婚約?
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「流石だったな、エーディスよ。
ほれ、褒美を遣わそう」
「ありがたき幸せでございます」
恭しく箱を受けとるエーディスさん。
もう何度となくこのやり取りをしている彼によると、この箱の中身は金一封とのことだった。
現金、素晴らしい。
陛下がにこやかに手招きするので、エーディスさんの隣に膝を付くと、陛下がなんと!私にも金一封をくれた。
わーい、何を買おう?
陛下がにこにこと私に話しかける。
「此度はそなたの助力あっての結果であると聞いているぞ」
「も、勿体無いお言葉でございます」
「謙遜せんでよい。異世界の知識、何なりと役立てるがよい」
「あ、ありがとうございます……」
エーディスさんと二人頭を下げ、そろそろ退出かな?と思っていると、王妃殿下がお声がけされる。
「二人はいつ結婚されるの?」
「は、はい?」
「聞きましたよ、貴女、女性なのでしょう?」
にっこり笑いながら問われる。
「……ええと、はい」
まあ、ばらしたのは自分だから否定する選択肢はないけど、け、結婚?
王妃殿下は嬉しそうに言う。
「聞けば恋人同士なのだとか。エーディス、結婚はいつ? お祝いが必要ね?」
一瞬うろたえたエーディスさんは、考えを巡らせながらも言葉を選んでいるようだ。
「……王妃殿下。お言葉大変有り難いのですが、私達に結婚の予定はありません」
「あら、そうなの? 婚約もしないおつもり?」
「ええ」
エーディスさんがそうはっきり言うと、王妃殿下は残念そうな顔をする。
黙って聞いていた陛下が首を振った。
「ならぬ。お前たち、一緒に暮らしておるではないか。いくら従者とはいえ、他に使用人もおらず恋人と公言している女性と二人きりで暮らして結婚もしないなど、外聞よろしくないぞ」
「そうよ、婚約しちゃいなさい。でなければ二人きりで暮らすことは認めません!」
陛下の援護を得て王妃様がイキイキと楽しそーに発言する。
エーディスさんがすごく困っている!
「お言葉ですが、しかしながら彼女は帰還する予定ですので」
「ええ!? 帰還ですって?」
「還れる方法が見つかったのか?」
「いえ、今の時点ではまだですが……」
驚きのち、エーディスさんの言葉にあからさまにホッとするおふたり。
ちらほら殿下経由で私の話が伝わっているのか? 還したくないと思ってくれているのだろうか。
それ自体は有り難い話ではあるけど……。
渋い顔のエーディスさん。何かしら理由があるのか? 私としてはこっちで婚約してもしなくても向こうに影響はないしエーディスさんのしたいようにしてくれれば良いと思う。
陛下を見ると、そばに控えていたゼクトさんがそろそろお時間ですと小声で伝えている。
王妃殿下がエーディスさんを見つめて宣告した。
「……では、期限を決めましょう。
半月後の慰労会の時までに婚約を決めるのです。
婚約しないのなら、それ以降は別々で住みなさい」
「……かしこまりました」
エーディスさんと私は、頭を垂れて退出したのだった。
帰り道。
「参ったな。外堀を外から埋められそうだ」
「そう、みたいですね……」
「たぶん君を返したくなくて繋ぎ止めようとしてるんだろう」
「……そんなに、何かしら知識が役立った認識はなかったんですが」
殿下に話したことでなんかすごいとか言われたことあったっけ?
あ、トランプの大貧民は一大ブームになったって聞いたけど……。
思案に暮れていると、エーディスさんがそっと手を繋いでくる。
王宮から出たとはいえ、人通りがある中手を繋ぐのは少々恥ずかしい。
エーディスさんを見上げるが、唇を引き結び考え込んでいた。
お互い無言で歩くが、道行く人からの視線が痛い……。
絡んだ指を解くこともできず、俯いてやり過ごす他なかった。
「やあ、婚約するの?」
「ガルグール……」
帰宅すると先程ぶりの殿下が寛いでいた。
さすが耳が早い。
「しないよ」
ため息混じりにエーディスさんが言う。
その返事に、殿下は眉を少し上げる。
「へえ、じゃあ、ツムギさんの住む新しい場所を探してあげないとね」
「……それも、嫌」
今度は殿下が嘆息する番だった。
「王妃殿下のご命令、陛下の承認つきなんだから、そんなわがまま通るわけがないでしょ?」
「そうだけどさ……」
「何を悩んでるんだか知らないけど、離れたくないなら婚約くらいすれば良いよ」
ぶーたれるエーディスさんを捨て置いて、お茶菓子を出す私に聞いてくる。
「ね、君のところは婚約とか結婚てどんな感じなの?」
「そうですねえ……お見合いであったその日に婚約って言うことも昔は多かったみたいですけど、今の時代は恋愛結婚が多いですね。
付き合って、プロポーズして、結婚って感じです」
殿下がふむふむ頷きながら聞いてくれる。
「付き合って、って言うのは恋人になるって言うことだよね。プロポーズって何だい?」
「恋人に、結婚してくださいって伝えるのをプロポーズって言うんですよ。
婚約指輪をケースからパカッとやったり、バラの花束をドーンと出してくるのが定番ですね」
「指輪かぁ、こちらでは婚約の時に指輪を渡す習慣はないけど、結婚指輪とは違うの?」
「私もよく知らないんですけど、違うらしいですよ。
結婚指輪はまた別であるみたいです」
「へえ、不思議だねぇ」
「それで、OKが出れば晴れて婚約ということになりますね。
……こっちの婚約はどんななんですか?」
エーディスさんが悩む理由が気になる。
殿下は懇切丁寧に説明してくれた。
婚約とは、契約である。
その通り、契約魔法によってお互いが契約を交わすことによって成立する。
勿論、互いの同意なくては契約を交わすことはできないのだが、家同士のあれやこれやによって内心は不満がありながら契約をすることは珍しくない。
契約の内容は個々のケースにより、まったく違う様相を呈する。
例えば、浮気は許さん、お互いにという契約もあれば、趣味に口を出すなとか、仕事のサポートをしてくださいだとか、生活費は毎月いくら払えだの、週1で唐揚げを食わせろだの、子が5年できなければ離婚だとか、その内容は多岐にわたり、破った場合の罰則も、つけたりつけなかったり……。
家や個人の力関係に依っては、一方に不当とも思える内容で契約することになる。
契約魔法が履行されると、お互いに契約が刻まれて婚約成立となる。
結婚をしますよというときに、また契約魔法を更新して強固にし、結婚届けに契約魔法の履行を記録することで、結婚が認められるらしい。
婚約時に、いつ結婚するかをだいたいの期間設定することができるが、これはいつでもお互いの同意さえあれば変更は可能。
しかし、契約内容の変更に関しては、煩雑な手続きを擁するため、簡単には変更できない。契約の追加はそこまで難しくはないが……。
ちなみに、契約内容の項目一つ一つに、婚約時から履行するか、結婚時に履行するか決めることができる。
「殿下も婚約されてるんですよね? どんな契約されてるんですか?」
「私? まあ、機密も多いけど、そうだな……貴女を守ります、と、嘘は付きません。つくときは墓場まで持っていきます、とかかな。特に罰則は付けていないからただの宣言だけどね」
「なにそれロマンチック……」
殿下にそんなこと言われたお相手が心配になった。私だったらときめき過ぎで気絶したかもしれないな。
そういえば、結婚の誓いってあったよね。
「ああでも、あっちにも結婚式の時に誓わされる口上があるんですよ」
ヤメルトキモ、スコヤカナルトキモ、と片言の神父さんの物真似をしながら、言うと、殿下は興味深そうにうなずいた。
「愛を神に誓うわけだね」
「ええ。でも、今の時代3組結婚したら1組は別れちゃうらしいですけどね」
見も蓋もない追加情報に、殿下が苦笑する。
「こちらでは離婚もあるんですよね?」
「まあ、契約の変更並みに手続きが面倒臭いけれども、離婚は可能だよ」
「婚約破棄、あるんですか?」
「もちろん。これもまた面倒くさいけれどね」
「婚約した相手が居なくなったらどうなるんですか?」
私の問いに、側に立っていたエーディスさんが答える。
「婚約状態なら2年、音信不通ならば婚約破棄の申し立てはできる。……だよね?」
「そう。連絡が取れないと判ってから2年、ってことだね」
「なるほど……」
なかなか証明は難しそうだが、相手が私なら問題ないだろう。
聞いている限り、婚約をすることでなにか不都合が生じるようには思えなかった。
契約も、結婚してから履行ってことにすれば実質仮契約で終わってしまう話のようだし。
まあ、エーディスさんのことだからなにか深遠な理由があるのかもしれない。
「で、エーディスは婚約はしないの?」
「……ちょっと考える」
渋い顔でそう言い、紅茶を口に含んだ。
殿下をちらりと見て、私の横に座る。
「ていうかガルグールはいつ戻るの?」
「えっ、私がいるといちゃつけないからって追い出しにかかってるの!?」
「わかってるなら帰りなよお邪魔虫」
殿下の芝居がかった物言いに言い返すエーディスさん。
一応、殿下の前でいちゃつくことをよくないと考える自制心は残っていたらしい。
しかし、エーディスさん、からかいに対する対処スキルが急激に上昇してないか?
というか、開き直っただけか……。
殿下が笑いながら大袈裟によよ、と泣き崩れる。
「私は感動しているよ……!あれだけ女性に苦手意識を持ってた我が従者である筆頭騎士が、恋人といちゃつきたいが為に主人である私を追い出そうとまでするとは……人は変わるものだね。
……でも私にもたまには構っておくれよ~。最近さっさと帰るし寂しいじゃないか~」
とか良いながらエーディスさんの隣、私の反対側に座って彼に抱きついた。
「うわ、やめろうっとうしい!」
「あっはっは!」
ふたりがけのソファなので、狭い。
エーディスさんが殿下を引き剥がそうと苦戦していたが、諦めて殿下をくっつけたまま私に抱きついた。
なんだこれ。
まあ、殿下に対抗して抱きついてきただけで、甘い雰囲気の欠片もないので私は極めて冷静に、エーディスさんと殿下の抱擁?というイベントを堪能していた。
イケメンがイケメンに戯れている。素晴らしい。
「離れろ」
「私もツムギさんに抱きついちゃおうかな?」
「ごめんなさい」
殿下がぶつぶつ言いながら、エーディスさんのほっぺたをつまんで遊びはじめた。
「まったく、最近君は開き直っちゃってからかいがいがないから、私が体を張らなくてはいけなくなったではないか。
可愛い反応を見せてくれないと離れないぞ」
なるほど、エーディスさんをからかうことがもはや生き甲斐になってしまったらしい殿下の言い分に、くすりと笑ってしまう。
殿下も寂しいのはたぶん本当なんだろうな。
私も親友に初彼氏ができたときは、嬉しさもあったけど反面複雑だったもん。
私もエーディスさんのもう片方のほっぺをつまんだ。
エーディスさん越しに殿下と話をする。
「エーディスさん可愛いですよね、殿下」
「ふふ、可愛いエーディスをからかうことが何よりの楽しみなんだ。わかってもらえてうれしいよ、ツムギさん」
「……ふそ、おれれあそうな!」
俺で遊ぶなと訴えるエーディスさん。しかし私は抱きつかれてるので動けませんからね。
可愛い可愛いと殿下と連呼してると、耳まで赤くなった彼が消えた。
反対側の、先程まで殿下のいたソファで頭を抱えている。
転移か。
「もう、やめてくれ……。 ガルグールもいい加減にしろ!」
「そんなこと言わないでくださいよ、殿下も寂しいって言ってますよ」
「そうそう。寂しいなぁ」
「お前は俺で遊べなくて寂しい、だろうが!」
エーディスさんが弄られキャラを脱却するのは、まだ先のようである。
殿下とは本文外でも色々話してますが、真面目な話になることが少ない。




