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婚約しました

ブクマ、評価励みになります!ありがとうございます!

「じゃ、行ってきます。早めに迎えに行くから」

「気をつけてくださいね、エーディスさん」



 ちょっと早めの出勤のエーディスさんを見送る。

 私の頬にキスを落としてニッコリ家を出ていった。なに? 新婚?





 ひとりになり、はあ、とため息をつく。


 還れるのかあ。



 家族や友達に会える……。

 すごく嬉しい、嬉しいはずなのだけど、それ以上に……寂しい。




 エーディスさんに会えなくなったら、いつかこういう気持ちも忘れるのだろうか。

 他に好きな人ができるのかな?


 エーディスさんより、好きになれる人、できるのかな……。




 昨日から、そればっかりだ。

 婚約する、っていう高揚感より、そちらのほうが重たかった。






 のんびり支度して、厩舎へ向かう。



 いつもの通り仕事をしていたのだが、あんまり気がそぞろなのをみんなが気にして仕事をさせてくれないので、ひとりで観戦席に座り、みんなの騎乗をぼんやりと眺めて過ごした。

 こんなのじゃだめだ……。


 エーディスさんが来るまで、やっぱりなにか手伝おう。

 と、腰を上げようとすると聞きたくない声が。



「あら、あなたサボりね! 仕事もろくにしない癖に厩舎にいるなんて信じられませんわ!」


「……そう言うあなた達は、毎日なにしに?」



 おっとつい言い返してしまった。

 やっぱり、昨日いた令嬢の姿は見えない。

 縦ロールはフン、とそれだけ言うと、ビシッと私に指を突きつける。人を指すんじゃない。



「あなたがエーディス様にふさわしくないことを伝えに来ているに決まっているじゃない」

「そうよそうよ!」



 追従するのはあの子だけではないのだ。取り巻きが多くて良いねぇ。



「はいはい。で、どうふさわしくないのでしたっけ?」



 めんどうで投げやりに対応する。


 縦ロールはふふんと笑うと、指折り上げ始める。

 毎回同じことなので、耳タコである。



「まずは貴族じゃないし、身元も怪しい外国人だし、男にしか見えないし、色気もないし……」

「とにかく認められませんわよ!」

「別れなさい!」


「そう、それだから婚約もしてもらえないのですわ。婚約していないことがエーディス様にふさわしくない証拠です!」



 と言って、私の顔めがけてぷしゅっと、素早く取り出した生クリームを飛ばしてくる。

 しかし流石にそのパターンには慣れた。危なげなく避けて、首筋に少しついたくらいで、地面に落ちる白いクリーム。

 勿体ない……。やっぱり顔面で受け取るべきだったかな……。


「ふふ、毎回その手には乗らないよ!」



 どや顔の私に縦ロールが第2発めを喰らわそうと生クリームを構えた、その時。



「なるほど。では、婚約すればその証拠というのは証拠じゃなくなるね」

「え……」



 怒気を含んだ声にそちらを見やると、エーディスさんがいた!

 ツカツカと私の隣に来ると、首についたクリームを指で取り、それを舐めとる。

 私は思わず一歩引くが、エーディスさんが今度は顔を首筋に寄せて、直接……!




「ひゃっ! ちょ、エーディスさん!」


 身体を押すけどびくともしない。むず痒く甘い感覚が広がって、私は目をぎゅっとつぶった。



「やめ、あっ」



 最後にちりっとした感覚を残し、エーディスさんの顔が離れる。

 真っ赤な顔の私の腰を抱き寄せ、顔を押さえて青ざめている縦ロールたちに視線を投げた。



「あ、そ、その……」



「貴族じゃなくても外国人でも男みたいでも俺はツムギが好き。

 婚約するか決めかねてたのには理由があったけど……君たちみたいな勘違いが出るなら、もっと早く婚約しておけばよかったかな?」

「え、エーディスさん、行きましょう」

「うん、行こうか。それじゃあお嬢さんがた。今から婚約しに行くから、二度とツムギに近寄らないでね」



 そう言って、さくっと転移した。



「そういえばモレルゾたちだけど。保釈の許可が下りなくて牢屋にいるみたいだね」

「ほう」

「余罪が多そうだし、証拠隠滅しそうだってことで」

「確かに……」

「イーノデス公爵家、とんでもないことになってるみたいだよ。当主と嫡男が揃って捕まっちゃったからね」

「あらあら……」



 そんなことを話ながら、王宮内を進み、部屋に入る。

 部屋には既に誰かが待機していた。



「おお、久しぶりですな。ツムギ殿」

「ジーナスさん」

「はっは、不肖の弟子が世話になっておりますぞ」



「閣下には仲人をお願いしました。殿下はツムギさんの後見人で名前がありますので」



 ゼクトさんが説明するけど、え? 私の後見人が殿下だったなんて知らなかったぞ。

 ジーナスさんが嬉しそうに私に声をかけてくれる。



「漸く弟子の仲人をつとめられますわい。ツムギ殿、わがままなところもありますが、まあそこそこいい男なのはワシが保証しますのでな。良くしてやってください」

「はい」




「さ、はじめましょう」



 まずは書類を書く。

 エーディスさんが紙を取り出してゼクトさんに渡すと、それを確認して手をかざす。

 すると、目の前に置かれたすでに殿下のサインのある契約書に、何かが浮き出てくる。


 なんだこれ!



 目を丸くしていると、エーディスさんが説明してくれる。



「婚約の契約は家長の承認が必要なんだ。さっきのは兄さんが送ってきた婚約を承認するっていうことが書いてある紙だよ」

「ほ〜……」

「君のぶんはガルグールが書いてくれたから大丈夫。……大丈夫?」

「あはは、はい」


 お母さんたちごめん、紬は異世界で勝手に婚約します。



 サインを書けば、書類は完成である。



「さあ、契約はいかがしますか?」


「……まずは、魔力授受の契約を」

「わかりました」


「他の契約は……」


 エーディスさんが私を見つめる。



「契約、どうする?

 俺は……」




 ふたりで決めたことを書き込んでいく。数が少ないので、すぐに終わった。



 それをゼクトさんに渡す。


「……読み上げて構いませんか?」

「はい」



「エーディス•ソマは、ツムギ•アイハラを必ず故郷に還します……」



 そう読み上げて、怪訝な顔を向けるゼクトさん。


「あなた、本気ですか? 還すって、そうしたら……」

「本気ですよ」

「……。ツムギ•アイハラは、還るまで必ずエーディス•ソマの側にいます」



 ゼクトさんがため息をつく。



「決意は……固そうですね」

「殿下が残念がりますな……」



 残念そうなふたり。



「お互いが、お互いの幸せを願います」



 私とエーディスさんが、顔を見合わせて頷く。


 私たちに将来をともにする未来はない。だけど、私は離れてもエーディスさんのことを思い続けるだろう。

 エーディスさんも、きっとそうだから。



「それでは、この内容で契約を交わします。……本当にいいんですね?」

「「はい」」



 紙が光りだし、浮き上がる。

 エーディスさんが微笑んで、私の手を取る。



 あ、エーディスさんの魔力が流れ込んでくる……。

 私の魔力、どうなってるんだろう?


 光がやみ、エーディスさんが手を放す。




 ゼクトさんとジーナスさんが、そろって長いため息をこぼした。


「こんなに湿っぽい婚約は初めてですよ……」

「ワシもだ……」

「殿下には滞りなく済んだとだけお伝えしましょうか……はあ」



 そうぼやきながらも、おめでとうございます、と祝福してくれるふたりに感謝しながら帰路についた。







 お風呂行ったら、首に赤い跡がついてた。

 とりあえず悶絶した。ゼクトさん、ジーナスさんにみられたぁぁぁ!







「……ねえ、君の故郷の話とか、家族の話とか、聞かせてよ」


「え? はい、そうですね……」



 ベッドに横になり、抱きしめられながらもそんなことを言われ、記憶を巡らせた。



 請われるままに、向こうのことを話す。

 お姉ちゃんの話や、友達の話。

 遊びに行ったときの出来事。

 地元の話や、学校の話。



「お姉ちゃん、ちょっと天然入ってるんですよ。スーパーまで自転車で行ったのに、帰り忘れて歩いてきたりするんですよ」

「スーパー? 自転車?」

「スーパーは、食料品が売ってるお店です。自転車は乗り物で……」




「それでですね、堤防から海に飛び込んだら、クラゲだらけで!

 みんなヒーヒー言いながら陸に上がったら、私の履いてきたサンダルが流されてたんですよ、片方だけ。なので、友達と二人三脚して帰りました」

「二人……三脚?」

「えーと、それは脚をですね……」




「バスケ部なのに、バレーボールとかやって遊んでましたね〜」

「バスケ? バレーボール?」

「スポーツなんですけど、バスケは、……」





「修学旅行で山登って、みんなが湧き水を飲むわけですよ。見た目はきれいなんで。でもみんな、下痢ピーになってちょっとした事件になりました」

「下痢……。ピー?」

「ピーは、おまけですね」




 ちょいちょいエーディスさんの言葉の疑問を解消しつつ、ひたすら話をしていくと、本当に懐かしい。

 まだ半年ちょっとしか経っていないのに。

 エーディスさんはわけがわからないことばかりだろうに、楽しそうに聞いてくれている。




「あ、私エアホッケーすごく得意でしてね。部活内で一番強かったんですよ。

 ゲーセン行くたびにやって、毎回ジュース奢らせてました。

 ああ、エアホッケーしたいなぁ〜」

「エアホッケー?」

「こういう感じです」



 だんだん説明が面倒で、起きて机に向かい、紙に絵を書くようになっていた。


「こう、ディスクみたいなやつを高速で打ち合うわけですよ。なんか仕組みはいまいちなんですけど浮いてて……」



「面白そうだね」

「そう、面白いんですよ! エーディスさんにもやってほしいなぁ〜」

「作ってみる?」


 ええー!?


 俄然やる気が湧いてきたぁ!

エーディスだけが悶々としてます。

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