目覚めないエーディス
「ん……」
目を開けると、見たこともない場所にいた。
ん……?
頭がぼんやりしている。
むくりと起き上がり、辺りを見渡す。
天蓋つきのベッド。センスはあるが絶対高そうな調度品。
被ってる布団も細かすぎる刺繍が施された豪華なものだ。
なんだ? ここは。
えーと? 私どうしたんだっけ?
徐々に頭がはっきりしてくる。
んーと、たしかマルネイトの屋敷に突入して、エーディスさんが……。
エーディスさん!?
倒れてたエーディスさんは!?
私の寝ているこの広いベッドにはいない。
この部屋にも、いない。
私は立ち上がり、ふっかふかの絨毯をよろめきながら素足で踏みつけ扉へ向かう。
ドアノブに手をかけたところで、向こう側から扉が開き、誰かが顔を覗かせた。
「あ……」
「ああ、良かった。目覚めましたか」
「ゼクトさん」
そこにいたのはゼクトさん。
ということは、王都に戻ってきた? ここは王宮?
ゼクトさんは微笑みながら私をソファへ促す。
私はいてもたってもいられず、聞く。
「ゼクトさん……! エーディスさんは?」
「……彼なら、まだ眠っています」
「ええと、いったい……」
どこから尋ねたら良いか戸惑っていると、スープを出されつつ、ゼクトさんは説明してくれた。
あれから、三日ほど経過しているらしい。
エーディスさんの魔力が相当量失われると、自動的に殿下へ連絡が行くシステムになっていたそうで、捜索の後、倒れている私たちとマルネイトを発見したそうだ。
魔法は、なんとか止められたらしい。
ここは王宮内の客室で、エーディスさんもこのとなりの部屋で眠り続けているそうだ。
「マルネイトは……」
恐る恐る聞くと、ゼクトさんは満面の笑顔で言った。
「捕縛していただきありがとうございました。ふふふ、連日じっくり取り調べさせて頂いてますよ。じっくりとね……」
「そ、そうですか……」
ゼクトさんは不気味に笑った後、真面目な顔になり続ける。
それは私の帰還についての話だった。
「そうでした、あなたも聞いているかと思いますが、帰還の日程については今のところ変更はありません。
分析は順調に進んでおりますので、程なく座標は確定されるかと。ですので、こちらの方で少しずつ準備は進めているのですが……」
少し困った様子で一旦言葉を切るゼクトさん。
「えっと、なにか問題でもありましたか?」
「エーディスが目覚めてくれないと、帰還の術式を展開したまま維持できないのですよ。簡単に言えば、彼が居ないと帰れないと言うことです」
「……エーディスさん、無事、なんですよね?」
「治療は施しました」
「えーっと……?」
「目覚めるとは思うけど、はっきりしたことは言えない。そうでしょゼクト?」
「殿下!」
「お疲れ様、ツムギさん。
……まさか、禁忌魔法がまた使われそうになるとは、ね」
殿下が現れ、私の向かいに腰を下ろす。
「調べたけど、マルネイトがまた禁忌を起こそうとしたのだろう? それを、君たちが止めてくれた」
「止められたんですね?」
「うん。そこは大丈夫。
……ただ、禁忌魔法を力ずくで止めると、集まっていた力が止めた人間に牙を向く。
私の時もそうだった」
殿下の時……。
確か、殿下の亡くなったお母様に会うためにエーディスさんが禁忌魔法を使おうとしたけど、殿下が体を張って止めた、って聞いたな。
「聞いているかもしれないが、私はエーディスに禁忌魔法を使わせようとしたことがある。結局、彼の命が削られていくのが怖くなって止めさせたのだけど」
「簡単には聞いてます」
「禁忌魔法は周りのあらゆる力を集めて無理矢理奇跡を起こそうとするものだからね。それを止めると集まった力は行き場を失って、何故だか止めたものに襲いかかる。
……私は目覚めるまで半月かかった」
「……その時、エーディスさんは?」
「エーディスは次の日には目を覚ましてて、とんでもなく怒られてたみたいだけど」
「……でも、今回止めたのは私ですし、エーディスさんも直ぐに目覚めますよ、きっと」
私は笑顔を浮かべるが、殿下とゼクトさんは浮かない顔のままだった。
「だと、良いのですが……」
「君たちを見つけたときの状況を考えると、なんとも言えない」
「え……」
話によると、エーディスさんは私に覆い被さるように倒れていたらしい。
意識が飛ぶ前に声がしたのは、記憶違いじゃなかったのか……。
「恐らくエーディスは、あなたを守るために……」
「それによって君よりもダメージを受けていることは、確実」
「そんな……」
「だから正直、目覚めるはずだとは思うけれど、いつ目覚めるかは全くわからない」
項垂れるしかできない。
私のためにマルネイトを探して、私のせいで巻き込まれた。
エーディスさん……。
「大丈夫だよ、ツムギさん」
殿下が真摯な瞳で微笑み、頷く。
「エーディスはちゃんと目覚めるよ。私は信じている。
……私だってなんだかんだピンピンしているしね?」
「殿下……」
私の肩をポンと叩き、殿下が立ち上がる。
どこかおどけたように笑って言った。
「さあ、ゼクト。ツムギさんを愛しのエーディスの元へ案内しておやり」
「かしこまりました」
恭しく礼をするゼクトさんは、私をエーディスさんの眠る部屋へ誘った。
すぐとなりの部屋に入ると、同じような部屋が展開されていた。
大きなベッドには……眠るエーディスさん。
ゼクトさんがそっと部屋を出ていくのを背後で感じつつも、私はエーディスさんの傍らに座り込む。
見た感じ、傷等はない。治療はしたと言うので、怪我がどれくらいのものだったのかはわからない。
そっと頬を撫でる。
魔力は充填されているようで、顔色もよく、耳を近づければ規則正しい寝息が聞こえてくる。
ただ、眠っている。
きっと、直ぐに起きるよね。
私は飽きもせず、エーディスさんの寝顔を眺めた。




