妨害工作
荷物のように抱えられて風のように運ばれる。この世界にきた頃、マルネイトの人形にこんな感じで運ばれてたことをふと思い出したが、いやいや、待て待て。ちょっと下ろしてくれ!
もがくがまったくびくともしない。
しかし、すごいスピードで走るジープスさんが急につんのめって転げた。もちろん私は宙に放り出される。
ひえー!!
しかし、前方に移動してきたエーディスさんにナイスキャッチしてもらった。すぐに立ち上がる。
ジープスさんをみやると、先程の蔦が脚に絡んでいた。これで転ばされたようだ。
膝をついたジープスさんは忌々しそうに顔を歪めながらも、どこか諦めににた調子で笑う。
「さすがに、国一番の名は伊達でない、ということだな」
「モレルゾの指示?」
「……いや、あくまでも俺の意思だ」
エーディスさんが目を細めて詰問する。
「ツムギを連れていってどうするつもりだった?」
「それは、知らん。俺は薬を求めただけだ」
「薬?」
「異世界人を連れてくれば、薬を作れるという話だった」
異世界人、そのワードを久しぶりに聞いたような気がする。
つまり、ジープスさんは私を異世界人だと知っているということで……。
「何故ツムギが異世界人だと?」
「とある人に聞いた、とだけ言おう」
「何故それを信じた? ……この前の酒、あれが関係しているんだろう」
この前の酒? 夜会の時ジープスさんが持ってきたお酒のことだろうか。結局エーディスさんが飲んじゃったけど。
ジープスさんは下を向き黙ってしまう。
「あれを俺が飲めば、ツムギが異世界人である証明だ、とでも言われたんだろう」
「……そうだ」
そうなの? 何故?
話についていけない。
「その人物がモレルゾだとは言わないつもりか?」
「……直接話をしたのはモレルゾ隊長ではない、とだけ言っておく」
「……まあ良い。何故、異世界人を連れてくれば薬が手にはいるのか、知っているのか?」
「……異世界人の血は万病に効く万能薬だと言われた」
新しい眉唾情報である。
そんなのに踊らされるほど、切羽詰まった状況なのだろうか。そんな薬を求めるほど体調の悪い人がジープスさんの身近にいるらしい。
「血が欲しいなら、あげてもいいですよ」
とりあえず声をかける。
ジープスさんとエーディスさんが、顔に驚愕の色を張り付けてこちらを見る。
「何を……」
「あー。いや、別に少量なら、ですよ? 正直、私の血にそんなミラクルはないと思いますけど。それで満足するなら、血ぐらいどうぞ」
「……良いのか?」
「どれくらい必要かにもよります。というか、私の身柄じゃなくて血だけでいいんですかね?」
エーディスさんが大きくため息をつく。
「ジープス、どうなの?」
「……わからん。だが、できれば貰いたい」
「今回の件の詳細と理由をきちんと話してくれるなら、コップ一杯くらいまでなら良いですよ」
「こ、コップ一杯……!?」
エーディスさんが慄いている。
それくらいなら、命に別状はないだろう。
「助かる。では、話そう。
……あれは俺がまだひよっこの新人の頃に遡る……」
「あ、あとでで良いです」
長くなりそうなので、語口を止める。ジープスさんは少々残念そうに口をつぐんだ。
交換条件は成立し、後程話をすることを約束させた。
ジープスさんも競技があるのだから、準備に行くように促す。
無言で頭を下げ、ジープスさんは去っていった。
しかし、また誰かが走ってやってくる。
「た、大変です! エーディスさん!……シオンが!」
アラグさんが、青い顔でエーディスさんを呼んだ。
慌ててアラグさんに付いていく。
シオンを入れていた馬房には、チームの面々とマスダンク先生がいた。
そこには目を見開き、息の荒いシオンが、横たわっている。時折、痙攣するかのようにびくびくと動いている。
涙目でおろおろしていたペルーシュさんが、エーディスさんを見つけるやいなや頭を下げる。
「すっすみません! 俺のせいです! 俺が……」
「やめろ、それを言うなら俺にも責任がある」
リンガーさんが固い表情でペルーシュさんを押し止め、すまん、と頭を下げる。
「……シオンに薬を打たれた。
支度をしているときに、暴動の報告があった。手分けをして対処に当たったが、すぐそこで怪我人が出てその対応をしている隙にやられた」
リンガーさんが、ちらりと視線を移す。そこには、ぼこぼこにされた人が拘束されていた。
どうやらあの人に薬を打たれたらしい。
「どんな薬?」
「この前の餌に混ぜられたものと、同じだ。直接流し込まれているぶん、速く効き目が出ている。今は暴れないよう拘束しているが、解毒には時間がかかる。……競技には間に合わない可能性が高い」
エーディスさんの表情が消える。
もしかして、モレルゾが言っていたのは、このことだったのかもしれない。
「ど、どうにかできませんか?」
今も解毒を試みているらしい獣医のマスダンク先生に尋ねる。
「いくつか、方法がある」
「それは!?」
「ひとつは、このまま拘束を解いて暴れさせて魔力を減らすことだ。
あの薬は、魔力依存だから、残っている魔力が少なければ、それだけ解毒の時間を短縮できる」
「でも、それでは……」
「仮に時間までに解毒できたとしても、競技は厳しいだろうな」
「他の、方法は……」
「もうひとつは、人に移す。薬の効果を移動するだけなら、解毒よりも早く薬を抜くことはできる」
「それでは、俺に移してください」
エーディスさんが言うが、先生は首を振った。
「君に移すのは一番の悪手だ。君は絶えず魔力が補充される。解毒したそばからどんどん薬に犯され、解毒が必要な魔力が増えることにしかならない。それこそ、君自身が競技には間に合わない」
「……」
苦しそうに唇を噛み締めるエーディスさん。
私は前に進み出て声を上げた。
「なら、私に移しましょう」
「ツムギ……!?」
私はエーディスさんに笑いかける。
「私、今なら魔力が全くないですから。もしかしたらなんの問題も起きないかもしれませんよ?」
「でも、魔力暴走しない代わりに、身体に影響があるかもしれない、危険だ」
「でも、他に手はありませんよ」
「そんな、でも……」
「エーディスさん」
私はエーディスさんをじっと見つめ、ニヤリと笑った。
親指を立てて、心配させないように明るく振る舞う。
「ついに、私の魔力のなさが役に立つ日がやって来ましたね! さあやりましょう! 大丈夫です。死にやしませんよ」
「でも!」
私はエーディスさんをほっといて、マスダンク先生に声をかけた。
「先生、お願いします。……皆さん、絶対結果出してくださいね?」
「ツムギ!」
「エーディス。ここはツムギの気持ちをありがたく受け取ろう」
「そうですよ。私は役に立てて嬉しいです。絶対勝ってくださいね」
ルシアンさんの言葉に同調し、微笑んで見せる。
エーディスさんが辛そうに顔を歪める。
「……ツムギ、ごめん。
……ありがとう」
そうして、薬の毒性を私の身体に移す作業が行われた。
シオンから伸びた魔法の管が、私の身体へ入り、何かが、入り込んでくる。
身体が熱くなり、汗が噴き出す。
頭が割れるように痛む。
視界が、定まらなくなる。ああ、ぼやけているけどエーディスさんが不安そうにしているのは解る。
心配させてはいけない、でも、身体が熱くて、苦しい。
歯を食い縛り、無理やり笑顔を作る。
エーディスさんが私の手を握って何かを叫んでいるが、ゴウゴウ唸る自分の血流の音でよく聞き取れない。
シオンは……大丈夫だろうか?
「ふ、ぐ、あぁ」
勝手に、声が漏れる。
自分の身体が自分でなくなったように、動かせないのに勝手に動く。
でもだんだんとその感覚すら、なくなっていく……
熱い、クルシイ。
それだけが、すべてになった。
たすけて、くるしい。
くるし、い……
エーディスさん。
声にならない声でそれだけ言い、意識を手放した。
ブクマ、評価ありがとうございます。




