舞踏会2
ブクマ、評価ありがとうございます。
「まさか、本当に誤解されるとは……」
「だから言ったのに」
「むー、でもエーディスさんだってつけてくれたし、何も言わなかったじゃないですか~」
自業自得なのだけれどぶぅぶぅ文句を言ってしまう。
酒のせいだよ、酒の。
さっきの母娘はエーディスさんの叔母さんと、いとこ。
あんまり良い親戚には思えないが、それはエーディスさんも同意らしく、ため息をつきながら説明してくれる。
叔母さんはエーディスさんのお母様とはあんまり仲が良くないようだ。叔母さんが末っ子で極めて甘やかされてワガママ放題だったらしく、長姉のお母様はかなり手を焼かされたらしい。
気にくわないことがあるとすぐあなたはこうしろ、それが良いと考えを押し付けてくるので、エーディスさん一家は領地からあまりでないことも相まってほとんど交流がなかった。
しかし彼は王都が活動拠点なので、会いたくなくても会ってしまうときがある。今夜みたいに。
「娘も娘で、会えばいつも自慢話か、誰かの悪口かしか言わないからあんまり関わらないようにしてたんだけどね……」
物心つく前はもう少し可愛いげがあったんだけど、と肩をすくめる。
「た、大変ですね……」
「何か他に変なこと言われなかった?」
「いえ、関係を誤解されたのと従者を辞めろって言われたくらいです」
「そう……ごめんね」
「あ、謝らないでくださいよ。
……私のために怒ってくれてありがとうございます」
エーディスさんだって親戚にあんなにキツく言いたくはなかったと思う。何をどれくらいヒドイ感じに言われてたのかはわからないけど、私のことを悪く言われて怒ってくれたのは素直に嬉しい。
エーディスさんはやんわり首を振りながらも、微笑んでくれた。
「誤解されたのは、私がブローチつけてたのも原因ですし、エーディスさんのせいじゃないですよ……」
「つけておけば? 誤解されても良いじゃない」
「へ?」
「じょーだんじょーだん」
笑いながら私の肩を叩き、歩き出す。
ビックリした……。さすがに本気で誤解されるのはまずいよ。将来エーディスさんが好きになるひとがあの叔母さんみたいな人だとそれだけで失恋しちゃうじゃん?
将来……か。
「ツムギ?」
黙った私を心配してか、振り返ったエーディスさんが首をかしげ顔をのぞきこんでくる。私は曖昧に笑って誤魔化した。
「あ、あっちにリンガーさんたちいますよ!行きましょう!」
私はエーディスさんを引っ張り集まっていたみんなのもとへ向かった。
「お、エーディス。飲んでる?」
ルシアンさん、クリオロさんもいて、カシーナさんとアラグさんもいる。
ペルーシュさんは……とキョロキョロ見回すと、ホールでフィリーチェ嬢とそれはそれは楽しそうに踊っていた。
「よー、聞いたぜ?スレンピックの結果にあのふたりの婚約がかかってるんだろ?」
クリオロさんが私の視線の先を見て言い出す。
カシーナさんとアラグさんが顔を見合わせ、
「た、大変よね」
「が、頑張らないとね」
と口々に言う。
私は、小さくなりつつも手を上げる。
「すみません、実はですねぇ……」
かくかくしかじか。と説明する。
「な、お前のところもスレンピックの結果次第では従者やめなきゃいけないって?あらら」
ルシアンさんが苦笑いして励ますように肩を叩いてくれる。
「すみません……」
「……上等じゃないか」
リンガーさんがニヤリと口の端を吊り上げる。
「ただやるだけじゃ面白くないもんな。結果次第でこれだけ最高なおまけがついてくるんだ、思う存分にやってやろうじゃないか!」
リンガーさんの言葉に、みんながやる気を漲らせる。
「「「おう!!!」」」
そんなこんなで盛り上がる我がチーム。
決起集会みたいなもんだ、の意味がなんとなくわかってきた。
最初は大人しく優雅にパーティーを楽しんでいた招待客たちは、いつの間にかそこかしこで選手を持ち上げて応援団ができているし、裏方で働くのであろうみなさんが集まり、一致団結!とグラスを掲げている。
普段こういったパーティーで主役を張っている貴族たちはそういった面々に紛れたりして目立たない。
スレンピックに関係のない貴族たちは来ていないか、早々に帰ってしまったのかもしれない。
あっちでモレルゾと取り巻きたちが騒いでいるのも見える。
しかしうちのチームのライバル、モレルゾ選出の団体演技チームはそこにはいないようだ。
分離してしまったのだろうか。
と、思っていたら後ろから来た誰かに肩を組まれる。
「冷た!」
「よ、飲んでるか?」
グラスをほっぺたに押し付けられて思わず声をあげる。
横を見ると、モレルゾチームのリーダー格の騎士だ。
名前はジープスさん。
あの、騎士の矜持事件以来、なんとなく仲良くなっている。作業を手伝ってくれるようになってほんとうにありがたい。
しかしまあ、酔っ払っているせいか、言動がいつもよりヒドイ。
「ジープスさんか。びっくりさせないでくださいよ!」
「おし、じゃあ飲みたまえ!」
「アルハラ! おもい!」
「ん?あるはら?」
ぐいぐい押し付けられるグラスをとりあえず受けとるが、肩は組まれたままである。近いし重いからもう少し離れてほしい……。
アルコールハラスメント、アルハラはさすがに通じなかった。
「ジープス、ツムギが潰れるから離れて」
「あー、承知しょーち。」
エーディスさんに言われたジープスさんがゆっくりと離れる。
大柄だから重いんだよ、本当に。お酒ではなくて物理的に潰れるから。ああ肩がこる。
てかエーディスさんも前もっと長いこと体重かけてきてたよね。
まあ良いんだけどさぁ。
「ツムギ殿はほそっこいなぁ。肉もっと食わないとダメだぞ!」
そう言いながら肩から背中をベシベシ叩かれるので、エーディスさんの影に隠れた。
「痛いでーす!」
「もっと鍛えないとダメだぞ!」
「もう、ジープス何しに来たの」
「親交を深めに来たに決まってるだろう!さあ、飲むがいい!」
持たされたグラスを口をつけようか、でもお酒はさっきの一杯でやめようと思っていたので躊躇していると、エーディスさんが私の手から奪って飲み干してしまった。
「あ、エーディスさん……」
「……良い飲みっぷりだったぞ! エーディス殿!」
ジープスさんが満足げに頷き、そこら辺においてあったグラスを掲げ、本人もぐびぐびと飲み干した。
「では、俺は戻る! さらばだ!」
嵐のように帰ってしまった。なんだったんだ。
私はエーディスさんが心配になってきた。
一気に飲んだからまた酔っぱらうかもしれない。
「そろそろ、帰ります~?」
「そうだね」
顔色はまだ少し赤いくらいで、ふらつきなし、話し方もまだ普通。
今は大丈夫そうだな。
他のみんなに挨拶をして、会場を出る。
王宮開催なので、家が近いのはとてもありがたい。
エーディスさんを気にしつつも家に帰る。
何か考え込んでいた気がしたが、家につくと軽やかなステップで靴を脱ぐ。気のせいか。
にっこり笑って私に声をかけてくる。
「シャワー浴びてくるー」
「だ、大丈夫です?」
「え? 大丈夫だよ。君こそお酒飲んじゃったけど大丈夫?」
「意外と平気でした! へへへ、酒乱ではありませんね私は!」
ちょっとまだ頭がふわふわするけど、たぶんこれはほろ酔いいい気分って感じだ。
ピースサインをして見せると、ケラケラ笑いながらお風呂場へ行ってしまった。
あれ、笑いどころだったか? 今。
エーディスさんと交代でシャワーを浴びる。
上がると、ソファでうとうとしているエーディスさん。
ゆっさゆっさと揺さぶる。
「おきてください」
「あー、うん、おきてるよ」
言いながら、私を床に座らせて髪を乾かしてくれる。
最近乾かしてくれるようになった。最初は遠慮したけどさ、だって、早いんだもん!
ドライヤーの魔法具もそこそこ早いけど、エーディスさんにやってもらえばはい、もう終わってます! いえーい!
「わーい、ありがとうございます」
「どういたしまして、じゃ、寝よっかぁ」
「はーい、おやすみなさーい……?」
気づいたらぽすんとベッドの上。
おや、エーディスお兄さんってばベッドまではこんでくれるなんて、甘やかされ過ぎてるなぁ私ってば……。しかし抵抗はしませんよ……ふふふ。
と、思っていたら。
「およ?」
「ん? おやすみー……」
ん? なんで?
「エーディス、さん?」
「すぅ」
がっちりホールド!ここは動けません。
もやがかかっていた頭の中が急速にクリアになる。
ここ、私の部屋じゃない。
ここ、私のベッドじゃない。
ここはエーディスさんの部屋のエーディスさんのベッドだよ!
しかも私、めっちゃ抱き枕状態だよ!
エーディスさんの引き締まった胸筋……げふん。胸元が視界いっぱいに広がってるよ!
待って待って、なんで一緒に寝てるの?
パニくって抜け出そうとするが、全く動けない。
ますますぎゅうぎゅうと締め付けられてる気がするんですけど!
頭の上からは規則的な寝息が聞こえてくる。
心臓の音が聞こえてくる。お酒のせいなのか早く感じる。でも自分の心臓の音の方がずっと早い。
こんなに異性と密着して寝たことなんかないよ!
これは、あれか? 添い寝フレンド的な?
いやいや、エーディスさん的には弟と一緒に寝てるくらいの感覚なんだろう。
私だってお姉ちゃんちに泊まりに行くときは同じベッドで寝たりするもんね……。
こんな抱き枕にされたことはないけどさ!
意識すると、たまにもぞりと動く腕とか、頭の上にかかる寝息とか、呼吸で上下する胸元とか、腰の辺りにわずかに触れてる手とか、私の脚にエーディスさんの脚が触れたりするのとか、とにかく色々なことで頭の中がいっぱいになる。
心臓が爆発寸前だ。
このままでは、心臓が持たない。
何度か出れないかためしてみたけど、こりゃ、無理だ。
私は、諦めた。
開き直る。
きっと、私は前世で相当に徳を積んだのだ。
だから、こんな美形イケメンに抱き締められて眠るなんてあり得ないイベントが起こったのだ。
今夜は、せっかくの機会だからこの幸運を堪能しよう。
ありがとう私の前世。
……ぐう。
この間、リアルで過去の自慢話と誰かの悪口と言うか批判的なことばかりベラベラしゃべってる人に会いました。
もう50越えてるおじさんでした。
聞いてもいないことを延々話しかけてくるのでうざいことこの上ありませんでした……。




