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ケンカ

食べ物で遊ばない。

食べ物を飛ばさない。

 あれから暫く経った。

 王妃殿下の言っていた慰労会というのは、スレンピックの前にやった舞踏会のお疲れ様バージョンである。

 選手、裏方ともにお互いを称えあう。


 その前までに、婚約、つまり契約をしないならこの家を出なくてはならない。


 文字も読めるようになってきたし、難しい言葉じゃなければ多少の会話もこちらの言葉でできるようになった。

 付き合ってくれたエーディスさんのお陰である。

 出ていったとしてもまあ、なんとかなるであろう。魔法玉おいてけ~って言われなければ……。

 あ、魔法玉も買おうと思えば自分で買えるのか。




 でもやっぱり、離れたく、ないよなぁ……。


 私も何だかんだエーディスさんが大好きらしい。



 期限まで5日ほどあるが、エーディスさんはいまだに悩んでいるようだ。

 踏ん切りが付かないのなら、私から婚約しようと言ってしまおうか。でもまあ、家が離れるだけで別れるとかそういう話じゃないもんな。

 気になるのは、踏ん切りが付かないだけじゃない感じもするんだよね……。




 と思っていたら、毎度お馴染み縦ロールさんにこんなことを言われた。




「あなたたち婚約してないんですってね。理由は想像つくけど」

「……なんですか?」



 縦ロールがどや顔でそう言ってきたので、思わず聞いてしまった。


「だってあなた、平民でしょう? 伯爵家のエーディス様と婚約できる身分じゃないもの。

 それに外国人だもの、ねぇ?」

「……ガルグール殿下の婚約者様は外国の方と聞いてますが」

「殿下のお相手は王女様なのよ? 貴女と一緒にしない方がいいわ」


 エーディスさんが躊躇ってるのは身分じゃない、と思うんだけど。

 そんなので今さら悩むかな?


「それに、貴女みたいな人、婚約者と紹介して連れ歩きたくないですものね、男みたいで」



 ああ、結局そっちの攻撃に持っていきたいわけね。なるほど。

 縦ロールは話し続ける。


「ああ、実際男だと言って暫く気づかれなかったですものね? おほほ」

「今も男みたいですもんねー!」

「ほんと、ほんと!」


 取り巻きが合いの手をいれている。

 まあ、あれからも女性らしい格好なんて全然してないからね。



「うるさいな。他に言うことはないの? 毎日毎日飽きないですねぇ~」



 もう同じことを言われ続けてうんざりだ。婚約について言及してきたのははじめてだったけど。


 縦ロールがむきー! っとして取り出したるはマヨネーズ。

 今日はマヨか……私はマヨラーじゃないからキュウリも一緒に欲しいよな……。てか、ザ・油は勘弁してよ……。



 顔面で受け止めるのもいつものことである。

 マヨネーズも酸味がなぁ……。ああ、感触が気持ち悪いなぁ……。



「毎回、食べ物を無駄にするぶは、と言ってるんだけぶっ」

「うるさいわね! 早く別れなさいよ! どうせ婚約してないんだからいずれ別れるんでしょうけど!」

「飛ばさないで! 汚いわね!」

「そっちが顔、ぶっ、なんかにかけっからでしょ!」


 喋ってると、垂れて口に入るんだもん。



 どうも、こちらでは恋人=婚約みたいな図式があるらしい。

 もちろん、全てではない。カシーナさんとアラグさんだって、婚約のお許しが出るまで公言してはいないだけで恋人みたいな関係だったようだし。


 でも貴族的には表向きは清い交際をするものなので、特に女性が婚約もせず誰かと恋人関係を噂されてしまうと、あまりいい印象は持たれない。相手の男性も、遊んでるのかとか言われてしまうので、早めに婚約するのが普通のようだ。



 そう考えると、ますますエーディスさんが何に悩んで婚約を渋っているのかわからない。

 わからないけど、聞けないし、なんかモヤモヤするのだ。



「おい、やめろ」


 誰か大柄な男性が私と縦ロールの間に割って入ってくれる。

 この声は、ジープスさんかな?



「な、なんですの! 他の男にも色目使ってるって訳ね!」

「違うぞ! ツムギ殿は俺の恩人なだけだ!」



 あーだこーだとジープスさんと言い合いが始まってしまった。

 マヨで前がよく見えない。目にはいると染みるし……。


 縦ロールを追い払ってくれたジープスさんが私を水場へ連れていってくれる。


 彼は洗浄魔法が使えないので……。


 エーディスさんに貰った魔法玉は家の玄関に鎮座しているらしいが……。

 そうそう、妹さんは症状が改善しつつあり、今はダイエットに励んでいるらしい。泣いて喜んでた。



「大丈夫か? 今洗浄魔法使えるやつ連れてくる!」

「ありがとうございます」



 油でてかてかの顔を洗っていると、わらわらと騎士たちがやって来た。


「ツムギさん大丈夫?」

「またあいつらか?」

「懲りないなぁ」

「次来たら追い払ってやるからよ!」

「ツムギちゃん、顔」


「あは、ありがとうございます」


 顔に洗浄魔法をかけてもらう。

 油の膜が消えていく感じ。あースッキリ。


 そこに、誰かの足音。



「……あ、エーディス殿」

「あああ、あのですねこれは」



 私に魔法をかけてくれていた騎士が青くなって私の側から飛び退く。


 目を開けると、エーディスさんが無表情でこちらを見つめていた。

 ありゃ、これは怒ってるかも……。


 いやしかし、なにも悪いことはしていない。

 私も、他の騎士たちもだ。

 私は集まったみんなに目配せをして、安心させるように笑う。



 そしてエーディスさんに近づいた。笑顔で応対する。



「今日は早かったんですね? お疲れ様です」

「……ツムギ、今のは何?」

「ああ、顔にボロが飛んできたんで、哀れに思って落としてくれました」



 しれっと嘘をつく。

 ボロをマヨに変換すれば真実である。どっちもイヤ~なことにはかわりない。


 エーディスさんが険しい顔で騎士たちをにらむ。

 そんなことで怒らないでほしい。せっかく少しエーディスさんとも打ち解けてきたのに。


「迎えに来てくれたんですよね? 帰りましょう」


 私はエーディスさんの腕をつかんで厩舎を出た。






「君は危機感が無さすぎない?」

「えーと、そうですかねぇ……」


 エーディスさんの小言が降ってくる。


「皆さん親切にしてくれてるだけですよ。私がろくに魔法を使えないから、作業とかすごく手伝ってくれるんです」

「気があるからそうするんだよ」


 ま! そんなことあるわけない。

 そもそも、最近の縦ロールの嫌がらせがひどいから、みんな心配してくれてるだけなのだ。


「そんなわけないじゃないですか」

「顔、触ってた」

「だからそれは、ボロが……」

「カシーナさんに頼めば良いじゃない」

「カシーナさんはアラグさんとスレンピック休暇に入っててお休みです」

「……」


 む、とエーディスさんが言葉に詰まる。

 ちなみにスレンピック休暇は、選手は3日、入賞すると5日、表彰台だと10日、優勝なら15日貰える。もちろん、全員一気には休めないので順番にとることになるが。

 エーディスさんの休暇は立場上なかなかまとまった休みがとれないので未定である。ブラックだねぇ。



「皆さんの親切心を変に誤解しないでください」




 私が強く訴えると、エーディスさんがムッとする。



「そうとは思えないけど。君が女の子だってわかってからだろ?」

「前からですよ! 確かに、増えたことは認めますけど」

「ほら、やっぱりそうだ。下心があるんだよ」

「私からお願いしたこともありますもん」


 そう言い返すと、エーディスさんが口を尖らせる。


「……俺がいた時には全然頼らなかったじゃない。それなのに他の人には頼るんだ」

「スレンピックの練習で忙しそうだったじゃないですか」

「他の騎士は忙しくないって言うの?」

「いや、そうではないですけど……」

「でも頼むことがあるんでしょ。何で?」

「だって、魔法の方が速いし……」

「前、魔法に頼りすぎとか言ってなかったっけ?」



 これにはムッとした。

 その時は頭痛がしてあまり動けなかったので、顔色が悪いと心配してくれた騎士にお願いしただけなのだ。


 確かに、やってもらえて助かるし手作業の数倍速い。

 あの時は目視で見るべきところをおろそかにしてただけで、今はみんなきちんとしてくれている。

 それを知ってて、揚げ足とるようなことを言うなんて、腹が立つ。



「……エーディスさんには、わかりませんよ」


 低く、呟く。


 たぶんエーディスさんは単に嫉妬して、こういう発言になっているんだろうことは理解はできる。


 でも、私だって誰かに頼りきりになりたい訳じゃない。だから、遅いって言われようと体を動かして精一杯やってきた。

 それを見てくれてたのはエーディスさんだけじゃなかった、ただそれだけ。

 わかってるくせに。



 魔法が使えれば、こんなことにはならなかったのに。


 そしたら、自分でなんでもできるし、誰かに頼まなくてもすむのに。

 婚約だって、しないから今日みたいなことになる。すれば、魔力を渡すことができるのにそれをしないのは、なぜ?



 頭のなかがごちゃごちゃになってくる。


 魔法に頼ってるつもりはない。

 親切を受け取ってるだけ。

 できることはやってる。

 下心なんて知らない。

 みんなが親切にしてくれてるのは、私が魔法が使えないからであって、女の子だからって訳じゃない。

 魔法が使えれば、もっと役に立てるのに。

 魔力をくれないエーディスさんに言われたくない。


 魔法でなんでもできるエーディスさんにはわからない。



「ツムギ……」


 エーディスさんが私の視線の強さにたじろぐ。


 伸ばされた手をはたいて、怯んだエーディスさんに持っていた魔法玉を押し付ける。


「魔法でなんでもできるエーディスさんには、私の気持ちなんてわかりませんよ!」



 そう捨てゼリフを吐き、私は、走った。

 呆然とするエーディスさんを置いて。

ブクマ、評価ありがとうございます!

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