練習
やっちまいました。やらせちまいました。
とても楽しかったです。
家に帰り、食事にする。
エーディスさんは思うことがあるのかどこかぼんやりしていた。
さっきの女性と、どういう関係だったんだろう。
本当に恋人だったのかな。
キス、したんだよね。
聞きたいけど、なんか聞きづらいな……。
先にシャワーを浴びさせてもらい、頭も乾かしてもらう。
早く寝るんだよ、と言って、エーディスさんもお風呂に行ってしまった。
お陰でいつもより大分早い就寝ができそうだ。
大人しく布団に入るが、なんだか、あれだけ眠かったのに気になって目が冴えている。
知りたいな……。エーディスさんのこと。
ふと喉の乾きを感じてベッドから下りる。
リビングに行くと、エーディスさんも水を飲んでいた。
こちらを見て、首をかしげる。
「あれ?まだ起きてたの」
「寝ますよ、でも喉が乾いちゃって」
言うと、エーディスさんが水を差し出してくれた。
「ありがとうございます。
……エーディスさん、元気だしてくださいね。あんな人にあれこれ言われても気にしちゃダメですよ!」
少しでも元気を出してほしくて、そして内心話が聞きたくてそう言うと、エーディスさんはこくりと頷いて笑う。
「うん。大丈夫。なんか一言言えて少しスッキリした。君のおかげ」
「……恋人、だったんですか?」
「違うよ」
エーディスさんが強く否定する。
「確かに、婚約の話は出てたけど、正式なものじゃなかった。どちらかと言えば下僕のように扱われてたしね」
「げ、下僕ですか……」
「婚約話が出る程度の相手だったし、女性の我が儘を聞くのが男の甲斐性だって周りにも言われてたから、やれ会いたいとか迎えに来いとかあれがほしいとか言われるのが普通だと思ってた。
お金はあったから何か買うのはまだ良かったんだけど、仕事で会えないってなるとかんしゃくを起こされて暴言吐かれたり殴られたり……」
「で、DV女……」
過去を思い返しながらたんたんと語るエーディスさん。
まだ恋人じゃなかったんだよね?例えばフィリーチェ嬢が本当にエーディスさんが好きだったとして、会いに来て、会いたいって言って、会えなくて怒るみたいなことだよね。なかなか、すごい神経のような……。
「我が儘を言われるのが好意だと思ってたから、最初は嬉しかったんだよね。他の人は、何かほしいものがないか聞くと、殿下とお会いしたいって言われるばかりだったし」
それまでは、殿下に知り合うための踏み台になるパターンばかりだったエーディスさんが、はじめて自分を見てくれてると勘違いをした悲しい記憶だった。
「でも罵られて殴られてだんだん辛くなって、婚約するかしないか結構悩んだ。
でも、なにもなかったら婚約してたかもね。だいたいそういうものだから」
私は、気になっていたことを口に出してしまう。
「……キス、したんですよね」
「……そうだね。ゼナリアに迫られて、まあ俺も男だからその気になりはするけど、婚約もしてないのに手を出すわけにはいかないって言ったら、じゃあキス、って。したらしたで、ヘタクソって罵倒されたけど」
「……よくわからない人ですね」
「はは、結局、その後すぐにモレルゾと婚約になってビックリしたけどね。子どももすぐできて、時期が被ってるってガルグール怒ってたし」
「それは……ビックリですね」
エーディスさんは乾いた笑い声をあげて、苦笑した。
「ごめんね、変な話に巻き込んで」
「いえ……その、本当に気にしなくていいと思いますよ。
キスがヘタクソとか、はじめてならしょうがないし、上手い下手がわかるゼナリアさんが経験豊富過ぎるんだと思いますよ。
何度も練習、というか経験積めば、すぐ上手くなれますって!」
ヘタクソといわれたことでキスがトラウマみたいなので、励ますように言う。
ファーストキスから上手だったら逆に何者?って感じだよね。全く、ゼナリアさんは変な人だ。
私の言葉に、エーディスさんも表情を和らげる。
「はは、確かにね。ありがとう。
……ねえ、ツムギはキスしたこと、ある?」
「え? ……えーと、友達とふざけてしたことくらい、ですかねえ……」
「友達と……」
「まあ、だいたいやりますよね? 面白半分で」
「面白半分……」
エーディスさんが私をじっと見つめる。な、なんか、怖いよ? 顔が!
みんなやるよね? 子どもの頃、チューしようとか言ってさ! しかも、女の子とだよ?
「チュッ、位ですよ! ホントそれだけですよ! 私こそ練習が必要ですね、アハハ!」
大袈裟に笑って見せるが、あれ? エーディスさんが微笑みながら近づいてくる。
「そうなんだ。ねえ。お互いに、練習が必要だね?」
ガシッと肩を掴まれる。
え? え? 練習?
「ええ、えーと?」
「しようか……練習」
顔が!近づいてくる!
思わずぎゅっと目をつぶる。
ふっと、吐息がかかる。
最初は、そっと、触れるだけだった。
目をそっと開けると、エーディスさんの顔のドアップ。
至近距離で視線が絡み合う。
「……」
なにも言わず目を閉じると、口づけが降ってくる。
さっきより少しだけ長く。
唇の熱を感じる。
いつの間にか肩を掴んでいた手が頬を包んでいた。
今度は、少し長く。
彼の唇が食むように私の唇を覆い、ペロリと舐められて思わずふるりと震えた。
き、キスが下手?
まじで言ってんの?
逃げ腰になる私の体はいつの間にか腰抱きにされ、手は後頭部へ。
せめてもの抵抗にエーディスさんの胸に手を当てて突っ張るが、腰の腕が強まるだけだった。
「練習、足りないよ……」
「そんな、んん……」
何度も何度も角度を変えて口付けられ、もうなにも考えられない。
身体中が熱くて、ふわふわする。ひたすらエーディスさんの唇の熱を受け入れるしかなかった。
やりすぎですね、エーディスさん。
拗らせてるので許してあげてください。




