気持ち
ブクマ、評価&感想ありがとうございます!
今度こそ、ダメかも。
意識してしまってエーディスさんの顔をまともに見られない。
気がつくと、形の良い唇とその柔らかい感触を思い出して一人で悶えてしまう。
ひぇー……。
今日は厩舎に行かなくてすんで助かった。
こんな顔で皆に会ったら、何かあったと確実にバレる……。
エーディスさんは既に出かけて、いない。
お互いに気恥ずかしさがあるせいで、今日は会話少なに朝食を済ませ彼は厩舎へ行ってしまった。
なんとか集中しようと手を動かすのだが、ふとした瞬間に記憶が蘇って、その度に手が止まってしまう。
数えてられないくらいキスされて、私が腰砕けになってようやく解放してもらえた。
ふらふら部屋に帰って、死んだように寝て、今に至る。
くそうエーディスさんめ、何してくれてるんだよ……!
つい考え込んでしまう。
さすがに、アレは、弟に対してすることじゃないよね?
練習、とかどう考えても口実だったよね?
エーディスさん、私のこと、好き……ってこと!? でもそういうことだよね!?
いや、好きとは言われたけど、そう言うところが、っていう枕詞はついてたし、人間的に、っていう意味と思ってたけど。
ええ……?
男同士だけど恋愛感情で好きなの?
それとも、実は女だってわかっててやってるの?
わからん。
でも、好きって、恋人になりたいって言われたら、私はなんて返事すれば……?
ここまで来たらもう誤魔化せない。
私はエーディスさんが好きになってしまった。
優しくて頼りがいがあって、って前本人にも言ったけど、そんな人、好きにならないほうが変だよ……。
うう……。
スマホの電源をいれる。 私の過去はもう今は私の頭の中とこの中にしかない。
家族や友達、いろいろな思い出の場所。
エーディスさんを選んだら、もう二度と会えないかもしれない。
もう長いこといるような気になってるけど、まだこちらに来て半年も経っていない。
向こうは今も私を必死で探しているかもしれないのに、私はこっちで恋なんてしてる。
はあ……。
カメラロールの写真をスクロールして見ていく。
馬の写真もたくさん撮ってたな。
友達と撮った変顔写真とかを見てクスリと笑ってしまう。
みんな、元気かな。まあ、元気だよね。
そういえば、スレンピックのリハーサルの日が私が帰れたかもしれない日だったな。
あの時の気持ちのままなら、たぶん、少し悲しいけど、きっと喜んで笑顔で帰っていったと思う。
今、帰れるよと言われたら……。
エーディスさんは、引き留めてくれるだろうか。
引き留められたら、私は残るのだろうか。
考えても、答えは出なかった。
頭を振って、気持ちを切り替える。
これを、完成させねば。
今は目の前のことに取り組むしかない。
それでも、あまり作業は進まなかった……。
*******
「ただいま」
「あ、おかえりなさい……」
エーディスさんが帰ってきた。
シャワーを浴びてくるというので、その間に作業の合間に作った夕食を仕度する。
「……いただきます」
「いただきます」
恒例になった挨拶をしてから食べる習慣。
私の作った庶民感溢れる料理を、上品に口に運び、美味しい、と微笑んでくれる時間。
この先ずっと、こういう日々が続けばいいのに、という気持ちがあることは口が裂けても言えない。
言ってしまったら、あっちの世界を捨てることになってしまいそうで……。
食事を済ませ、エーディスさんが紅茶を淹れてくれる。
彼のいれる紅茶はやっぱり美味しい。
エーディスさんが私をうかがってちらりと視線を寄越す。
私はそれだけで顔が熱くなる。
末期だ……。
「……作業は進んだ?」
「ええと……いまいち」
苦笑いで返すと、エーディスさんがじっと私の目を見つめる。
緑色の瞳から逃れたくなって紅茶を一口飲んだ。
言い訳がましく呟く。
「ちょっと、集中できなくて……」
「えーと、俺のせい、かな?」
「……」
なんと返せば良いものか。困っていると、カップを持つ手にそっと触れられる。ビクッとしてしまい、エーディスさんが眉を下げる。
「……ごめん」
「謝るなら、しないでください、よ」
「……ごめん」
つい恨みがましく言うと、しゅんとするエーディスさん。
私は、じとりとエーディスさんを睨む。
「なんで、したんですか……?」
「……君が好きだから」
エーディスさんは、ストレートに言葉にした。
それでも、ちょっと理解するのに時間を要した。
君が、好き……?
エーディスさんが、私を、好き……?
き、キャー!どうしよう!
好きだって!
「わわ、私を!?」
「そうだよ。……一応、分かりやすく好意を示してたつもりだったんだけど……。
ツムギ、君が好きだよ。だから、その、キス……したかった」
ぶわりと頭に血がのぼる。
たぶん今ゆでダコのようになってる。頭から湯気が出たらどうしよう。
真剣な眼差しでこんなことを言われて、舞い上がらない人はいないでしょ!
しかし、次に言われたことで気持ちがざくりと落とされた。
「同性同士だから、嫌、かな?」
や、やっぱり、
男だと思われてる……!
ここは、カミングアウトのタイミングかな!?
でもそれで、引かれたらどうしよう!
あたふたと言葉を探しているうちに、エーディスさんが隣にやってきた。
甘やかに笑い、彼が近づいてくる。
つい、身を引こうとして、エーディスさんに手のひらを掴まえられる。
あ、恋人繋ぎ……。
気がつくと、私に覆い被さるような体勢に変わっていた。
何をどうしたらこうなったの!?
ヘタレと思っていたエーディスさんの意外な手腕におののきつつも、必死で言葉を探す。
「え、エーディスさん……」
結局、言葉にはできなかった。
物理的に唇が塞がれたから。
「ん、ふ」
は、恥ずかしい……。触れあった場所から燃えるみたいに熱い。
長い口づけから解放され、肩で息をする。
「もう……。本当に、恥ずかしいです」
そう伝えると、エーディスさんが潤んだ目で見つめる。
そっと手で身体を押すと、ゆっくりと離れてくれた。
照れたように彼は笑う。
「……止まらなくなりそうだから、やめとく」
それだけ言って、頬に唇を落とし、パッと離れ立ち上がる。
おやすみ、と言って、足早に部屋を出ていった。
あ、言い忘れた……。
さてまだバレてないけど、どうやってばらそうかな~?




