涙
それから、もう一度曲に沿って動きを確認し、軽乗をどの辺りに組み込むかを決める。
課題曲は終盤の揃い演技の時に入れてみようと言うことになり、とりあえずは曲を構成するそれぞれの動きを確認していくことになった。
基本の動きはだいたいみんなできるようになっているので、それなりにスムーズだ。
と、エリート騎士はやっぱりすごいなと眺めていると、声をかけられる。
「おい、お前そんなところで暇そうに見てるならこっちのボロ取りでもしろよ」
と、モレルゾチームの人に向こうの馬場まで連れて行かれてしまった。
「あー、私手を怪我してまして……」
「手ぐらいでピーピー言うなよ。ボロ取りすらもできないのか?本当に役立たずだなぁ」
「む……」
呆れ顔で言われ、流石にムッとする。
手は先程からまた少し動くようにはなった。やりづらいけど、できなくはないだろう。
じわじわ痛みが出てきてる気はするけど、全然動かしてないし大丈夫だよね?
痛み止めもとっくに切れてるはずだけどあんまり痛くなってなかったし、異世界人の体はチートで治りが早いとかそういうことあったりして?なーんてね。
ボロ取り道具を手に取ろうとして逡巡していると急かす声が。
「早くしろ。お前ができないならあっちの誰かにやらせろよ」
「できますよ、でも時間かかりますよ?」
「そんなこと言ってる暇があれば手を動かせ」
真剣に練習しているチームに水を差すのも悪いし、のんびりやるか……。
やって見ると、思った以上に進まない。
利き手じゃないと非常にやりにくいな……。
持っていたハンカチでボロ取り用熊手と手をくくりつけてみる。
うまく結べないけど多少はやりやすくなったかも。
私を連れてきた人は練習が終わったのか馬を連れていなくなってしまった。
なんだよ、急ぐ必要あった?急かすのが趣味なの?
と、点々と落ちているボロを拾っていると、だんだん手に力が入ってしまう。
無意識に普段と同じように力を使おうとしているからだろう。たまにピキッとなってだんだん痛みが出てきた。
意識して手を動かさないようにしてるんだけど、難しいね。
やっと取り終わる。手がじんじんして、脈に合わせて痛い。
手からくくりつけていたものを外すときについ力が入る。
「イテッ」
思わず唸る。
ドクンドクンと痛みが……。
ボロ取り道具を片付けに痛みを堪えて歩く。
「ツムギ!……なにやってるの」
げっ!エーディスさん!
げっとか言っちゃったけど、怒ってるんだもん。思わず道具を後ろ手に隠すが、時すでに遅しでバッチリ見られてたっぽい。
荒げるわけじゃないけど声に怒気が混じってる。
「動かすな、って言ったのになにやってるの、ツムギ」
「ご、ごめんなさい。頼まれちゃって」
「誰かにやってもらえばよかったのに」
「練習に水を差すのもなぁと……」
ツカツカやってきたエーディスさんに道具は奪われ、手を掴まれる。
思わず痛みに顔をしかめる。
「痛むの?」
「ちょっと……」
「だから言ったのに。もう今日は帰るよ、これ以上余計なことをしないようにね」
そう言われて、そのまま厩舎から連れ出されてしまう。
皆が遠目から挨拶してくれるけど、そっちを見れない。
私は俯いてついていく。
これ以上余計なことをしないように。と言う言葉がぐるぐる回る。
やっぱり余計なことばっかりしてるのか、私は。
迷惑ばかりかけて余計な仕事を増やして、その割に役に立てない。
なんで少しでも何か役に立ちたいのに空回りばかりしているんだろう。
魔法が使えない私は仕事も遅いし文字も読めないし。
ここで生活して助けてもらってばかりなのに何も返せない自分が情けない。
視界が歪んで目が熱い。
泣きたくないのに涙が出てくる。
先を歩くエーディスさんに見られないように拭うけど、止まらない。
無言で歩く私を心配したのか、エーディスさんが振り返ってぎょっとする。
「え!なに、ツムギそんなに痛むの!?」
無言で首を振るが、エーディスさんが手を取って魔法をかけてくれる。
痛みは消えたけど涙が止まらない。
泣いてるところなんて見られたくない。
必死で下を向くが、ぱたりと涙が垂れて地面にしみを作る。
「ツムギ……?」
「なんでもないんです!見ないでください!」
涙声になってる。恥ずかしすぎる。もう嫌。
エーディスさんの視線から逃れたくて、背中を向けようとするが、その前にエーディスさんにバッチリ顔を見られてしまった。
「……、泣いてるの?」
「ちが、ちがうんです。目に、ゴミが、入ったんです」
エーディスさんが眉を下げて私から視線をそらす。
「ごめん、俺のせいかな?」
「違う、んです……」
「本当に、動かしたらまずいんだよ。魔法でくっつけてるだけで、動かしてたらはがれるってことよくあるんだ……」
「そうじゃないんです……自分が悪いんです、ほっておいてください」
私はそう言って先に歩き出す。
しかしエーディスさんに腕を掴まれる。
「君が一生懸命みんなの助けになろうとして動いてくれてるのは知ってる」
思わずエーディスさんを見上げる。
エーディスさんが手のひらで涙を拭ってくれる。
「だから、手が痛くても無理するんじゃないかと思って動かさないようにしたんだけど、ごめん、ちゃんと説明するんだった。
君は悪くない」
「でも私、なんの役にも立てないのに迷惑ばっかり、かけて、」
しゃくりあげながら言うと、エーディスさんに掴まれた腕を引かれ、抱き寄せられる。
エーディスさんのシャツが涙でぐずぐず濡れていく。
背中をポンポンと叩かれて、優しい声が降ってくる。
「役に立ってないなんて誰が言ったの?」
「でも、魔法つかえないから、何やっても、遅くて」
「速くやることが必ずしも良いとは限らないって、君が証明してたじゃない」
「でも、」
「でもとか言わないで。俺にとってはツムギが来てくれて役に立ってるよ」
その言葉に、エーディスさんの胸に押し付けていた顔を離して見上げる。
「本、当?」
「うん」
「私、全然役に立ってないじゃないですか……料理だって今日エーディスさんがやってたほうがよっぽど速かったし、片付けも私がやらなくてもいつかはできてましたよ……。忙しいのに、文字の勉強にも付き合わせてますし……そのわりに従者の仕事なんて何もできてないし……」
嬉しかったが、ついぼそぼそと泣き言を口にしてしまう。
慰めを期待してる自分が浅ましいけど、出た言葉は戻らない。
「俺が作るよりご飯は美味しいし、片付けも、まあようやく重い腰をあげさせられたって感じはあるけど。君と話してるのも悪くないし、なんとなく弟ができたみたいでこれでも結構喜んでるつもりなんだけど?」
エーディスさんがそう言って笑う。
私が何て言っていいか言葉を選んでいると、むに、と頬をつままれる。
「君は気が強いのかと思ってたけどなんか妙に後ろ向きな時があるね。考えすぎだよ、皆君が頑張ってるのはちゃんと解ってるよ」
無言で頷く。
涙はまだ出てくるけど、これは嬉し涙だ。
ちゃんと見ててくれる人がいる。それだけでこんなに嬉しくて幸せな気持ちになるもんなのだ。
「ありがとう、ございます。エーディスさん」
エーディスさんは微笑んで、私が泣き止むまで胸を貸してくれた。
手が痛かったのは傷が開いた訳ではなく鎮痛が切れたのが真実であります。
魔力が少ないと魔法が効きやすいのです。




