side エーディス2
事情により遅れました……長い。すみません。
前回の続き、朝の話からです。
何かが身体に擦りついてくる感覚で、意識が浮上し始める。
腕に抱えていた何かがそっと動き出すのを感じて、力を入れようとするが、その前にするりと抜け出されてしまった。
温もりがなくなって、寂しく思う。
薄目を開けると、ベッドから下りて立ち尽くすツムギの横顔が見えた。
その姿に普段と少しだけ違和感を覚えたけど、声をかける間もなくツムギは部屋を出ていってしまった。
そう、なんとなく昨日から違和感があるのだが、密着してることで頭がいっぱいでそんな感覚吹き飛んでしまった。
まあ良いか。
起き出して、支度をする。
ツムギの反応が楽しみだ。
俺より後にリビングにやって来たツムギは、なにやらびくびく何かを気にしていた。
何を言われるのか、気にしているのだろうか?
怒るか文句を言われるのは俺の方だと思うのだけど。
怒っていないか探りを入れてみるが、あからさまに狼狽していて、顔を赤らめる。
少しは意識、してもらえただろうか。
二日酔いを心配するツムギが、薬を出してくれる。
ジープスの混ぜ物の酒のせいかほんの少し、頭痛がするが、二日酔いというわけではないと思う。でも、ありがたくもらっておく。
ジープスは、恐らくモレルゾの手先だろう。
たが、ジープスだけに注意すれば良いというものではない。
ツムギに注意勧告をして、彼の唇についたクッキーくずを払ってやる。
それだけのことでもっと触れたい衝動に駆られるが、ツムギは顔を赤らめて小走りで出ていってしまった。
「それじゃ、練習に行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい。気を付けるんだよ」
ガルグールに見送られ、厩舎に向かう。
チームの面々が深刻そうな顔をしているので、近くにいたペルーシュに尋ねると、違法薬物が餌に混ぜこまれていたこと、調べると怪しい箇所がたくさんあったことを聞かされた。
さすがに馬に対して薬物まで出してくるとは予想外だった。
これは認識を改めざるを得ない。モレルゾ主導だろうが、そこまでして俺に勝ちたいのだろうか。しつこいったらありゃしない。
ツムギが、拳を握りしめて怒っている。
馬に危害を加えようとするなんて最低だ、と。
俺は彼の側に立ち、防壁を張ることを宣言した。
さすがの俺でも王宮の防壁、家の防壁に加えて6頭分は厳しいものがあるけれど、まあ、うまく構築を練り上げて、余った魔法具を駆使すればなんとかなるだろう。
卑怯な奴等に屈するわけにはいかない。
幸い、皆も手助けしてくれるという。それならばもう少しきちんと守れる筈だ。
ツムギを見つめ、絶対に護ると頷いた。
早速一旦家に帰り、ツムギが片付けた物置から使っていない魔法具をピックアップする。
厩舎に戻り、頭の中で術式の展開を計算しながら魔方陣を描き、構築した。
魔力を注ぎ、足りない分を魔法具から補うよう設定する。後は、これを壊されないように少し弄くって完成だ。
問題なく、術式は発動。まあ当然だけど。
*********
ツムギがうつらうつらと舟をこいでいる。
全く、この前も眠かったのかぼんやりして針で指を刺していたのに、またこんなになるまで夜中も頑張っていたようだ。
部屋の明かりは消えていたように思ったけど、俺に見つからないように隠れてやっていたのだろうか。
ため息が出る。
「あんまり根を詰めないように言ったのになぁ」
帰り道、そう言って苦言を呈すると、ツムギの目が泳ぐ。
「すみません……なんか、凝りだしたら止まらなくなってしまって。他に役に立てないので、これくらいは……」
「あ、また役に立てないとか言ってる」
「だって……そうなんですもん。私はもっと頑張らないとダメです……」
「ツムギ、君は十分役に立ってるよ」
彼が納得するまで何度でも言ってやらないといけない。まだぼそぼそ呟くツムギのおでこを指で弾き、髪をくしゃくしゃとかき回す。
「自分にできることを精一杯する。それが大事なんじゃないかな?
それが結果として誰かの役に立つし、誰かの心を動かす。
君が俺や皆のために何かしようとしてくれる気持ちだけで嬉しいし、自分も頑張らなきゃと思わせてくれる。君のそういうところが俺は好きだよ」
どさくさ紛れに好きだと伝えた。
照れくささをごまかすために彼のほっぺたをぐりぐりつねる。ツムギが頬を赤らめる。
ああ、でもこれだけは伝えておかなくては。
「役に立ちたいから頑張ること、それを否定する気はないけど、役に立ってないから自分はダメだなんて言うのは許さないよ?」
ツムギがはい、と素直に返事を返してくれて、少し安心する。
どれだけ君の頑張っている姿に励まされてきたか、少しでも伝わると良いのだけど……。
それでも自分の仕事だからやり遂げたい、という気持ちを汲んで、家にいてもらうことにした。
辛くなったら居眠りでも昼寝でもしてくれればいい。
お互いの妥協点はそこに落ち着き、帰り道を進む。
しかしそこで、会いたくもない人物に出くわしてしまった。
ゼナリアだ。
ツムギに色目を使うゼナリアに腹が立ちつつも、見つかると絶対に絡まれる、そう思ってツムギの腕を引くが、ゼナリアに見つかってしまった。
あいつは暴力的で、自分の思い通りにならないと直ぐに人を罵ってくる。
おまけに色欲魔神だ。
というか、一緒にいる男は誰だ?
また不倫か?
と、言いたいのだが、酷く罵倒されてひどい目に遭った過去の記憶が思い起こされて言葉にならない。
ゼナリアが相変わらずべらべらとを言っているが、馬鹿なのだろうか。誰がこんなやつとしたいと思うのか。ゼナリアとするくらいなら、一生しなくても良い。
思わず体を震わせると、それに気づいたのかツムギが俺の前に立つ。
ああ、止めないと。と思うのだが、俺が何かをいう前に、ツムギはゼナリアとやりあっていた。
「……不倫はゲスです。あと、性病うつされたくないんで」
場が凍りつく。ゼナリアが怒りに震えている。
しかしゼナリアより先に一緒にいた男がツムギに殴りかかろうとするので、止める。
ツムギがハッキリと拒否したことで、少しだけ勇気が湧いた。
深呼吸をし、息を吸い込む。
「俺はそもそも、ゼナリアが大嫌いだから絶対絶対イヤだ!」
叫ぶように言うと、ツムギがよく言ったとニッコリ笑ってくれる。
その笑顔を見て、少し落ち着いた。
後は、ツムギのターンだった。ゼナリアの旦那がモレルゾと知って驚いていたが、不倫をネタに二度と近づかないことを約束させた。
と言うか、もう少しこそこそできないのだろうか?
ゼナリアの口ぶりからするに、既に何度か不倫ばれしているっぽいし。
モレルゾも、俺と婚約しかけた女を自分のものにしたかっただけだろうし、仮面夫婦と言われてはいた。だけど、実際のところそういうわけがあったのかもしれない。ま、どうでも良いけど。
家に帰り、ツムギをさっさと寝室に追い立てた筈なのに、気づけばゼナリアのことを話していた。
「ごめんね、変な話に巻き込んで」
謝ると、ツムギが励ますように言う。
「いえ……その、本当に気にしなくていいと思いますよ。
キスがヘタクソとか、はじめてならしょうがないし、上手い下手がわかるゼナリアさんが経験豊富過ぎるんだと思いますよ。
何度も練習、というか経験積めば、すぐ上手くなれますって!」
そう言うツムギに、キスの経験があるのか聞いてみた。
友達同士で、ふざけて面白半分でキスした、そうだ。
友達とキスできるなら、俺とも、できるんじゃないか?
視線がツムギの唇に吸い寄せられる。
ツムギがなにやら慌てて手を振って大袈裟に笑う。
「チュッ、位ですよ! ホントそれだけですよ! 私こそ練習が必要ですね、アハハ!」
練習、ねぇ……。
俺は笑い、ツムギに迫った。
「そうなんだ。ねえ。お互いに、練習が必要だね?」
肩をがっしりと掴む。
ツムギが、戸惑ったように視線をさまよわせた。
「ええ、えーと?」
「しようか……練習」
俺は衝動のままにツムギの唇に自分の唇を触れさせた。
柔らかくて温かい感触、びりびりとそこだけ熱を持つ。
ツムギがぎゅっとつぶっていた目を開き、目が合う。
しばらく視線を絡ませた後、誘うように閉じられた瞳。
それを合図に、もう一度唇を触れ合わせた。
心臓が、頭が爆発しそうに熱い。
熱に浮かされたように、俺は唇を何度も貪った。
ツムギがへなへなと力が抜けて座り込んだ所で我にかえり、ツムギをベッドに連れていって逃げるように部屋を後にした。
次の日はさすがにまともに目を合わせられなかった。
それはツムギも同じだったようで、お互い余り会話もなく俺は一人で厩舎に向かった。
キス、してしまった……。
柔らかくて、甘い感覚……。麻薬のようで、止められなかった。
「よし、いい感じだな!」
「今日は終わろう」
練習を終え、片付けをする。
早く終わらせて、帰りたい。
ふと手を止めたルシアンが俺の顔をまじまじとのぞきこんできた。
「……エーディス、どうした? なんかいいことでもあったか? 妙にご機嫌じゃないか」
「ん? そう?」
「確かに! 何か妙ににやけてるぜ?」
「ツムギがいなくて寂しくないのか?」
「え? もちろん寂しいよ。だから早く帰る」
そう言うと、みんながお互い顔を見合わせ、にんまり訳知り顔で頷いた。
もしかしなくてもわりと俺の気持ちはバレバレなのかもしれない……。いいんだけどさ別に。誰にどう思われても。
家に帰ると、ツムギは夕飯の支度をしてくれていた。
先にシャワーを浴びて、食事にする。
「いただきます」
ツムギに教えてもらった挨拶をして、料理を口にはこぶ。
「美味しい」
魚の煮付けたものはとても美味しかった。最近は、文字を少しずつ読めるようになってきたらしく、料理の本等を見ながらレパートリーが増えてきたように思う。
こういう生活がずっと続けば良いのに。
……でも、ツムギにそれを伝えるわけにはいかない。
きっと困ってしまうだろう。
食後に紅茶を飲みながら、彼の作業を見守る。
作業の進み具合について尋ねると、捗らない、集中できなくて。と返事が返ってくる。
昨日のことが原因だろうか。
また唇に目が行ってしまう。
「えーと、俺のせい、かな?」
「……」
ツムギが困ったように俺を見る。
そっと手に触れると、びくりと身体を震わせた。
俺に触れられるのは、嫌になってしまったのだろうか、どうしよう、謝って許されるものではないかもしれないが、謝罪を口にする。
「謝るなら、しないでください、よ」
しないで、というのは、やっぱりキスのことだろうか。
「……ごめん」
もう一度謝ると、ツムギに睨まれた。小さな声で聞かれる。
「なんで、したんですか……?」
その答えにはこう返答するしかない。
「……君が好きだから」
ふざけてると思われたくなくて、真剣にツムギを見つめる。
ツムギは大きな目を丸くして、ぽかんと俺を見つめていたが、じわじわと顔を赤くして、狼狽したように声を上げた。
「わわ、私を!?」
「そうだよ。……一応、分かりやすく好意を示してたつもりだったんだけど……。
ツムギ、君が好きだよ。だから、その、キス……したかった」
結構あからさまに何くれと理由をつけて触ったり近くにいたり、いくら友人同士でもしないだろうキスしたり。
ツムギは鈍いのか? それとも、男同士だからそんなことあるはずないと思っていたのだろうか。
「同性同士だから、嫌、かな?」
返答を待たずに隣に座り、ツムギの手を取る。
この気持ちを分からせたくなって、うろたえるツムギをゆっくり押し倒した。
本当に嫌なら、思い切り拒否してほしい。
ツムギは動揺してあたふたとはしているが、本気で嫌がっているようには思えなかった。
そのままなにも言わせず口づける。
深く、ツムギの唇から漏れる声も飲み込むほど深く。
はじめは緊張からか固まっていた身体が、少しずつゆるゆるとほどけ、躊躇いながらも口づけに応えてくれるようになった。
全身の感覚が口に集中しているかのように、ツムギの唇に夢中になる。
もっと、もっと欲しい……。
ぼんやりする頭の中でそれだけを思う。
自分の中の情欲が燻り出す。
まずい。
唇を離して、ツムギを見つめる。
潤んだ瞳がまるで誘うようにしばたたく。
吸い寄せられるかのようにまた顔を近づけるが、涙目のツムギにやんわりと身体を押され、正気にかえった。
これ以上は、ほんとにまずいかも。襲ってしまいそう。
「止まらなくなりそうだから、やめとく」
名残惜しくて、頬にキスをして部屋に逃げ帰った。
*********
それからは、隙あらばキスに持ち込んでいたが、怒られてしまった。心臓に持たない、という理由らしい。嫌だからでないならまあ良いか。
集中できないんです!とぷりぷり怒るツムギが可愛くてついにやけてしまう。
ぶうたれるツムギが、恨めしそうに俺を見ながら聞いてきた。
「……エーディスさんは、日中何も手につかなくなったりしないんですか?」
言ってから、顔を赤らめるツムギ。
それって……。
「ツムギは日中、俺のこと考えてくれてるってこと?」
そうなら、すごく、嬉しい。
俺の返答に、隣に座るツムギが頭を抱えてしまった。何かおかしなことでも言ったかな?
頭を抱えながらも、低く返答がくる。
「……そうですよ」
本当に? 俺が隣にいないときでも、その心のなかに自分がいるなんて、嬉しすぎて浮かれてしまう。
身体を寄せて、指を絡める。幸せだ。
ツムギがため息をつきながらも俺に身体を預けてくれる。その挙動だけで舞い上がってしまう。まったく、恋と言うのは恐ろしい。
ツムギが口を尖らせながら、なんでそんなに余裕なのか聞いてくるが、余裕な訳がない。ずっとドキドキして、我を忘れてしまう。
ツムギを抱き寄せて、鼓動の速さを確認してもらった。側にいるだけでこんなにドキドキしていることをわかってもらいたくて。
ツムギの鼓動を聞こうとしたら、ハッとしたツムギに逃げられてしまった。作業が遅れてるというので、手伝えることがないか聞くと、大人しくしててくれ! と懇願されてしまった。
ちょっと悲しい。が、作業が終われば……ね。
というわけでしぶしぶ自重して迎えたリハーサル。なんとか完成させた様子で、寝不足のせいか目が落ち窪んでいる。
しかしその出来映えは素晴らしいものだった。
俺以下、皆口々にツムギを誉めて労う。
彼もホッとした様子で嬉しそうにしていた。これで少しは自信を持ってくれるといいけれど。
その衣装を身に付け、馬装をし、リハーサルに臨む。
ツムギが目を輝かせながら演技を見つめていた。
リハーサルを終え、やってみて感じた細かい調整点を話し合う。
「中盤のここ、半歩くらいずれたほうがいいんじゃないか?」
「あそこの部分、もっとこう、大きく見せた方が見映え的にいいような気がするけど」
「そしたら、もう少し移動のペースアップしないと……」
話した点を実際に試してみて、話し合い決定し、何度か確認して、リハーサルは終了した。
ツムギと喋りながら帰る。
眠いのか、時折あくびを噛み殺していた彼を労って先にお風呂を勧める。
ふらつきながら風呂場に行く背中を見送り、食器を片付ける。
リビングで本を読みながらツムギが上がってくるのを待つが、中々出てこない。
少し心配になり、脱衣所を覗くが、まだ上がっていない。
え、まさか風呂場で寝ちゃって溺れてるとかないよね!?
慌てて風呂場に入る。
ツムギは浴槽に浸かりながら、腕を枕に完全に眠りこけていた。
その時、腕の力が緩んだのかゆっくりうつぶせで沈んでいくので、慌てて引き上げる。
そのまま抱き上げてその軽さに驚くと同時に、衝撃的なものを見てしまった。
え!?
嘘だろ!?
自分と同じ平らな胸板ではなく、明らかに膨らんだ柔らかそうな胸部。
まろやかな曲線を描く腰。そして、男なら付いているものが付いていない。
思わずじろじろと見つめてしまって、バッと視線を剥がす。
顔から火が噴きそうなほど頭が、顔が熱い。
タオルを被せて、魔法で乾かす。
触れていると妙な気を起こしそうで自分が恐ろしい。彼、いや彼女?を浮かせて部屋まで運び、ベッドに押し込み、念のため軽く回復魔法をかける。
部屋を後にして、とにかく落ち着こうと自分も風呂に入るが、浮かんでくるのはあの裸体。
あれは、どうみても女性の身体だったよね?
それとも、異世界の男は皆ああなの? そんなわけあるか!
どうして、男だと偽っていたのか? わからない。
そもそも、男だとも女だとも言っていなかったような……男であることを否定しなかっただけで。
考えても仕方がない。ツムギが起きたら聞いてみるしかないだろう。
ベッドに入るが、悶々として眠れない。
水でも飲もうと起き出して、リビングに行く。
座ってぼけっとしていると、視線を感じる。振り向くとツムギだった。
思わず立ち上がり椅子を倒してしまう。その音に驚いて跳びずさり、まごつきすぎてちょっと恥ずかしい。
ツムギを見ると、さっきの裸体が浮かんでくる。強烈な衝動に突き動かされて自分が自分でなくなりそうだ……。
黙っててごめんなさいと謝るツムギに手を伸ばしかけて慌てて引っ込める。さわったらまずい、本当にこればっかりは!
距離感を保ちつつ、ツムギに色々と尋ねる。
女の子なのは間違いないらしい。あんまり疑ったせいでショックを受けた様子のツムギに慌てて弁解する。
女と思われると不味い状況に追い込まれたことを聞かされて、納得した。確かに、そういう迷信を信じる国があるのは知っている。圧倒的少数だけど。
でも良かった。ツムギが男だと勘違いされなかったら、マルネイトのものにされて、会うことすら叶わなかっただろう。
マルネイトが召喚しなければ、という話もあるけどそれは今となってはタラレバだ。
それにしても、俺のせいで言い出せなかったことについては反省するより他ない。女性だとわかって接していたらこんなに好きになっていたか?と言われると、たぶん好きになったとは思うけれど。
俺のせいなのだから、言えなくてごめんなさいなんて言わなくて良いのに。
ツムギが一歩、近寄ってくる。
思わず後ずさる。我慢がきくようになるまでもう少し心の整理が必要だった。
今も目が合うとあの裸がちらついて、おかしな気を起こしてしまいそう。
ツムギが何かを言いたげな顔をするが、結局なにも言わずに部屋を出ていった。
結局、あまりよく眠れなかった。
目を閉じると裸のツムギが微笑みかけてくる。
夢うつつで手を伸ばし、欲望のままに振る舞いたい衝動に駆られる。
落ち着け、大丈夫。ツムギはツムギだ。
嫌われてもいいのか?
女性ならばなおのこと、結婚どころか婚約もしていないのにそういうことをするわけにはいかない。
彼女をしっかり送り届ける。それが俺の役目。
ただ、それまでの間側にいれればそれでいい。そう決めたはずだ。
次の日はまともに動けなかった。
こんなことは滅多にないことだが、リンガーに促されて今日は休むことにした。
ツムギに引っ張られて帰路につく。
手が触れてることにさえ心臓が跳ね出す。
ツムギが申し訳なさそうに言った。
「私のせいですよね?」
「ち、違うよ」
否定するが、信じてはもらえなかった。当たり前か。
「私が女だからそんなに挙動不審になっちゃったんですよね?」
「き、挙動不審……」
そんなに、おかしな態度だっただろうか。
「私、男だったら良かったですかね……」
ツムギがそんなことを言うので、慌てた。
そんなわけがない。いや、男だったらいいというわけでも、女だからいいというわけでもなくて、ツムギだから好きで心が乱れるのだ。
「ち、違う。俺にとっては、君が男でも女でも構わない。好きになったのは君だから」
「で、でも、昨日のあの時から全然、目を合わせてくれないですし……その、距離を取られてる気がするし、それに……」
「う……」
いや、心が乱れてるのは裸を見たせいなのはもう否定しようがないけど……。
「昨日までは、キス……とかしても、全然平気にしてたじゃないですか。女だから変に意識しちゃうんですか?」
「そ、それは……」
女だから、と言うのは少し違う。これは、きちんと説明しなくては。意識してしまうのは、今もそうだけど裸体がちらついて、劣情を催すからだ。
ただ、私は女だよと伝えられてたらここまでおかしくならなかったような気はする。
俺は首を振り、がしりとツムギの肩を掴む。
じっと目を見つめ、ハッキリと理由を口にした。
「そうだ。意識してしまう。ごめん。嫌だと思うけど、君を見ると、君の裸が頭にちらついて離れない」
「うぐっ……。エーディスさんのムッツリスケベ!」
「ああ、もうなんとでも言ってよ、仕方ないだろ!」
「スケベ! ヘンタイ!! ムッツリ!」
ツムギに罵られるが、もう言ってしまったしどうでもよかった。
「男だから仕方無い。好きな子の裸見て平静でいられるほうがおかしい」
そういうと、ツムギが赤くなってぶつぶつと文句をいう。
「男の身体だったら平静でいられるっていうんですか!」
「……たぶん、自分と同じなら少しは」
「さ、左様でございますか」
まあ、内心を明かせたせいか少し落ち着いてきた気がする。帰るか。
落ち着いたせいか、眠くなってきた。
ふと思い付きで一緒に寝ようか、と言ってみる。
真っ赤になるツムギに拒否されるけど、まあ仕方ないか。さすがに、男と女だし身の危険を感じるのかもしれない。
でも抱き締めたいな……キスも、したい。
それ以上は、する気はない。したい気持ちは狂い死にそうなくらいあるのは間違いないけど。
なにもしないよ、と言うが、そういう男は信用できないらしい。ちょっとショックである。本当なんだけどなぁ。
諦める代わりに、ツムギからキスして欲しい、とねだってみた。
困ったような顔をされるが、そっと抱きついてくる。
ああ……。柔らかい身体を、今まで以上に自覚して、身体の熱が燻り出す。
それを感じ取ったのか、ツムギが離れようとするのを腕の力を込めて押し留めた。
ツムギから、と言ったけど、我慢ができなくてつい自分から唇を重ねてしまう。
久しぶり、といっても2日3日ぶりくらいの甘美な味わいに、理性が跳びそうになるのを抑えながらも夢中になった。
もう何度目かわからなくなってきた頃に、ツムギが半泣きになっていることに気づいた。
嫌なのだろうか? あれだけ応えてくれたのに?
ツムギは俯いていたが、小さく答える。
「嫌な訳、ないです。……でも、私だって、いつまでいられるか、わからないんですよ?」
理解した。心配しているのだ。いつかいなくなる自分のことを。
それの鍵を握っているのは俺自身。
「解ってるよ。君はこの世界の人じゃなくて、帰る場所があるって。俺が君を還したくなくなるんじゃないか心配してるの?
大丈夫。俺が必ず君を還してあげる。約束するよ」
自分でもそう決めている。必ず、還す。
しかしツムギは、顔を歪めた。
「どうして……」
「ん?」
「なんで、居なくなるとわかってる人に好き、なんて言うんですか! あんなにキス、するんですか!
私は、エーディスさんをこんなに好きになりたくなんて、なかった……!」
そう声をあげるツムギの目から、涙が落ちる。
俺は、その頬をそっと撫でた。
ツムギが、俺のことを好きだと言っている。その事に気づいて胸がいっぱいになってしまう。
顔が緩んでしまっていないだろうか。心配になってツムギの細い首筋に顔をうずめ、ささやく。
「ごめん。君が辛いのに、今すごく嬉しくなってる。
初めて好きって言われたから……。好きな人に、好きって言われるのって、凄いね……」
ツムギが震える。涙声で、俺にすがり付いて伝えてくれた。
「好きですよ! 大好きになっちゃったから、だから、辛いんです……。いつか離れるとき、耐えられないかもしれない」
ツムギが泣いているのに、嬉しすぎて変になりそうだった。
確かにいう通り、いつか、離れてしまうけど。それはきっと辛くてたまらないけれど。
「大丈夫だよ。きっと時間が解決してくれる。いつか、また好きになる誰かができて、君は幸せになれるよ」
そうであって欲しい。ただ、それだけを思った。
ツムギが俺を涙目で睨んでくる。
「なんで、そんなこと言えるの!? エーディスさんは、それでいいんですか!? 私が他の誰かと……」
「嫌だよもちろん。……でも、君が幸せなら、それでも良い」
「そんなの……!」
心から、君の幸せを願っている。それを伝えたくて、腕に一層力を込める。
このまま閉じ込めて還さずにいれば、俺がツムギを幸せにしてやろうと思う。でも、それが本当に良いことなのか?
彼女の還りを待つたくさんの人は、向こうの世界でどんな気持ちでいるだろう。
それを彼女が考えないはずがない。自分を必死になって探しているだろう大事な人のことを簡単に忘れられるはずがない。
ツムギはそういう人だ。
ここにいて欲しい、そう言えば、もしかしたら俺を選んでくれるかもしれない。でも、彼女の過去がなかったことになる訳じゃない。忘れられない故郷の人たちを捨てさせて、本当に幸せになれるだろうか?
自分を選べば、ツムギはきっと後悔する。
だけど、その後悔も受け止めるから、どうか俺を選んで、俺を責め立ててくれればいい。そう思う。でも、人を責めることなんて、ツムギにはできない。自分で抱えてしまう。
だから、還す。それを取り上げることはしない。
でも、もう気持ちは止められないから、せめて。
「君が、二度と会えないような遠くにいってしまっても。例えその場所で他の誰かと一緒でも。幸せでいてくれるならそれでも構わない。
……だから、それまでは。今だけはそばにいて欲しい」
「なんで……私が、還っても、居なくなっても良いんですか!?」
「君は、還らないといけない。そうじゃないと、きっと後悔するよ」
「……ずるい、よ。……ばか、ばか!」
ツムギが俺の胸を泣きながら弱々しく叩く。
泣き止んだ頃、そっと声をかけた。
「俺も、本当は気持ちを抑えようかと思ったときもある」
「……」
「でも、君のこと好きになって、触れたくて堪らなくなって。
君が、いつかいなくなるからってなにも言わずにいるなんて耐えられなかった」
ツムギが顔を上げる。涙目の瞳に自分が映っている。その距離に居られるだけで、こんなにも幸せだと伝えたい。
「今こんなに近くにいれるだけで幸せなんだ。……お願い。側にいて?」
ツムギが、小さく、でもしっかりと頷いてくれる。
「いつか還るときまで、ずっと側にいます」
「俺は君を必ず還す。君は、それまで俺の側にいる。……約束だね」
ツムギはなにも言わず、俺にキスをしてくれた。
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