嫌がらせ
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結論から言えば、エーディスさんの忠告は当たった。
と言っても、未遂で終わったのだけど。
餌やりの時間に、なにやら騒いでいたので見に行くと、モレルゾチームの騎士が半泣きで弁明していたのだった。
「お、俺はなにも知らなかったんです! 信じてください!」
「あー、わかったから泣くな、結局なにもなっちゃいないんだから落ち着け」
ルシアンさんが宥めている。
一緒にいたリンガーさんが餌桶を手に珍しく険しい顔をしている。
「どうしたんですか?」
「ああ、ツムギ。今飼付けしようとしたらな、餌に薬が混じってた」
「え!? 薬!?」
「しかも違法薬物だ」
「おれ、知らなくて!準備できてたから飼付けやっちゃおうと思っただけで!」
「わかったわかった」
半泣きの騎士が懸命に釈明する中、チームのみんなも集まってきた。
リンガーさんがざっと経緯を説明してくれた。
この騎士が餌やりをやろうとしたところにリンガーさんが通りがかり、自分達のチームの分くらいやるぜ、と言って餌の入った桶を受け取った。しかし違和感を感じて調べると、薬物の反応が見つかったとのことだ。
リンガーさんはスレンピックの実行委員会に所属したことがあるらしく、その時に薬物検査の魔法を取得したようだ。
「この薬物は50年くらい前に産み出されて、その後の内乱時代に頻繁に使われたものだ。それよりはだいぶ改良されてるがな。
摂取すると、魔力暴走を引き起こして興奮状態、制御不能になり暴れまわる。多量に摂取すると、昏睡し死ぬ場合もある。
この量なら、大したことにならなかっただろうが、馬房の中で暴れたりすりゃ怪我は間違いないし、知らずに誰か近くにいれば巻き添え食らうだろうな」
「そ、そんな薬がなぜ……」
「わからない。だが、その辺で買えるシロモノじゃあねぇことは確かだ」
「うう、本当に知らなかったんです……」
「お前を犯人扱いするつもりはないし、犯人探しをするつもりもない。だが、お互い疑ったり疑われたりは嫌だろう。スレンピックが終わるまで、飼付けや清掃などはお互いのチームの馬はそれぞれで担当するべきだろうな」
「うう、すみません」
「他のやつらにもそう伝えてくれ」
「わかりました……」
騎士が力ない足取りでよろよろと出ていった。
静まり返るなか、ルシアンさんが呟く。
「まさか、薬が出てくるとは……」
「相当になりふり構う気がないようだな。やっこさんは」
「さすがに驚いたぜ……」
リンガーさんがみんなをぐるりと見回す。
「よし、今後はより注意が必要だ。餌は必ず自分達で準備しよう。その時に簡単なチェックをしてもらう。やり方は俺が教える。調べて、違和感があったら俺か、エーディスに言え。
そしたら精査する。問題なければ与えて構わない。
……ツムギは、誰かにやってもらえよ」
「はは……はい」
はあ、こう言うときに役に立てないもんなぁ……。
ルシアンさんが私の肩に手を置いて笑って頷いて見せる。
「お前は衣装やらなんやら準備が忙しいだろう。たまには俺らにも仕事させてくれよ?」
「そうだぞ、俺らにはできないからな。適材適所ってやつだぜ」
「ルシアンさん、クリオロさんも、ありがとうございます」
優しいみんなに助けられて本当にありがたい。
「他に、なにか気になったことはないか? 何かしらやられてるかもしれん」
「……そういえば、少し前に馬房の中で釘を見ました。特に抜けてそうな箇所はなかったので、そのまま回収はしたんですけど、思えば怪しいような……」
アラグさんが首をかしげながら伝える。
あ、そういえば……
「今日、掃除してるとき釘引っこ抜きました。なんか、抜けそうだったのか飛び出ていたので……でも、考えてみたら何を打ち付けてた釘だったのか……?」
「そういえば、今日第三馬場の柵が折れたな」
「あ……なんか、廊下がずいぶん滑りやすくなってたんです。誰か油でもこぼしたかと思って掃除したんですけど」
「けっこう、出てきたな……」
「だいたいはちっさい嫌がらせっぽいな」
「よし、一回全部点検するか」
そうして、手分けして見回ることになり。
「これ、明らかに人為的ですよね……」
「こんなところになぜこれが……」
「危ないな、これは……」
出るわ出るわ。気づかなかった細かい嫌がらせ。
「こりゃ、まずいな……」
「もう少し守備を強化しないと」
「エスカレートしたら直接馬体を狙われかねない」
「……ゆ、許せない……!!」
私は怒りに燃えていた。
「ツムギ、落ち着け」
「落ち着いてられますかこれが……! 人に対して嫌がらせするのは、クズだと思いますけどまだわかりますよ? でも、馬に対して嫌がらせするなんて、しかも怪我してもおかしくない、あり得ないです! 最低です!」
本当に許せない。人同士の問題に馬を巻き込むなんて。
それに気づけなかった自分にも腹が立つ。
絶対に守らないと。
「そうだね、あり得ない」
気がついたらエーディスさんが傍らに立っていた。
大体の経緯は把握しているようで、硬い声でリンガーさんに宣言した。
「リンガー。今日からシオン以外の6頭分、防壁を張る」
「大丈夫か?」
「うん。と言っても、本気で破りに来るとしたら抑止力にしかならないかも」
「上等だ。あとは俺たちで補強する」
「俺らもできます!やります!」
「わかった。頼む」
エーディスさんが私にちらりと視線を寄越して頷いてくれる。
このメンバーでしっかり対処すれば、きっと大丈夫だ。
私は私のできることをやろう。
エーディスさんはそれから練習もそこそこに防壁の構築に奔走していた。
いわく、魔法は瞬発力よりも下準備が大切だそうだ。
しっかりと術式を組み上げて魔法構築すれば、少ない魔力でも大きな効果を発揮できるとのこと。
私には縁のない話……ぐすん。
エーディスさんは理系なのかも。あっちの世界にいたら、プログラミングとかやってそう。
等と思いつつも、私は私でみんなが練習する横で手芸に勤しんでいた。
みんなの衣装の仕上げと、馬具につける装飾品、他、演技で使う小道具等々。
それをチクチク作業の合間に作っているのである。
まだまだ先は長い。
スレンピック開催期間の一週間前には、実戦さながらのリハーサルをする予定だ。それに間に合うように急がなくてはならない。
一頭一頭サイズ感が少し違っているので、体にあててみては微調整、の繰り返しだ。
それができたら、あとは家でもできる。
その日帰ったのは、いつもよりずいぶん遅い時間だった。
「ツムギ、まだやってるの?」
言いながら、ソファ越しに座っている私の首に背後から腕をまわしてくるエーディスさん。
びくりとしてしまうが、すぐ横にある顔を意識しないよう平静を装う。
「あー、気にしないでください。これだけやったら休みます」
「そう?あんまり根を詰めすぎないようにね」
「はい。……ッツ!」
動揺が手元に出てしまったのか、針で指を刺してしまった。
ぷくりと血が出てくる。
ひゃー、垂らす前に拭き取らないと……。
キョロキョロと、拭くものを探すが、手を掴まれて温かく湿った感触。
!?
「ほら、血が止まった」
「え、エーディスさん! 平気ですからぁ……」
血の滲む指先をペロリと舐めとられ、確かに血は止まったけれども。
ドクドクドク……心臓の音がうるさすぎる。
「おやすみ、早く寝るんだよ」
エーディスさんはにっこり笑って部屋に戻っていった。
指をもう一回刺すはめになった……。
飼付けは、餌やりのことです。
本当にあり得ない話ですが、いるんですよね、人に嫌がらせしたくて動物に何かしようとする……世の中にはそんな恐ろしい人種が……。




