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舞踏会1

申し訳ございません。不快と思われる表現があります。

私は特に偏見を持っているわけではなく、お互いが思いやれる関係ならなんでも良いと思ってますので悪しからず。

 さあ、スレンピックに個人的都合が追加されていく中、舞踏会は始まった。

 エーディスさんはフィリーチェ嬢に声をかけて殿下の護衛に向かう。

 おめでとうございます、というと、ペルーシュさんともども真っ赤になって、でも幸せそうに頷いた。


 今回はエーディスさんの仕事にくっついて、殿下を見守ることになった。

 エーディスさんにとっては私も護衛対象なので、近くにいる方が都合がいいらしい。

 上座で皆が挨拶に来るのを待っている殿下に張り付いていればいいだけなので、特に大変な仕事ではない。

 いや、側に控えておかしなやつがいないか見張っているので、エーディスさん的には気が張りつめているんだろうけどね?

 私はさらにその側でのんびり人間観察してるだけだからさ……。


 ひっきりなしに殿下のもとへ色々な人たちがやって来る。

 陛下の全体に向けた挨拶が終わってからずっとこの調子だ。

 私はもう目まぐるしいこの状況を捌きまくってる殿下に畏敬の念すら覚えている。

 すごいよ……全員の顔と名前と階級と何してるのか把握しているのかい?流石だなぁ……。


 殿下にはお付きの人がエーディスさん以外にもたくさんいて、その人たちが飲み物を交換したりとかさりげなく長話しようとしてるひとに圧力かけたりとか、忙しく働いている。

 私もこういうことできるようにならないとダメなのかなぁ……。

 うーん、無理かも……。



 時間の感覚があやふやになるが、体感で二、三時間は経っただろうか。

 人間観察に夢中になりすぎてもうわからない。


 お付きの人が列を切った。

 おお、テーマパークとかイベントのスタッフみたい。

 切られた人たちは残念そうではあるが、めいめい散っていく。

 なにかあるのかな?


 殿下がゆっくりと、少し離れた場所にいるキイナ様のもとへ。

 殿下と二人でいるときはにこやかなキイナ様は、公衆の面前だからか勝ち気な表情をして差し出された手を取る。


 おっと、エーディスさんにつつかれた。移動かな。


 殿下とキイナ様はピリピリした空気を醸しつつも、(徹底してるなぁ……)ダンスホールへ。ホールにいた男女が場所を空けるためサーッと離れていく。


 そして、演奏団が新しい曲を奏でだし、ふたりはくるくると踊り出した。

 キラキラとエフェクトをかけたいくらいの眩しさだ。

 周りの人々も見とれている。

 エーディスさんによると、今年成人を迎えたばかりなので殿下とこういう場で踊るのは初めてらしい。

 今はただただ、楽しそうに笑うキイナ様と、それを柔らかく見つめる殿下。

 素敵な兄妹である。



 ここで、エーディスさんの仕事は一旦終わりである。

 一旦、というのは魔法での遠隔の防壁は殿下が私室に戻るまでかけっぱなしだからであって、仕事として付き従うのは終わり。

 あとの護衛は他の騎士の仕事である。


「お疲れ様です、エーディスさん」

「うん」


 なぜだか含み笑いをして私の頭をかき回すエーディスさん。

 訝しげな顔をすると、クスクス笑って言う。


「いや、なんか見てて面白かったからさ。感心したり驚いたり」

「え? 殿下の護衛してたんじゃないんですか」

「してたよ、もちろん」


 笑いながら私の手を取り、歩き出す。


「お腹すいただろう? 食べに行こう」



 食事は、ビュッフェ形式で、エーディスさんがおすすめをどんどこ皿に盛ってくれる。いや、それ私の仕事じゃ……。


 食事を邪魔されないように、端っこのほうで二人で食べる。

 うんま! ヤバい王宮すご。

 美味しくてニマニマしてたら、エーディスさんにくすりとまた笑われた。

 いやいや、庶民には味わえないこの味! 堪能させてもらいます!


 あらかたお腹を満たしたあとは飲み物を取りに行く。さすがにここは私が動こう、と給仕さんに炭酸っぽいグラスを2つもらう。


 エーディスさんに差し出すと、優雅にごくごく飲んだ。

 私も喉が乾いていたので、普通にごくごく……


「ブッ! げほ、これ?」

「あれ?気づいてなかった?これお酒だよ」


 お酒は二十歳になってからぁぁあ……


「良いじゃない、この一杯位。ゆっくり飲めば」


 エーディスさんが立ち上がり、水を頼みにいった。

 しかし、飲みかけを捨てるのもな、たぶんいい値段のする良いお酒なんだろうし……

 エーディスさんの言う通り、この一杯くらいチビチビ飲み進めることにして、喉の乾きは水で潤した。


 そうだ、あれ頼まないと……。

 ここのところお互いバタバタしていたので忘れていたことをこの機会に頼んでみた。


「エーディスさん、魔力ほしいです!」

「! げほ、急に何を言い出すかと思ったら……だめ」


 驚いてむせたエーディスさんの答えはノー。


「えええ? なんでですか?」

「あのねぇ、そういうことは俺以外にも言わない方がいいよ?」

「? なんか理由があるんですか?」


 聞くと、エーディスさんは目をそらす。

 何かはあるらしいけど教えたくはないらしい。

 なんか赤くなってるけど、お酒のせいなのかその理由のせいなのか判断つかないな。


「教えてくださいよ~」

「……魔力の譲渡は結婚の時にするものだから、絶対他の人には言わないように」


 へえ、そういう儀式でもあるのかな? そんなに言い渋ることでもなかった気もするけど。

 とりあえず、あんまり言わない方が良いことらしい。


 今までみたいに魔法をかけてもらえば良いとも思ったのだが、魔法をかけて、それが余るということ自体あまりないことらしい。私に魔力がないから、かけるときの加減がわかりづらいみたい。

 私はどうも魔法がかなり効きやすいみたいだし。

 そもそも何もないのに魔法をかけるのはあまりよくないと言われている。

 うーん残念。スマホの充電ができなくなったから欲しかったんだけどな……。


 ダンスをする男女を見ながら、エーディスさんに尋ねる。


「エーディスさん、踊らないんですか?」

「いいよ、別に……」

「うーん、見たかったんですけどね、踊ってるところ……あ! あれ、カシーナさんたちですよ!」


 ダンスホールに見覚えのある二人。カシーナさんとアラグさんが激しく踊っている。すごーい!

 ぐるぐると回転しながら縦横無尽に人を避け、まわっていく。

 カシーナさんの赤い髪と、ワインレッドのドレスがふわふわと舞う。騎士同士、運動能力が際立つなぁ。素敵。


 カシーナさんたちに目を奪われている間に、誰かが近くにやって来たようだ。


「エーディス、久しぶりね」

「……モラータ叔母様。ご無沙汰しています」

「エーディスお兄様! ニーナと踊ってくださいませ!」


 30代半ばくらいの女性が、後ろに15、6歳くらいの女の子を連れてやって来た。

 エーディスさんは声をかけるなり抱きついてきた女の子をやんわり引き剥がす。


 女の子がエーディスさんをお兄様呼びしている。

 エーディスさんは末っ子と言ってたから、本当の妹というわけではなさそう。たぶん親戚なんだろう。翻訳魔法だとそういうニュアンスもわかって便利だよね。

 母娘は私にちらりと視線を寄越すが、特に何も言わずにエーディスさんに話しかける。


「あなた、舞踏会なのに踊らないつもり? うちのニーナと踊ってきなさい」

「……わかりました。行きましょうか、ニーナ嬢」


 ニーナ嬢は満面の笑みでエーディスさんの手を取る。

 エーディスさんはこちらを心配そうに見ていたが、ニーナ嬢にせかされてホールへ連行されてしまった。


 残った女性、モラータさんが私をぶしつけにじろじろ見る。

 なんだろう。嫌な雰囲気だ。

 彼女が口を開く。


「あなた、エーディスの恋人なの?」

「ぐえっ! ち、違いますよ」


 私の返答に、目を細めて嘲るように言う。


「そう? ならその襟のブローチはなに? エーディスの瞳の色を身に付けるなんて関係があるって言っているようなものじゃない。ああ、気持ち悪い」


 大袈裟に震えてみせるモラータさん。

 まさか、こんな小さなブローチが本当に誤解を呼ぶとは……こういう機会だしせっかくだから付けようとしたのが間違いだったのか。

 エーディスさんも付けてくれてるし、はたからみたらそういう関係を公言してることになるのかな?

 私はあわててブローチを外してポケットに突っ込んだ。


「これは、他に装飾品がなかったもので……すみません。この国に来てまだ日が浅く、その辺りの常識に疎いもので」

「フン」


 我ながら苦しい言い訳である。


「あなた、噂になっているわよ。従者だっていうのに主人の恥になるなんてどういうことなの?

 全く、男同士だなんておぞましいし、子どもも望めないんだから生産性がないわ」


 私に向かってぶつぶつと言うものの、返答を求めているわけではないらしく、私はただ謝るしかなかった。


「おお、いやだいやだ。エーディスも、さっさとうちの娘と婚約すれば良いのよ。そしたらあなたなんかさっさと切るんだけどねぇ~」

「……」

「従者が男だって聞いて安心してたけど、そっちの趣味がある男だったなんて、おお、いやだ」

「いや、だから違いますって……」


 好きになったら男だろうと女だろうとどっちでも良いって思うし、他人のことをとやかくいうのはお門違いだと思う。

 ほんとは女ですって言ったらこの人、どんな反応するんだろう。

 自分の娘と婚約させたいなら、娘に頑張ってもらえば良いのに。私にぶつぶつ言うんじゃなくてさあ……


 ああ、なんかお酒のせいかふわふわして気が大きくなってる気がする。

 これ以上なんか言われたら言い返してしまいそうだけどがまん、がまん。エーディスさんのためにがまん!


「女ならまだしも、男だなんて気持ち悪いわ……」


 何度も同じこと繰り返すなよ……。

 エーディスさんの方を見ると、いた。密着して踊ってる。

 ニーナ嬢が何か話しているらしい。頬を膨らませたりにっこり笑ったりと忙しい。エーディスさんの表情はうかがえない。

 聞いてるの!と怒られて慌ててモラータさんに向き直る。


「あなた、従者辞めなさい。そうしなさい」

「は……?」


 何をトチ狂ったか、そんなことを言い出すモラータさん。

 どうしても気にくわないらしい。


「どうせエーディスが婚約するようになったら変な噂の立った従者なんて捨てられるんだから、今から違う仕事探したら良いじゃない」

「……」

「さ、そうしなさい。その方が良いわ」

「ですが……」


「……ツムギが俺についてるのは、殿下の意向です」

「エーディスさん!」

「お兄様! 待って!」


 スッと私の前に割り込みモラータさんにそう声をかけてくれたエーディスさん。もう急に現れることにそれほど驚かない自分が怖いよ。

 ニーナ嬢が、慌てて追ってくる。放ったらかしちゃだめでしょ、もう……。


「殿下の意向……?」

「ええ。ですから俺の一存でツムギを辞めさせることはできません。それに、俺は辞めてほしいとも思ってませんし」

「……」


 憎々しげに黙るモラータさん。私を睨み付ける。ええ……だから違うんだって言ってるのに……。

 その間に走り寄って来たニーナ嬢がエーディスさんの腕を抱き締める。


「もう、置いていかないで下さいませ!」


 谷間をこちらに見せつけつつグイグイ迫るニーナ嬢。


「お兄様前に言ってくれたじゃないですか! わたくしが成人したら婚約考えてくださるって!

 ねえエーディスお兄様、ニーナと結婚しましょ?」


 甘えた声を出し、上目遣いで、エーディスさんを見上げるニーナ嬢。

 腕は谷間でガッチリホールドである。けしからん……。

 さて、エーディスさんはどうするのか。


 しかし彼は、すごく冷めた顔をしていた。

 腕をスッとほどき、ニーナ嬢を冷たく見下ろす。

 その表情に、さすがのニーナ嬢も怯んで一歩下がった。

 あれ、なんかすごく怒ってるように見える。


「お、お兄様?」

「俺が自分の従者を馬鹿にして悪口ばかり言うような人と結婚すると本気で思ってるの?」


 あ、ダンス中、ずっと私の悪口言ってたのね?

 今日初めて会った筈なんだけどなぁ。


「え? だってぇ」

「もしそういう人がいるなら、その人と結婚したら良い。いればの話だけどね。俺は御免だ」

「ええ、お兄様ぁ?」

「ツムギを悪く言うような人と婚約はしないと言ってる」

「そ、そんな、だってそいつ、男の癖にお兄様に色目を使ったんでしょう?お母様が言ってたわ! 気持ち悪いじゃない!」

「そ、そうよ! 大体男同士だなんて認められるわけないでしょう!」

「あなたたちに認められなくても構わない」

「いやいや、そもそもそういった関係ではなくてですね……」

「断じて色目を使ったとかそういうことはない。憶測を言いふらすのはやめてもらえますか」


 私の言葉は華麗にスルーされた。


「ひどおい! ニーナ、お兄様と結婚したくて頑張ってたのにぃ!お兄様のばかぁ!

 ずっと待ってたのに、ニーナ可哀想よ!!」


 ポロポロ泣き出すニーナ嬢。対するエーディスさんは苛立たしげ少し声を荒げた。


「今日会ったばかりの人をあれだけ悪く言っておいてよくそんなことが言えるね? 子どもだからって言って良いことと悪いことの区別もつかないの?」


 モラータさんがとりなすように猫なで声で微笑む。


「エーディス、わたくしはあなたのためを思って……姉も気を揉んでるのよ?」

「母は自分のタイミングで好きな人と一緒になれば良いと言ってくれてます。もう孫も5人居ますし、結婚も焦らなくて良いと」

「う……」

「話はそれだけでしたら、失礼いたします」


 エーディスさんは私の腕を引いて、ふたりに背中を向けた。

舞踏会の受難。

明日はおやすみさせていただきます。

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