還れる!
いよいよ終盤。
「エーディス!」
声の方を見ると、殿下が足早にこちらに向かってきていた。
エーディスさんの上着を着た私を見ると、心配そうな目を向けてくる。
「ツムギさん、大丈夫だった?」
「はい。すみません、ご心配とご迷惑を……」
私が頭を下げて謝ると、殿下は気にするなと笑顔でエーディスさんの背中を叩く。
「気にしないで、ツムギさんを守るのがエーディスの仕事なんだから」
「ガルグール。……オークションにマルネイトがいた」
「マルネイト……!?」
「おそらくもう転移で逃げているだろう。だが、追跡は可能だ」
「……」
殿下が険しい顔をして考えている。
エーディスさんが畳み掛けるように言葉を重ねる。
「許可を」
「許す。……でも、後にしなさい。もうすぐ慰労会だよ。君がいなくては始まらない」
「しかし、いつまでも痕跡が残っているとは限らないよ」
「それでも、だよ」
殿下は耳飾りに手をやりながらそう言った。
ぽわ、と耳飾りが光る。
「ゼクトを呼んだから。記録を残しておく」
「……はいはい、どんな記録です?」
声がして、ゼクトさんがいつの間にかそばに立っていた。
エーディスさんがゼクトさんを見て頷く。
「……マルネイトがいた。転移ポイントの記録を取りたい」
「マルネイトですって!?」
ゼクトさんの顔つきが変わる。
眼鏡の奥の瞳がギラリと光る。こ、こわいぞ。
ゼクトさんは、複雑な紋様が描いてある紙をエーディスさんに渡した。
「頼みます」
「ちょっと転移ポイントを探しに行ってくる。ツムギは他に話してたこととか覚えてたらそれ話してあげて。すぐ戻るよ」
エーディスさんが姿を消す。
私は、あった出来事を話した。
グレルゾ、薬をかなり使ってる様子だというと、二人が憎々しげに目を細める。
「薬の蔓延の元はグレルゾか?」
「グレルゾは今どこに?」
「モレルゾ共々、すでに移送してるはずだよ」
「では、薬の使用者の割り出しは私が」
「頼む」
そこへ、エーディスさんが戻ってくる。
ゼクトさんに紙を渡しながら、他にも転移の痕跡がいくつかあったと話すと、それも後ほど記録することになった。
3人であれやこれやと話をしている。
「まさか、王都から少し離れただけのこんな場所で、違法オークションが行われていたとは……」
「結果としてツムギさんはお手柄だったってわけか」
「主催はイーノデス公爵家で間違いないだろう」
「全く、とんだスキャンダルだよ」
「笑いながら言わないでください。処理で苦労するのは私たちなんですからね」
「あはは」
向こうの方では、逃げ遅れたオークションの参加者たちが捕まえられ、護送のアンテ車に乗せられていた。
突然、金切り声が響き渡る。
「私は違うの! オークションに参加したわけじゃないのよ!」
「む、娘は何も知りません!お許しを……!」
なんと、父娘もいたのか。
あれ?あの子……。
縦ロールの取り巻きの子じゃないか?
私は近くまで行って確認した。やっぱりそうだ。
最近毎回来てるから顔を覚えてる。
いつも誰かに追従するばかりで、自分からなにかしようとはしない影の薄い子だ。
なんでオークションにこんな若い子が?
私の視線に気づいたのか、目があう。
驚きの表情のち、憤怒の顔で私をにらみつける。
「なんであなたがここにいるのよ!」
「あなたこそ、なぜ?」
「……惚れ薬」
「?」
低く、絞り出すように言った言葉が理解できずに聞き返す。
彼女はやけっぱちな調子で声を上げた。
「惚れ薬を買いに来たのよ!」
「ほ、惚れ薬?」
えーっと、
それはつまりエーディスさんに一服盛ろうとしてるってことだよね?
二の句が継げずにいると、彼女が私に一歩近寄り、服を掴んだ。
凄い形相で服を引っ張る。
「なんであなたがこの服を着てるのよーっ! いますぐ脱ぎなさい!」
「わわ、ちょっと、やめて!」
エーディスさんの上着のボタンがちぎれちゃう!
と、彼女がぱっと手を放し、笑顔を浮かべる。
「エーディス様! ……これ、私の気持ちです! どうか、今すぐ召し上がってください!」
懐から、割れてボロボロになったクッキーの袋をエーディスさんに笑顔で差し出した。
いやいや、変わり身早いってば。
突然そんなものを差し出されたエーディスさんは無表情でそれを、受けと……るんかーい!
彼女がやけくそで叫ぶ。
「さあ! ぜひ一口どうぞ!?」
「エーディスさん、それ……」「今すぐに! お願いしますわ!」
私の言葉を遮るように大声で食べるように言う彼女。
いやいや、いくらなんでも怪しすぎるしそんなの食べるわけないじゃないか。
私にちらりと視線を寄越し、解っていると頷く。
エーディスさんが、袋を開けて、小さくなった欠片を取り出し、
口に入れた―――。
ええええええー!! 食べるんかーい!
驚いたその瞬間、私を隠すように彼女が私の前に立ち手を広げる。
「……食べた! 間違いなく、食べてくれた!
やった! これでエーディス様は私のものよ! この女でも、あいつでもない、私の!
うふ、ふふふふ、あはははっ!!」
浮かされたように笑い声を上げる彼女。
私はエーディスさんに駆け寄る。
エーディスさんは、にこっと笑って私の服を整えてくれた。
「え、エーディスさん、さっきの!」
「食べてないよ」
「え?」
「食べてないから安心して」
笑い続けていた彼女がそれを聞いて、わなわなと震えた。
「う、嘘よ……間違いなく口にしたわ! ……私、騙されたの!?」
確かに、私も見た。
しかしエーディスさんは、もう一欠片つまみ出すと、それを私の目の前に差し出す。
「消したんだよ。……こんなふうに口の中でね」
クッキーが虚空に消える。
彼女はうそよ、とつぶやきながら力が抜けたように座り込む。
騎士に引っ立てられ、虚ろな表情でそのまま連れて行かれた。
わざわざあんな食べるふりなんてしなくて良かったのに、と恨み言を言うと、あーいうタイプは思うようにいかないと何するかわからないから、と謝られる。
「あの子、エーディスさんに惚れ薬を盛りたくて買いに来たんですかね……」
「惚れ薬、ねえ……」
エーディスさんは手元にあるクッキーの袋を見つめ、空間魔法で仕舞った。
後で分析させるという。
殿下たちがこちらにやってくる。
既にあらかたの事後処理を片付け、この件はあとは任せて引き上げるとのこと。
「とりあえず、今日はもう遅いから帰りなさい」
ゼクトさんの言葉に、エーディスさんが頷く。
「エーディス……。いや、なんでもない」
殿下がなにか言いかけたが、結局何も言わずゼクトさんと転移で戻っていった。
「俺たちも帰ろう」
もちろん、転移でひとっ飛びである。
とりあえずお互い寝る支度をして、私はエーディスさんのベッドに座っていた。
エーディスさんは私の髪を乾かして、私の隣に座る。
そして、私の髪を撫でながら穏やかに言った。
「……マルネイトが見つかったから、これではっきり言える。……還れるよ」
ハッとして、顔を上げる。エーディスさんの視線とぶつかった。
どういうこと?
「座標がわからないと還れないんじゃ……」
「うん。だから、座標の割り出しにどれくらいかかるか、なんとも言えなかったけど……でも、マルネイトなら知ってる」
「教えてって言って教えてくれるとは思えないですよ」
「ま、そうだろうね。でも、必ず記録は残してるはずだ。それさえわかれば……。
もし万が一残してなくても、禁忌ほどの魔法なら痕跡はしばらく消えないから、どこで召喚されたかわかれば、多少時間はかかるけどずっと早く分析できる」
還れる……。
それを聞いて、単純に喜べないのは……。
私は、何か言おうとして、何も言えず、エーディスさんの胸元に額を寄せる。
エーディスさんも、何も言わずに私を抱きしめる腕を強めた。
「……好き、だよ」
どうして今、そんなこと言うの?
「……」
「寂しい?」
「さびしい、です」
「嬉しい」
「私、還るんですね……」
「うん。……還すよ」
「……」
エーディスさんは、腕を離し、ベッドから降りると、私の足元に膝まづく。
真っ直ぐ私の目を見て、手の甲にキスをする。
「……俺と、婚約してほしい」
私は無言でエーディスさんの首にかじりついた。
エーディスさんが優しく抱きしめ返してくれる。
「遅くなってごめん。……婚約までしてしまったら君を本気で返したくなくなりそうで、悩んでた」
「今は?」
「マルネイトが現れて、もう、方法が見つからないとか言い訳できなくなったから……。
……だったら君が還るまで、正式なパートナーでいたい」
「私で、いいんですか?」
「君が、良いんだ。ツムギ」
私は、エーディスさんを見つめて頷いた。
「喜んで。……エーディスさん、大好きです」
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