帰還の可能性
「つめたーい」
とっても気持ちいい。
エーディスさんに泣き腫らした目を冷やしてもらっている私。
目に当てられた手のひらから冷気が伝わって、これがなんかめちゃんこ気持ちいいのだ。
なんやらかんやらで世話を焼かれている気がする。
これはやっぱり弟扱いしてくれてるからなのか、単に私が妹気質だからなのか……。
お姉ちゃんよりしっかりしてるって、よく言われてたんだけどねこれでも。
にしても、こんなイケメンなお兄ちゃんがいたら毎日自慢しちゃうだろうなぁ。
「エーディスさんって、そういえば、何歳なんですか?」
ふと、前々から気になっていたことを聞いてみる。
見た目は20代前半ってところだけど、割と落ち着いた雰囲気を持ってるからもう少し上なのかも?
「俺?今年で24になるかな。まだ23だけど」
「ほー。私より5歳歳上なんですね」
「ツムギは19だっけ?」
「そうです。こっちに来たてのときはまだ18だったんですけど、いつの間にか誕生日過ぎてましたね」
「え、そうなの?お祝いしてなかった、ごめん」
「別にいいですよ。自分でも忘れてたくらいですからね」
エーディスさんの手がまぶたから離れる。
すごい、目がぱっちり開くわ。
そう思いながら目の開きを確認してくれてたらしいエーディスさんとまじまじと見つめ合ってしまった。
ふ、と笑みをこぼし、エーディスさんが立ち上がる。
「さ、帰ろっか」
帰りに出来合いのものを買って帰り、夕食にする。
「やっぱり心配だから明日は家にいなよ。厩舎にいたらまた仕事押し付けられるかもしれないし」
「う……」
「明日は家のことやってくれてもいいから。むちゃしない程度に」
「わ、いいんですか!?ありがとうございます!
じゃあ無理しない程度にのんびり過ごしてますから。心配しないでください」
笑顔でお礼を言うと、しかたないなぁと言うようにエーディスさんも笑う。
「さっき見た感じ、開きそうな感じはないし。でもやりすぎないようにね?」
「はーい!」
次の日、エーディスさんはシオンと厩舎へ。
私はそれを見送り、まずは洗濯。
今日はいい天気だからよく乾くだろう。
布団干すのもいいかも。
手はあまり動かさないように言いつけを守りながらのんびり家事を済ませていく。
自分の布団を干し終わり、エーディスさんの布団も干そうかなと部屋に向かう。
エーディスさんの部屋、ほとんどまだ入ったことがない。
入るなとは言われてないし、片付けするよとも言ってあるし、ドアを開けっ放しの時があったり別に入られたくない感じはしないから、いいよね?
と、人の部屋に勝手に入る言い訳を脳内で並べつつ、そーっとドアを開ける。
おそらくこの家の一番の魔境。
怪しい魔法具。怪しい石。怪しい紋様の書かれた紙。怪しい液体の入った瓶。怪しげな分厚い本。
本と紙が多いな。
エーディスさんの書き付けと思われる走り書きが書かれた紙がそのへんに落ちている。
何かの研究でもしてたのだろうか?
夜な夜な研究してるから休みの日は昼間で寝てるのかも。
書き付けの内容は私にはまだ読めそうもなかった。
「うーん、走り書きだから全然わからん。……てんい、転移かな?」
かろうじて読めた所はそれくらいだ。
まあ、読めても訳がわからないだろうからとりあえずは手を付けないで、布団布団、っと。
エーディスさんの布団を抱えて部屋を出ようと出口に向かうと、前から声がする。
「おや?もしかしてその塊はツムギさんかな?」
「おや?そのお声は殿下ですか?」
布団を脇におろして挨拶する。
今日も殿下は綺羅綺羅しい!窓から差し込む光が当たってより眩しい!
「お世話になってます!今日はエーディスさんは厩舎に行かれましたよ」
「あ、そうなんだ。ごめんね、邪魔しちゃって」
「いえいえとんでもないです」
殿下が手に持っていた書類をエーディスさんの作業机に置く。
「あいかわらずこの部屋はすごいねぇ。そうそう、玄関からリビングまではすごく片付いてたね。偉い偉い」
「ありがとうございます。まだ、このお部屋はほとんど入ったこともなくて」
「あー。まあ、入れたがらないかもね」
殿下が散らかるいろいろな物に視線を落としながら言う。
「え。もしかして、入ったらまずかったですかね……」
「……ああ、そうか。まだ読めない文字とかあるのかな」
「殿下はこの書き付け読めるんですよね。何について研究してるんでしょうか。結構夜遅くまでなにかしてるみたいなんです」
「あーやっぱり?なんだか精細を欠くというか、いうなれば眠たそうなときがあって。もちろん職務に影響するようなことにはまだなっていないけれど」
「何をしてたんでしょう……」
「うん。君の帰還についてだね、これは」
殿下が書き付けを流し読みしながら言う。
え?私の帰還?
帰れるってこと、なの?
殿下が私の様子を見て、溜め息と苦笑を漏らす。
「その様子では聞いていなかったようだね。私は一応調べてみると報告は受けていたけれど。
どれどれ……この内容によれば、必要なものを揃えて、時期を合わせれば異界への転移は可能みたいだ」
「なにも、聞いてないです。あの時無理だと言われてから、何も……」
「確証がないと言えなかったのだろうね。あいつはそういうやつだから。私は伝えたら?とは言ったけど」
「私、帰れる……?」
思わずつぶやく。
殿下が、私の目をまっすぐに見つめ問う。
「帰れるなら帰りたいよね?ツムギさん」
「も、もちろんです!」
もちろん帰りたい。その気持ちは確かなはずなのに、チクリと胸が痛む。
「それはそうだよね。だけど、あまり夜ふかししてまでやるのは感心しないよね?そう思うでしょツムギさんも」
「え、はい。そうですね。そこまで無理してもらうのも悪いです……」
「だって?エーディス」
「人の部屋でなにやってるの……」
「えええ、エーディスさん!?」
「ガルグール、そう言うの、誘導尋問っていうんだよ」
「一応私、君の主だからね。無理してるのを止めないわけには行かないでしょう」
急に現れたエーディスさんに、殿下は気にする様子もなく話している。
「で、ツムギさんが戻れそうな日取りは割出せてるの?」
「ああ。スレンピックの月の満月。スレンピックの開催日の1週間ほど前だ」
スレンピックの始まる前には帰れるかもしれないんだ。
せっかく色々とアイデア出したりしたから、皆の勇姿が見られないのは少し残念だ。
「準備はどこまでできているの?」
「全然。まだ、何が必要か全て把握できていない。問題の座標軸の割り出しも手が出ない」
そうだよね、あの時エーディスさん言ってた。座標がわからないと飛べないって。
殿下とエーディスさんのやり取りは続く。
「だから夜な夜なやってる訳?」
「うん。そう」
「目処は?」
「厳しいが、時間を取れれば不可能とまでは言えない」
時間……これ以上色々とやってもらうのは、気が引けるな……。
「その日取りを逃したら次はいつになる?」
「半年以上先。あるにはある」
殿下は難しい顔で唸る。
と、私に向き直り手を取られる。
「ツムギさん。帰りたい気持ちはわかる。しかし、スレンピックの準備もあるからエーディスにこれ以上無理させたくない私の気持ちもわかってもらえないかな」
「は、はい。私も、エーディスさんに無理してほしくありません。
スレンピックも、せっかくだから見たいし」
これは嘘偽りない本心だ。
帰れる希望はあるってわかって嬉しいし。
私はエーディスさんに笑いかける。
「今はスレンピックに集中しましょう。私なら大丈夫です。気長に待ってますから」
こう言えるようになったのも、エーディスさんや殿下や、チームのみんなのおかげだと思う。
いつかは会えなくなると思うと寂しい。
でも、まだあっちの世界を、私を探し回ってるだろう家族を、友達を諦めることはできない。
殿下は私の返答にホッとしたように頷いた。
にっこり笑って私の手をぶんぶん振る。うん、手は無事。
「ありがとう、ツムギさん。ということでエーディス、一旦この件はスレンピックのあとに回そう。いいね?」
「わかった」
落ち着くところに落ち着いたところで、聞きたいことが。
「ところで……エーディスさんはなんで戻ってきたんですか?忘れ物?」
エーディスさんに尋ねると、デコピンが返ってくる。
「あたっ!」
「この家には魔法がかかってるって言っただろ?ガルグールが来たのはわかったから転移してきた」
「便利だよねぇ、エーディスを探すときはここに来て呼べば良いんだから」
殿下がのほほんと言って、机の書類を指差す。
「まあ、大した用事じゃなくてそれを持ってきただけなんだけれどね」
「用はそれだけか?」
「そう。そろそろ帰ろうかな。ゼクトに怒られちゃう」
「送っていく」
殿下がひらひらと私に手を振り、エーディスさんを伴って出ていく。
なんだろう。怒涛のようだった。
帰れる。……帰れる!
布団を抱きしめて、少し泣いた。
確実でないことは期待させないため無理、と言う優しさというのかなんというか。
ちなみに殿下はエーディスの1つ歳上。




