スレプニール
馬好きの血が騒ぐ出会い。
グラネットさんは思いの外早く戻ってきた。
とりあえず外へ出て、歩き出すので付いていく。
「転移陣が使えないんじゃないかって気づいた人がいたみたいで、
スレプニールを寄越してくれてるみたいなんだ。
速いから、もう着いてると思うよ!」
スレプニールとはなんぞや。新しい乗り物か。
ちょっと嬉しそうなグラネットさんについていきながら、周りを見回す。
転移陣の使える時間帯、いわゆる営業時間が決まってて、
さっきはそれに間に合うように慌てて行ったので町並みを見る余裕がなかったが、
今改めて歩いてみると、さっきの村とは違い地面は石畳に舗装されていて、
家も綺麗にならんで建てられている。
暗くなってきたので店じまいを始めているところもあるが、
一本奥からは賑やかな声と美味しそうな肉の焼ける匂いが漂ってくる。
そういう屋台的な食事処以外にも、
このメイン通りにはレストランに近い建物や、ブティック、本屋等あちらの世界と近い町並みだ。
まあ、栄えてるとまでは言わないが、外国の田舎の観光地のメインストリートといわれれば、そんな感じだろうか。
「珍しいかい?」
「そうですねぇ……。私のいた国では、あまり見ないですけど」
「ああ、そうだ!」
といって、サッと駆け出すグラネットさん。
騎士だからなのか、妙に動きが素早いときがある。
そしてすぐに戻ってくる。
手には、お肉の串。
なんかすごく美味しそう。
「この町の名物なんだ。食べなよ、お腹すいてるでしょ?」
「ありがとうございます!」
ありがたく頂く。
口にいれると、
香ばしさと、甘味の中にどこかスパイシーさのあるタレ。そしてそれに絡む肉汁……。
「美味しい!」
「でしょー」
そんなことを話しているうちに、目的地についたようだ。
厩戸のような建物。
馬っぽい、というか牧草のどこか懐かしい匂いがする。
厩戸番に話をつけると、グラネットさんは一頭の獣を連れてきた。
馬だ。
体躯が大きく、かといって重種の馬ではなくサラブレッドがそのまま大きくなったような。
頭には巨大な角が生え、鬣は長く豊かで目が赤い。
2人乗り用の鞍のようなものが既に馬装され、
ち、宙に、
宙にういている!
「グラネットさん、これ……」
「あれ?いってなかったっけ?これがスレプニールだよ」
「馬……ですか?」
「まあ、馬だね」
「スレプニールは、馬なんですね?」
「うん。馬は他にもいるけど、騎馬と言えばスレプニールだよ。
まあとにかく乗ってよ。すごいんだからさ!」
グラネットさんは言うなり私を鞍と首にくくりつける。
さっきのアンテ(ヤギ擬き)の時はそんなことしなかったけど……。
と思ったが、グラネットさんが飛び乗り、出発してわかった。
「ぎゃあぁあ!!!」
「あれ?翔ぶっていってなかったっけ?」
猛スピードで走る、というか、翔んでる!
あっという間に町並みの屋根を飛び越え、
屋根が米粒ぐらいになるくらいの高度まで来た。
マジすげぇ。
語彙力飛ぶ。
「ぐぐ、グラネットさん、」
「はいよ!楽しんでる?」
「……メッチャ楽しいですっ!!!」
最高!
今までの頑張りが報われた気分よ……。
スレプニールの首に抱きつきボロボロ涙をこぼす。
そう私は馬大好き人間なのだ。
スレプニール、馬とは言えないかもしれないけど。
落ち着いた私は、グラネットさんと色々話をした。
そう、主に馬について。
グラネットさん曰く、スレプニールは、この国の特別な騎獣で、特産品でもあるらしい。
と言っても、競馬が世界中普及してるわけではなくて、単に移動手段として優れているからだ。
速く、しかも翔べる。
乗れるし曳ける。
また性質は騎獣のなかでは穏やかで扱いやすい。
草食。
「見た目も美しいってんで、王家の紋章にもなってるし、カッコいいよな!」
「はげどう!」
「はげどー?」
「激しく同意!!!です!!」
馬のなかにはスレプニールのほかにも居るらしい。
この世界では、全ての生き物は人間同様わずかにでも魔力を持っている。
その中で他の生き物に比べ魔力量が多い生き物が存在し、その生き物を魔獣と呼ぶという。
ちなみに騎獣というのは、魔獣の中でも人が使役して乗ることができる生き物のことを言うそうだ。
……魔力なしの私って、世界レベルのレアキャラなのではないだろうか。
馬の中でも一番魔力が多いのが、スレプニール。
馬ランクSって感じだろうか。
つらつら考えていると。
「お、見えてきた。そろそろ降りるよ~!」
急降下。
「ぎゃあぁあ!!!」
通訳魔法はニュアンスの読み取りもできて非常に便利なのですが、略語の扱いに齟齬が見られますね。
紬=はげとー!は激しく同意の略語だよ!
グラネット=はげどー!は異世界語で激しく同意という意味の言葉なんだな。
と思って理解しているという裏話でした。
スレプニールはそこらの騎士は滅多に乗れないので(騎乗訓練したことはあるけど)、グラネット氏は喜んでおります。