誘拐
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暫くひとりになりたい。
その衝動にかられて、魔法玉も手放してきてしまった。
あれがあるとエーディスさんは私がどこにいるか解るから。
でも、それは間違いだった……。
「お? お前……」
目の前を走っていたアンテ車から誰かが顔を覗かせたと思うと、急停車。
「!?」
そして私は降りてきた男に呆気なく捕まる。
暗くて誰だかわからない。もがいて抵抗していたが、首に手刀を入れられて意識がとんだ。
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「……!」
顔に水をかけられて、目を覚ます。
一瞬何がどうなっているのかわからなかったが、猿轡を噛まされ、後ろで手足を縛られて転がされていることを理解して思い出す。私、捕まったんだ。
顔をあげると、ニヤリと笑う男。
水をかけてきたのはモレルゾだった。
うそ、なんで……!?
モレルゾの取り巻きがいる。シルエットに見覚えがあった。先程私を連れ去ったのはこいつか……!
「よう、ツムギちゃん」
「むー!」
取り巻きが下卑た笑いを浮かべて転がった私を爪先でつついてくる。
「まさか、あんなところで一人で歩いてるなんてな~」
「よくやったな」
「ありがとうございます! これで名誉挽回できましたよね!?」
「もちろんだ」
モレルゾが満足げに取り巻きを誉めている。
私は彼らを睨み付けるしかない。
これ、誘拐?
一体私をどうするつもりなんだろう……?
エーディスさん……!
モレルゾと取り巻きが口々に私を責め立てる。
「お前、あいつに関わったことが運のつきだと思うんだな、はは」
「お前とエーディスが恋人同士だなんて、笑えるな。お前をめちゃめちゃにして奴に見せてやれば、少しは溜飲が下がりそうだ……」
暗い笑みにゾッとする。
モレルゾがニヤニヤ嗤いながら私の顔を踏みつけてくる。
じわじわと体重をかけられて、もがくしかない。
そこへ、誰かが入ってきた。
「兄上! あの子手に入ったの? って、何してるんだよ! 顔に傷が付いたらどうするんだ!」
グレルゾだ。
私から足をどかしてくれるのはいいが、こいつにはイヤな思い出しかない。
グレルゾが私の額の汚れを払う。触るな。
「あーあ、せっかくの顔が汚れてしまったじゃないか」
「顔くらいオークションの前に洗浄かければいいだろう」
「まあそうだけれどさぁ……って、オークション? 今日のやつ? 売っちゃうの? ボク、欲しいのだけど」
「欲しいなら落とすんだな」
「えー。いくらくらいで落札できるかなぁ……最近絵画買っちゃって、お金がないのだよ」
「知るか!」
オークション……?
まさか、私また売られちゃう?
グレルゾがモレルゾと話している。
「ね、連れていく前にちょっと遊んでも良いだろう?」
「一時間もしたら連れてくぞ。まあ、こいつは今日引き渡しにするつもりはないけどな」
「? どういうことだい?」
「奴に見せてやる……大事なコイビトがめちゃくちゃにされてるところをな! ハッハッハ!」
「あ、エーディスに見せるのかい? いや~兄上ヤることえぐいねぇ」
「なんとでも言え」
「でもそしたらさ、引き渡す時ボロボロになってしまわないかい? 買った人怒るだろうし、次の機会にしたら?」
「……まあ、そうだな」
「それじゃあ……」
「わかった。それまでお前に貸しといてやる」
「さすが兄上、話がわかるね!」
ゲスい話を聞いていられない。耳を塞ぎたいけど手も使えない。身体が震えてくる。
ああ、なんでエーディスさんから離れちゃったんだろう。
モレルゾに気を付けろって、殿下も言ってたのに……。
「でもお前、そろそろ行かなくて良いのか? 新しい薬を仕入れるんだろう?」
「あっ、そうそう! 先生が今日のオークション参加するって聞いて驚いたよ。めったにこちらまでこられないからね」
「普段の居所は杳として知れずなはぐれ魔法師がね……そんなに、欲しいものでもあったんだか」
「先生の薬はほんと良いよね! もう、アレじゃないと満足できないってボクの可愛い子達も絶賛してるんだよ。兄上もいくつか使ってみただろう?」
「あいつのせいでことごとく失敗したがな」
モレルゾが私を憎々しげに睨み付けてくる。
私は、目をつぶり縮こまった。
私のせいで失敗した、薬……?
「え? ああ、スレプニールに使ったのだっけ? 能力の限界解除の薬。……それとも、興奮剤のこと?」
「おまえ、黙ってろ」
思い出した。
モレルゾの馬のあの様子、あれは薬のせいだったんだ。あと、私が受けたあの薬……。
やっぱりモレルゾの仕業だったんだ……!
私は思わずモレルゾを睨み付けた。
あり得ない。それでも厩舎長なの!?
「ボクのおすすめの薬、使ってくれてないのかい? アレなら兄上のアバズレな嫁も一発で虜だよ」
「どうでもいい。というか、お前もその浮気相手だろうが」
「うーん、もう飽きちゃった。ボクはあーいうタイプにはあんまり食指動かないんだよね。
兄上も浮気すればいいよ、どうせあちらから別れることなんてできやしないんだからさ。薬、良いよ~?」
「お前みたく脳みそまで下半身に支配されたくない」
「うわ、酷いじゃないか」
「そもそももう持ってない」
「え? なんだ、兄上結局使ったんじゃないか」
「俺じゃない」
「ええ? じゃあ誰かに使ったの?」
「奴に飲ませたはずだ」
「奴……って、エーディス?」
エーディスさんの名前に反応すると、モレルゾがにやにやしながら私に顎をしゃくりながらグレルゾに言う。
「そいつならいい感想をくれるんじゃないか?」
「えー? どうだったのかな?……って、その状態じゃ言えないか。
いいや、体に聞いた方が早そうだ」
私に聞かれても知るか! エーディスさんがそんな変な薬を飲んだなんて知らないし、なかったと思うけど。
ひたすら睨み付けていると、モレルゾの取り巻きから声が上がる。
「グ、グレルゾ様。その薬って、あの……」
「うん。マルネイト先生の薬だよ」
「うわあ、かの有名な……使ったことあるんですねぇ!」
「すごく良いのだよ~」
!
取り巻きとグレルゾが話をしているが、そんなものもう耳に入ってこなかった。
マルネイト……!
あいつが、今日どこかで開催されているオークションに参加する……?
ひとしきり喋った後、グレルゾが私を見やって思い出したかのように声をあげる。
「あ、そう言えばこの子、エーディスと繋がってるはずなんだけど、魔法玉とか持ってなかったかい?」
「一応調べました! よくわからない板がありましたけど、魔法具ではなさそうでした。身体には魔印が付いてたので剥がしましたが」
「エーディスのことだから絶対持たせてると思ったんだけど」
「どこかで落としたのか……好都合だったな」
チラリと取り巻きが視線を投げた先に、私のスマホ!
割れてないことを祈ろう……。
いつの間にか調べられていたのかと思うと気持ち悪い。
魔法玉がないとエーディスさんは助けにこれない。
……でも、酷いことを言ったしきっとまだ怒っててこんな状況、気づいてすらないよね……。
離れないって約束したのに、破っちゃって。それでこんなことになるなんて。
泣きたくなってきた。
でも、こいつらの前で泣きたくない。
どうしたらいいの……? このままじゃ……。
久しぶりのマルネイト登場。




