あ、そうか。あんまりにも長いこと動かなかったから、私と同じで身体が上手く動かせないのかも……!
しかし今ここにストロー的なものはない。
む……。
私は思いきって水を口に含み、エーディスさんに口付けた。
水を流し込むと、こくりと飲んでくれる。
「ああ……う、ごほっ」
まだ掠れてはいるが、囁くようにエーディスさんが話し出す。
「ありがとう……ツムギ」
「もう、すごくすごく心配で不安だったんですからね!」
「うん……ごめんね」
エーディスさんは身動ぎすると、ため息をつく。
「せっかく君が襲ってくれてるのに、身体が動かない」
「!?」
慌ててエーディスさんの身体の上から飛び退く。
そうだった。エーディスさんに覆い被さって、これは襲ってると思われても致し方ない態勢だった!
赤くなって目を白黒させていると、エーディスさんがくつくつと小さく笑う。
「笑わないでくださいよ……」
「ごめんごめん。……ね、水もう一口ちょうだい?」
「……」
私は半眼で苦笑しながらも、エーディスさんの上体を支えて少し起こす。
水を含み、彼に顔を寄せ、唇を重ねた。
「ん……ありがと。もしかして、あれから結構経ってる?」
「……すごく経ってます! もう、もうすぐ3週間も……」
「そんなに!? はぁー。道理で身体が言うことを聞かないわけだ……」
「あの時、なにかあったんですか?」
エーディスさんは思い出すように目を伏せ、ぽつりぽつりと語る。
「あの時……そう、マルネイトはこちらに気づいてたんだ」
あの潜入作戦の前日に侵入したことがマルネイトにばれていたらしい。
二人組というところまで調べられていたそうだ。
エーディスさんが人形に連れられマルネイトの屋敷に行った時、既に罠が仕掛けられていた。
「思った以上に用心深くて用意周到な性格だった。罠にかかったと気づいたときには逃げられなかった。
拘束されて、魔力を奪われていた」
「そんな……」
「でも、そのタイミングで君から合図があったから、魔力を渡せばすぐ効果が切れて解放されると思っていたんだ。
……でも、禁忌魔法がそれに繋がっていたから」
魔力を私に渡せば、気絶はするが魔磁体質なので直ぐに立ち直れるはず。幸い、私が別行動で侵入していることはマルネイトも気づいていなかったので。
魔力を一度根こそぎ取った後は拘束から解放されると踏んでいたが、そうはいかなかった。
禁忌魔法が動き出していたからだ。
「俺を魔力補充用の魔法具がわりにしたんだろうな。あの短時間であそこまで構築を組み上げるとは……」
しみじみとマルネイトを称賛する?エーディスさん。
禁忌魔法の一部に組み込もうとしていたなんて、私はマルネイトをぶん殴ってやりたくて仕方ないけど!
詳しいことは腹立たしいので聞かないことにする。
「君があの術式をどうにかしてくれたから、魔力が戻って目を覚ました。その時、君がなにをしたのか理解したよ」
「止めただけですよ?」
「うん。だから、君に必ず余波が来ると思った。だから……」
エーディスさんに被せて言う。
「私を守ってくれたんですね?」
「うん、まあそうだね。君が防御魔法かけてくれてたから、いけるかなと」
「防御魔法、役に立ってないじゃないですか……」
「ううん、役に立ったよ。あれがなかったらどうなってたか」
「こんなに眠ってたのに?」
「そういうつもりはなかったんだけどね……長い夢を見てたよ」
エーディスさんが遠い目をして語る。
「人が、たくさんいた。すごく高い、王宮よりも高い建物がたくさんあって、箱のような不思議な乗り物がひっきりなしに動いてた」
話を聞いて、む?と思う。
たくさんの人。高い建物。箱みたいな乗り物。
「……も、もしや」
「あ、やっぱりそう思う? もしかして、君がいた国に意識だけ飛ばされたのかも。詳細はよく覚えていないけど、すごいところだった……圧倒された」
ビックリ。
「えー!? そんなことってあり!?」
「ずっと夢うつつで、寝たり起きたりを繰り返して歩き回ってたから、どれくらい時間が経ってたのかわからなかったけど……」
「夢でも寝てたんですか」
「少し動き回るとすぐ疲れて眠くなるんだ。意識体だけだったからかな。
戻ろうとはしたんだけど、寝て起きても夢うつつだし、正直どうしたらいいか途方にくれてたよ。
そしたらさっき、君の魔力を少しだけ感じ取れたから。それを辿って戻ってきた感じかな」
まさか、私より先にエーディスさんが帰還してしまっていたとは
……エーディスさんにとっては帰還じゃないけど。
あ、そうだった。エーディスさんが起きたと言うことは、私は還るのかな。
「私、還るんですね。
……今日が、リミットだったんですよ? エーディスさんがいないと還れないって言われてて。今日までに起きなかったら今回は諦めましょうって話になってたんですよ」
「え、そうか。座標は……」
「確定したそうです。ゼクトさんたちが準備をしててくれてます」
「そっか……」
「あっ、エーディスさんが起きたって殿下たちに伝えないと!」
私が立ち上がろうと手を離すと、エーディスさんが支えを失って壁に頭を打ってしまった。
「ああっ!ごめんなさい」
「はは、こんなに動かないのか……大丈夫。ガルグールも呼べるよ」
エーディスさんが笑いながら言うと、殿下がすぐに現れた。
「エーディス!!」
「心配かけてごめん」
潤んだ目の殿下が一瞬顔を伏せ、パッと笑顔になる。
「全く、寝坊助過ぎるだろう? 身体の調子は?」
「問題ないが、動かせない」
「世話が焼けるねぇ」
そこへゼクトさんも扉から入ってきた。
「おはようございます、エーディス」
「ゼクトさん……ご迷惑をおかけしました」
「気にしないでください。あなた方のお陰でマルネイトの件はかなり進展してますから。ふふ。
……なにか消化に良い食事をお持ちしましょう」
ゼクトさんの指示で、侍女が食事を用意している間、ゼクトさんと私の帰還魔法の進捗について話をする。
「構築自体は、ほぼ完成しております。後は細かい調整ですね」
「術式の写しは?」
「こちらです」
「どれどれ……ここが、この魔法具と繋がって……」
「あ!」
思わず声をあげてしまい、口を押さえる。
みんなに見られるが、構わずエーディスさんをじっとり睨み付けた。
私の視線の意味に気づいたエーディスさんがあからさまに目をそらす。
「エーディスさん……。食事は、手伝いませんからね……!」
コップを魔法で浮かせて上手いこと水を飲んでいるエーディスさんにそれだけ言っておいた。
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