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スレンピック開始

「……とにかく! スレンピックがダメだったらみんなも困るし、私だって出ていかなきゃいけなくなりますからね?」

「……わかってる」

「本当にわかってます……?」


 腰に腕をまわして抱きつきながら言われても説得力がありませんよ……。

 今は、エーディスさんの膝の上に乗っている状態だ。どんな状態でこうなったのかは私にも説明できない。

 ぺちぺち、腕を叩くけど緩むことはなく、ぎゅうぎゅう締められるだけ。少々苦しい。


「解ってるよ。絶対結果を出す」

「私を見てたら裸想像しちゃうんじゃないんですか?」

「する。けど、少し落ち着いた」


 からかうように言ってみるが、真面目に?返された。

 エーディスさんが私の肩口に顔を押し付け、くぐもった声で呟く。


「こうやって抱きついてると、安心する」

「私は抱き枕じゃないですよ?」

「抱き枕になってくれないじゃない」

「ダメです! てか、いい加減離れてくださいよ……」


 ぎゅう。


「く、苦しいです」

「ごめん、でも離れたくない」

「全く、甘えんぼうですね?」


 少し向きを変えて、エーディスさんの髪を撫でる。さらさら。

 楽しくなって、みつあみを作る。

 さらさら過ぎてどんどんほどけてしまうけど。


「スレンピックで結果出せれば、今まで通りいられるんですから。頑張ってくださいね?」

「もちろん」

「……エーディスさんがこんなに甘えんぼうだとは思いもよりませんでした」

「君にだけだよ」

「うぐ……」


 さらっと甘い言葉を囁くんじゃない。

 あのヘタレのエーディスさんはいずこへ……?




 さて、エーディスさんは言葉通り、ふたりでいるときはべたべた、べったべたしてくるけどそれ以外は通常に戻った。




 そしてスレンピックがやって来る。




 王都は全体がスレンピック一色になっていた。

 派手な飾り付けに、そこかしこにスレプニールのレリーフ、旗、像にあれやこれや。

 元々多いけど、溢れんばかりである。

 そしてそれは人も同じこと。

 たくさんの人がスレンピックの観戦に訪れていた。

 出店が立ち並び、街はお祭り騒ぎである。



 スレンピックの開催期間は1週間の長丁場。

 我らが団体演技は、初日に予選があり、決勝は最終日というなんとも言えない日程となっている。

 エーディスさんの出る競技はその団体演技と、モレルゾと戦う障害飛越っぽいレースと、もうひとつ。レスキュー競技と言われるものである。

 エーディスさんが毎年圧勝過ぎて、国内の対抗馬がいないため、まさに国別対抗戦の体をなす競技らしい。内容は聞いてもよくわからなかったが、要するに、どれだけ速く人を救助できるか、という競技のようだ。

 どれも楽しみだ!アラグさんやペルーシュさんの応援もしなくちゃね!



 さて、初日から予選に出場するために朝からバタバタしている。

 厩舎では、たくさんのスレプニールたちが競技のため入っていて、それを守る人もたくさん歩いている。

 ピカピカに磨かれて艶めく馬たちもそれぞれやる気を漲らせているように見える。晴れの舞台は馬もわかるようだ。

 私はいつも通り作業を済ませて、そろそろ準備に入るところだ。

 エーディスさんは今は殿下のそば控えである。

 殿下はスレンピックの開会式で陛下共々挨拶をしているはずだ。




「あ、モレルゾの馬も来てるんですね」

「まあ、そうね。今日出る競技があったんじゃないかしら?」


 ひときわ大きい馬房に佇むモレルゾの馬。

 なんだか、元気がない。

 息が荒く、よだれが垂れ、汗もかいている。


 私はじっとその馬を見る。


「辛そう……」

「ツムギ?」

「なんだか、辛そうですこの子」



 声が聞こえたのか、虚ろな眼差しがこちらを向く。大柄で立派な馬体なのだが、少し痩せているのかあばらが見えているのが気にかかる。

 力なく立ち尽くす様子を見ていると、いてもたってもいられなくなってきた。


 濡れタオルを持ってきて、少しでも楽になるように、汗を拭いてやる。

 カシーナさんがおろおろと狼狽える。


「や、やめた方がいいわ、モレルゾに見られたらどうなるか……」

「でも、この状態で競技に出るなんて……」


 汗を拭きながら、ひととおりのバイタルチェックをしていると。


「何をやっている?」

「! モレルゾ、隊長」

「勝手に触るな」

「でも! 体調が悪そうです」

「どけ」



 モレルゾは持っていた何かを馬の口の端に押し込んだ。何を食べさせた? 薬?


 でも、薬、大丈夫? ドーピングとか……

 まあモレルゾは私よりその辺詳しいんだろうから言わないけど……。


 馬の様子が目に見えて変わってきた。

 目がギラギラとつり上がり、よだれがますます増え、汗が噴き出す。

 ええ、なんで!?


「何を! それは違反では!?」


 カシーナさんが声を上げる。

 やっぱりおかしいよね!


 モレルゾは舌打ちをして、シッシッと手で追い払う。


「邪魔をするな」

「運営に報告します!」


 カシーナさんの言葉に、モレルゾがニヤリと笑う。


「言ってみろ、お前ごときの発言で通るわけがないがな。クックック」


 なにかしら、手を回しているということ……!?


 ふうふうと鼻を大きく膨らませて呼吸をする馬。

 しかし、暴れることはなくモレルゾに服従しているように見える。

 その目は、ギラついていながらもどこか空虚だった。


 本当なら他の馬と同じように、やる気を滾らせて、意気揚々と相方の騎士についていくはずなのに。

 体がおかしくなって、辛いのに無理やり薬で覚醒させられて……。

 せめて、気持ちだけでも楽になって欲しい。


 私はそっとモレルゾの馬に近寄り、鼻先に手を差し出す。


「ツムギ! 危ないわよ!」


 カシーナさんの悲鳴に似た注意の声が響く。

 モレルゾが指先で指示を出した。



「おい、この馬鹿を排除しろ」

「辛いよね。楽にしてあげる」


 私は、私の中に僅かにあった魔力を全部使って、馬に回復魔法をかけた。


 と言っても、回復魔法のかけ方なんて知らないから、楽にしたい、元気になる、溌剌したもとの馬にもどって欲しいとイメージしただけだけど。


 モレルゾの指示は、履行されることはなかった。

 馬は私の手を額に当てて、まっすぐにこちらを見つめている。

 その目には力が戻っていた。


 すこしほっとする。


「おい! 何をやってるんだ! 薬の効果が……!」


 モレルゾが狼狽している。

 私の手をひっぱたき、胸ぐらを捕まれた。


「なにをしてくれてんだ!」

「楽になるように回復魔法をかけただけですよ」

「それくらいで薬が切れるわけないだろ! どうするんだ! もう競技が」

「薬とやらが切れたわけではなさそうですね」


 声が割って入る。エーディスさんだ。


 エーディスさんがつかつか歩み寄ってきて、モレルゾを私から引き剥がした。


「薬の効果は残ってる。でも、馬自身の意識を取り戻したみたい」

「薬、どうにかなりませんか?」

「ここでどうにかしてもまた入れられてしまう。そうしたら体が耐えられないかも」

「そんな……」


「クックック……アーッハッハ!」


 突然笑い出したモレルゾ。


「フン、例え俺が勝てなくても、お前を引きずり下ろすことができれば十分だ……。

 その従者、明日にはお前から引き剥がしてやろう。グレルゾのやつが妙に気に入っていたようだから、あいつにくれてやろうか」

「何を……俺たちは今日の団体演技、必ず決勝まで行きますから」

「できるものならな!」


 モレルゾはそう言って、馬を連れて行ってしまった。




「なんだか、嫌な予感がするわ……」

「うん……今日、何かするつもりかも」

「早く、皆と合流しましょう」



「なんだか、様子が変ね……」


 カシーナさんと3人、連れ立って走っていくと、向こうの方からアラグさんが走ってやってきた。


「大変だ! 街で暴動が起きてるらしい。そっちは他の騎士たちが出てるけど、この辺にも入り込んでるらしいから気を付けろ」



 そこへ、見慣れない格好の男たちが現れる。

 私を見て、声をあげた。


「あれ? こいつか?」

「……そうみたいだな」



 何? 私?

 私を指して喜びの声を上げる男たち。



「おお! ほんとにいた!」

「あれだけ探してたのに今日は簡単に見つかったな!」



 エーディスさんが無言で私の前に立つと、男たちが顔を見合わせて言い合う。



「誰だ?」

「ゲッ! こいつ、有名な魔法師ですよ!」

「へ、なんだ。ただの優男じゃねーか」

「や、ヤバイっすよあいつは……」

「びびってんじゃねーよ! さっさとあいつを捕まえてずらかるぞ!」


 男たちが私に向かって走り出す。


「ハッ!」「フッ!」「ハァ!」


 カシーナさん、アラグさん、そしてエーディスさんが戦闘体勢に入った。


 剣を抜き、交戦する。

 しかしあっという間に決着はついた。

 エーディスさんが剣を交えながらも予め唱えていたらしい魔法を発動させると、蔦が足元に絡み付きまともな戦いにはならなかった。

 男たちは蔦を切ろうともがいているが、その前にカシーナさんに拘束魔法をかけられて転がるしかない。

 アラグさんが抜け出しそうなやつを押さえている。

 連携されたその様子を見ていると、誰かに腕を引かれた。



「……ツムギ殿、こちらに来い」

「ジープスさん?」


 帽子を目深に被り、口許まで首巻きで覆われているが、声がジープスさんだった。

 引かれるがついていくのは躊躇われてたたらを踏む。

 舌打ちをしたジープスさんらしき人物は、無理やり私を抱えると走り出してしまった。



「えっ! ちょっと!」

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