魔力授受
ブクマ、評価ありがとうございます!
昼間の反撃なのか、俺より君の方が可愛い。と言いながらキス攻撃をしてくるエーディスさんをなんとか落ち着かせ、伝えたいことは伝えておく。
うう、はずいわ!
「私は婚約しても構わないので、エーディスさんの好きにしてくれて良いですからね」
「うん。ありがとう、俺も、婚約することが嫌って訳じゃないんだよ? ただ……」
なんというか、覚悟的なものが、と 呟いてエーディスさんは私を抱き締めて目を閉じる。
覚悟、ねぇ……。
男性にしかわからない何かがあるのかな?
考えながらも私も目を閉じた。
あ、なし崩し的に一緒に寝るようになりました……。
私……また流されてるな!
それからは、婚約の話はあまりすることなく生活をしていた。
私がエーディスさんの仕事についていく機会が増えたくらいかな。でもそれ、婚約とは関係なくただその日の予定を見て連れていけるときは連れていくということになっただけである。
それ以外の日は一人で厩舎に行って仕事をしているけど、あんまり良い顔をされないのであった。
エーディスさんの嫉妬心が思ったより強いのだ……。
嫉妬されるのは良いのだが、私だって色々あるんだよ。
今の事態について、とか。
「この女もどきが、エーディス様をどうやってたぶらかしたのかしら?」
「身体でも使ったの? その色気のない貧相な身体で?」
「男と偽って近づくなんて、最低ですわね」
言いながら、なぜかケチャップを顔にかけられる。
王宮のケチャップなので、美味しいは美味しいのだが、さすがに腹が立つ。
「たぶらかしたとか、身体でどうのしたとか、貴女たちエーディスさんがそういう人だと思って発言してるんですか? 失礼極まりないですね」
「……な、何よ!!」
これくらいで言い負かされる位なら言わなきゃ良いのに。
ああ、ケチャップが口に入る。トマトの香りと酸味がお口いっぱいに広がるけどさ……。
エーディスさんのファンが、私が女だと知られてから毎日何かしら言ってくるようになった。
私がエーディスさんを落とすためにわざと男と偽って近づいたという認識のようだ。
私はケチャップがたっぷりついた顔をリーダー格の縦ロールが特徴的な令嬢に近づけて凄んだ。
「貴女たちに何を言われても、エーディスさんから離れる気はありませんので。
少なくとも、エーディスさんに言われるまでは」
いつか居なくなる、なんて情報、教えてなんてやるものか。
さっさとその場を離れた私は見つけたペルーシュさんにケチャップを落としてもらう。
エーディスさんの仕事についていくときはほとんど一緒にいるので、こういうことはないのだが、最近厩舎に行くと毎回何かしらある。
最近あの縦ロールと取り巻きがよくくるんだけど、暇なのだろうか。
エーディスさんについていく日は不定期だから、たぶん毎日こっちに来てるんだと思うんだけど。
ただ遠目からグチグチ言ってるのはまだ良い方だ。
今日みたいな言葉以外の嫌がらせに発展するとは……。
ケチャップは、ただただもったいない。
ペルーシュさんにお口直しの飴玉をもらって舐める。美味しい。
ちなみに、縦ロールもその取り巻きも、わりと頻繁にエーディスさんの慈善事業(殿下いわく便利屋エーディス)に依頼しに来てるので面識はあった。
あまり話したことはないけど、ああ、好きなんだなぁとは感じてた。まさかこれほどとは思ってなかったけどね。
「エーディスさんには言わないの?」
「怒り狂いそうなので言わないでくださいね」
「ごもっとも。そうするよ」
憐れみの眼差し。そんなペルーシュさんは愛しのフィリーチェ嬢と婚約を速やかに済ませたらしく絶好調である。
青毛のフリージャも、どことなく調子よさげである。相方に調子が似てくるのか、はたまた片方に引き上げられるのか。
「そっちは婚約いつするんだい?」
「あーいや、まだするとは決まってないんです」
「えっ、そうなの?」
決まってこの話をすると驚かれる。いわく、エーディスさんの溺愛っぷりを見ると婚約しない選択があり得ない、とのこと。
「はは、なんでかはよくわかりませんけど、何かしら懸念してるみたいですね」
「ふーん、エーディスさんのあの感じだから契約するとき魔力授受でもするのかなと思ってたけど、まさか婚約自体しないかもなんて吃驚だよ」
「魔力授受?」
はじめて聞く用語の気がする。
「うん、俺らもしたよ~。お互いに魔力を交換して、混じり合わせるんだ」
にまにまと言うペルーシュさん。
そういえば、以前エーディスさんに魔力くれって言った時に、魔力の譲渡は結婚の時にするもんだ、と言ってたな。
その辺りをペルーシュさんに聞いてみる。
「ああ、魔力授受と譲渡は少し違うんだ。授受はお互いに交換することで、譲渡は一方から渡すことだからね」
ペルーシュさんによると、婚約の契約時に魔力授受するならばその点を盛り込むことができ、お互いの魔力を取り込むことで、より結び付きが強くなると言われ愛しあうカップルに人気の契約である。
実際のところは、相手の気配を感じ取り易くなったり、お互いの不調に気づきやすくなったりといった効果がある、と言われる。
そして、授受している者はパートナーがいると公言することになる。つまり、浮気防止や変な虫がつかないようにしたいと願う男女にうってつけの契約なのである。
まあ、私みたいに魔力が少なかったり、魔力への感受性が低かったりすると授受された魔力に気づかれないので万人にアピールできるわけではないのだが……。
譲渡については親兄弟等近しい間柄で行うことが普通だそうだ。そうでない時は、魔力授受済みが前提となる。
その通り、魔力を渡すことを言い、渡された魔力は通常通り渡された側の魔力として取り込まれ、使用できる。
他人同士だと受け渡しても質の違いから取り込めないことが多いため、授受契約が済んで相手の魔力を受け入れられるようになってからがセオリーということらしい。
私はかけられた魔法の余った魔力を取り込めるようだが、これは極めて例外的なことだそうだ。
調子に乗って魔法をかけつづけたら弊害がでないとも言いきれない、らしい。
「まあ、エーディスさんと契約することになったら言ってみたら? じゃあまた!」
フリージャに跨がり颯爽と駆けていくペルーシュさんを見送り、思案にくれる。
「魔力授受、かぁ……」
私魔力ないけど、それでもできるのかな?
さて、仕事をこなしていく。
モレルゾの姿は取り巻き共々あれから一度も見かけないが、所属騎士たちは和気あいあいと、作業に訓練に業務にと勤しんでいる。
要らなくね? モレルゾ厩舎長。
「ツムギちゃーん、俺そこやっとくぜ~!」
「ありがとうございます!」
女と明かしてから、どういう態度をとられるか少し心配だったけれども、意外とすんなり受け入れてもらえた気がする。
ちゃん付けされることが激増して、女の子扱いされるようになり、重い荷物とか運んでくれたり、作業を手伝ってくれる頻度は上がった気がするが。
私がろくに魔法を使えないことはすでに当たり前位の共通認識になっており、魔法でできることはやるよーとみんな親切なのだ。
これもまたエーディスさん的には面白くないらしい。
夜、話のなかで誰それに手伝ってもらった、とか言うと不機嫌になるのである。
魔法でやった方が速いから、手作業だと大変だろうという親切心から手伝ってくれているのであって、私に気を持たせようなんて気はさらさらないのに。
まあ、今のところぶーぶー言うだけで、特に弊害はないのでほっといている。
「ほんと、気を付けなさいよ?」
「あはは……」
「最近は過激派、毎日来てるんですって?」
「か、過激派?」
「エーディスさんファンがね、今2つに割れてるらしいのよ。
ふたりを見守ろうっていう穏健派と、絶対許せないっていう過激派ね」
カシーナさんと休憩時間に女子トーク。
というか、今はカシーナさんによる注意喚起……というか、説教……? の時間である。
そう、先程のケチャップ事件について話したら、目をつり上げられてしまった。
カシーナさんはいつもそういう人たちをあしらってくれているのだが、その自分をかいくぐり私にケチャップを浴びせた過激派、とやらにかなりご立腹である。
エーディスさんファンは、以前からかなりの数いた。
そのうちの大多数が、例えば殿下とかとのカップリングに萌えるタイプか、単なる憧れ的なファンで、数的には2~3割程度がいわゆるガチ恋勢にあたる。
しかし、エーディスさんがあんまりにも誰にもなびかず誰に対しても淡々と対応するため、いつしかそれが当たり前になり、むやみにアプローチするとエーディスさんに迷惑だ!とのことで、抜け駆けしてぐいぐい行かないことがファンたちの暗黙の了解になっていた。
それを最近破ったのがフィリーチェ嬢だったのだが、あの美貌と、家柄的に誰も文句を言えなかったので、ファンたちはハンカチを噛み締め泣く泣く成り行きを見守るしかなかった。
それと同時期に起きたのが私との同性愛疑惑。
驚きとともに、まあ、あり得る……よね、とどこか諦観の境地で納得をもって受け入れたファンたちだったが、私が女だと明かされ、ガチ恋ファンたちは自身の立ち位置の明確化を余儀なくされた。
そう、私の存在を認めるか、認めないか、である。
私に近い位置にいるカシーナさんには、色々情報が入ってくるらしく、こうして教えてくれる。
「ほとんどの子たちがエーディスさんのあのデレ顔を見て、私の入る隙間はないのね、って感じでむしろふたりを応援しよう!っていう穏健派になったんだけどね」
「……ははは」
デレ顔か……。言い得て妙だな……。
「でも、あんたも知ってる通り、絶対許せないっていう過激派が徒党を組んで色々やって来るでしょ?」
「ご迷惑をおかけしてます……」
「気を付けないと、ダメよ。あたしもちゃんと見ときたいけど、明日から休暇だし」
「あ、アラグさんと婚前旅行ですね!」
「……ま、まあそうね。お土産買ってくるわ」
カシーナさん、幸せそうだなぁ……。良かった、良かった。
「婚約、するならさっさとした方がいいわよ。婚約してないと付け入る隙間があるって思われるもの」
「あはは……」
うーん、皆、わりと婚約推進派なのね……。
***********
さて今日はエーディスさんの仕事についていく(ただの付き添いだ……)ことになっている。
家から王宮までは手を繋ごうとしてくることが多く、回りから嫉妬の目やら生暖かい眼差しやら驚愕の目やら、さまざまな視線に曝される。エーディスさんは気にしてない……。
基本は王宮に入ると仕事モードに切り替わるらしく、ベタベタするのは止めてくれるので、心もち的には穏やかである。
近衛騎士の控室で勉強やらなんやらしながらエーディスさんの仕事が終わるのを待つのがそういうときの過ごし方になる。
エーディスさんの事務仕事を手伝えれば良いのだが、さすがにそういう書類は私にはまだ難しいし機密も多い。
なので、ただひたすらにのんびりと過ごす一日になるのだった。
交代制なので、警護→休憩→訓練→警護もしくは事務仕事 みたいなパターンが多い気がするが、毎日同伴してるわけではないので、私を連れてこれるパターンがこれしかないのかもしれない。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよっす」
エーディスさんの同僚の方ともそこそこ仲良くなった。エーディスさんがいるときはむやみに話しかけては来ないけど。
日報等を確認してから、警備用の剣を装備する。
エーディスさんは私の頬にそっと触れてから部屋を出ていった。
それを一緒に見送っていた同僚騎士さんがしみじみといった調子で言う。
「副長がツムギさん連れてると、顔つきが違いますよね~。
あの冷徹な副長があんな顔するなんて、いまだに信じられないっすね~」
「わかるあの顔! 幸せ~って感じ、いやあ、お熱いことで!」
椅子に座り仮眠をとっていた騎士も話に入ってくる。
エーディスさんの顔つきが違いすぎて、皆さん最初はかなりぎょっとしたと盛り上がっていた。
確かに、はじめてあった頃はクールの極みみたいな顔してたけど、弄られキャラって分かったりして印象は早いうちに変わってたからなぁ。
さすがの殿下も、他の人の前でエーディスさんを弄り倒すことは控えているのか……?
同僚騎士さんが小声で伝えてくれる。
「ツムギさん、最近副長の人気がすごいんですよ。
あの顔であの表情、破壊力ありますからね」
「あはは……」
あの美貌で、甘やかに微笑みかけられている筆頭の私にはその破壊力がいやというほどよくわかる。
カシーナさんに言わせるとあれがデレ顔ってやつなんだろうけど。
でも、普段のキリッとしたクールな表情を知ってるだけに、あれを見て、好きになってしまう女性がいてもおかしくない。
しかし、騎士さんは親指を立ててにんまりとこう言った。
「でも大体は、ツムギさんとセットで愛でてるんで! 安心してくださいね!」
「あ、あはは、ありがとうございます……」
あの顔! と驚かれる表情を私が引き出したのだとしたら、嬉しい。
殿下は公式の場以外ではエーディスを弄り倒してますが、仕事中はエーディスの方が立場上言い返せないし、仕事中にころころ表情を変えるわけにもいかないので、むずむずしながらもスルーしてることが多かったりする。




