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帰還できない?

 直ぐに起きる、と楽観していられたのは数日だけだった。

 一週間経ち、十日たち、半月が経ち……。



 全然、目覚めない。



 何故?



 すやすや眠っているだけに見えるエーディスさん。

 医師も、なぜ目覚めないのか頭を捻るばかりだった。


 だんだんと、もう目覚めないのではないか?と不安がわきおこってくる。


 私は厩舎の仕事の合間にシオンの面倒を見つつ、暇さえあればエーディスさんの様子を見に王宮へ足を向けていた。



「あ、こんにちはゼクトさん」

「こんにちは。毎日ありがとうございます、ツムギさん」



 常に忙しそうなゼクトさんもやはり、心配なのか浮かない顔をしている。



「まだ、目覚めませんか……」

「身体の状態は良好なのですが……意識だけが戻らない」



 身体は元気なのに起きないのは、エーディスさんの意識だけ、どっかに行ってしまったのか?考えてもわからないが……。


 ゼクトさんが、言いにくそうに口を開く。


「あの。……そろそろ、日取りが迫っております」

「ええ。お忙しい中色々準備していただきありがとうございます」

「以前にもお伝えしましたが、エーディスが目覚めないと帰還ができないと言うことになりますので……。

 準備もありますので、今日中に目覚めないならば、今回は諦めて頂くことになるかと……」

「……そう、ですか」



 私が目を伏せると、ゼクトさんもかける言葉がないのか、申し訳ございません、とだけ言った。


「……いえ、ここまでしていただいて、本当にありがとうございます」

「……それでは、私は仕事がありますので」




 ゼクトさんが去ると、自然とため息が出る。


 今日が、リミットか……。



 エーディスさんが寝かされている部屋に行くと、殿下がソファで本を読んでいた。

 私を見て、顔を上げる。



「こんにちは殿下」

「こんにちは。毎日ごめんね?」

「いえ、全然大丈夫です」




 殿下がエーディスさんに視線を移す。



「相変わらず、呑気に眠っているよ」

「そうみたいですね、ははは……」

「全く、さっさと起きてもらいたいものだね」

「はい……」

「……大丈夫?」



 殿下に顔をのぞき込まれ、本音をぽろりとこぼしてしまう。



「エーディスさんが……今日中に目覚めないと私、今回は帰れないことになるみたいです」

「そうか……そろそろ、だものね」

「帰れないことが……嬉しいのか、悲しいのか。自分でもわからなくて……ぐちゃぐちゃな気分です」

「そっか……」

「エーディスさんが一生懸命にやってくれてここまできたのに……」

「君は、今も帰りたいかい?」

「……帰りたい気持ちは、あります。でも、エーディスさんにお別れしないままは、嫌」

「……今日、起きるといいね」

「はい……」




 殿下が立ち上がり、明るく言う。



「そうそう、ここ最近、色々調べていたんだ。なぜ目覚めないのか? どうしたら起きるのか?」

「なにかわかったんですか?」

「ハッキリとは言えないけど、今回召喚魔法が使われそうになったのを止めただろう?

 もしかしたら、精神だけ飛ばされたのかもしれない」



 精神が、飛ばされた?

 殿下が、手に持った古そうな本を少し持ち上げながら言う。



「古い文献を読んでいたら、大きな魔力に急激に晒されると、自分を守るために身体から分離した例が記載されていた。

 ……残念ながら、戻す方法とかはわからないのだけど。

 その分離した精神だけがどこかに飛ばされたのかも」

「分離……」

「正直、お手上げ」

「そうですよね……」

「でも、もう少し調べてみるよ。……それじゃあまた」



 殿下が部屋を出ていくのを見送り、エーディスさんの眠るベッドサイドヘ。


 身じろぎもしないまま、こんこんと眠り続けている。




「今日はシオンが運動不足になるといけないから、乗ってきたんですよ」


 語りかけても返事がない。

 固く閉じられたまぶたが恨めしい。



「カシーナさんと外乗したんですよ……楽しかったですけど、エーディスさんとも行きたいな……」



 はあ、とため息をつく。



「そろそろ、起きませんか……?」



 エーディスさんのほっぺたを軽くつねる。

 もしかしたら案外私を還したくなくて起きないのかも?なんて思えるくらい、体温もあるし見た目は元気そうなのだ。



 私は今、帰るのか帰らないのか宙ぶらりんかつ、エーディスさんが起きない不安で結構情緒不安定なのであった。


 エーディスさんのベッドに突っ伏して嗚咽を漏らす。



 このまま目覚めなかったら?

 私はどうなるの?どうしたらいいの?

 私のせい……?


 早く起きて、心配ないと笑ってほしい。



「うう……ぐすっ」



 エーディスさんの手をそっと握りしめる。

 殿下の調べた通り、精神がどこかに行ってしまったのか?


 温もりだけが伝わってくる。

 それなのに、握り返してはくれない。


 呼び戻すことができれば……。



 私は意識を集中させた。


 エーディスさんと私は魔力授受の契約をしているから、(私は頑張れば)相手の気配を辿れる。


 もちろんエーディスさんは今ここにいるから、気配と言ったって……。


 ん?



 ほんの僅かに違和感を覚えて、エーディスさんの顔をまじまじと見つめる。


 曖昧模糊としててうまく言葉にできないけど……。

 不完全。そんな印象を受けた。


 もう一度、体を寄せ目を閉じ、手を合わせ握りこみ、集中する。


 先程よりも若干だが、違和感が強くなった。

 接触していると、より分かりやすいのだろうか。


 私はエーディスさんのベッドに潜り込み、片手は握りこみ、片腕を首に回し、脚を絡ませて密着する。


 おでこを付き合わせて目を閉じ、心のなかで呼び掛ける。

 エーディスさん、と。



 握っていたその手が、ピクリとした、気がした。

 ハッとして目を開け、顔を見つめる。

 しかし、変化はない。



 でも、エーディスさんのうちの何かが、ここではないところにいることは何となく、わかった。

 どこかへと続く細い細い僅かな繋がりだけは辛うじて感じられる。


 何かしらの理由で飛ばされたらしいエーディスさんの一部が、戻らないのか戻れないのか……。


 それが、目覚めない原因なのか……?



 とにかく、呼び掛けを続けてみる。

 呼べばわかるって、以前にも言ってたし……。



「エーディスさん……エーディスさん!」



 何度か呼んで見たものの、未だハッキリとした反応はなかった。


 呼ぶ声が届かないのかな……。

 まあ、名前なら今日までに何度も呼んでみてるしね……。



 そういえば、モレルゾに捕まったときに私の魔力を察知して助けに来てくれたよね。

 あの時は自分でもどう出したのかわからなかったけど……。


 目をつぶり、魔力を放出するイメージ。



「……」



 できてるかもわからないし、反応もない……。


 でも、どうにかしないときっと戻ってこれないのだ。


 もう一度、エーディスさんを抱えておでこをくっつけて、触れたところから直接的に魔力を送り込んだ。

 気づいて……!



「……」




 まぶたをさわりと撫でる感触につられ、目を開ける。


 長いまつげに縁取られた緑色が見えた。


 慌てて少し離れ、焦点が合う。



「エーディスさん……!」

「……、」



 ゆっくりとまばたきをする彼の唇がなにかを言おうとするが、掠れきって全く言葉にならない。



 少し困った顔をするエーディスさんに、泣きながら思い切り抱きついた。


ブクマ、評価ありがとうございます。

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