スマホの充電
言われた通り、のんびり。
と言っても何をすればいいか……。
手は、わずかには動くのだが何かを握ったりするのは到底できない。
早く治すためには仕方ないかもしれないけど、不便だ。
ベッドにただ横になって、天井を見つめている。
思えば、こっちに来てから色々ありすぎて、なにもしないってことがなかったな。
マルネイトにこきつかわれた頃がもはや懐かしい。戻りたくはないけど。
ゆっくりしなよ、と言うのはエーディスさんの優しさなのかもしれないけど、
内心、ご飯が庶民的すぎるとか思ってたりして。
片付けられるのもなんか嫌がってたし、
従者としては働いてるとすら言えないし。
やっぱり迷惑なのかな……。
しばらく大人しくしててほしいのかも……。
「はぁ……」
なんだかネガティブ思考に陥っている。
何かしてれば気が紛れるところなんだけど……。
利き手だからなぁ。
本も、まだまともに読めないし。
ふと、ベッドサイドに置いてある引き出しからスマホを取り出してみる。
電源を入れる。
この前、20%くらいしかなかったけど、まださすがに点くよね?
「ああ、もうひと月経ったのか……」
思わず呟いてしまう。
向こうはもう12月か。
いつの間にか私の誕生日も過ぎてるし。
もちろん電波ないので誰からもメッセージや着信はない。
カメラロールを眺めていると、懐かしくて泣けてくる。
みんな元気だろうか。
私がいなくなって騒ぎになってるのかな。
こっちに鞄とかスマホ持ってきちゃったから家出とかにされてそうだな。
……帰れるのかな、私。
あれからエーディスさんも何も言ってこないし、私も聞いていない。
画面にポップアップが出る。
電池残量が僅かです充電してください、か。
充電器ないし、あってもコンセントがない。
魔法で充電できないかな?
充電……!
ケーブルを繋いで電気が流れる。ピコンとなって、充電マークがついて、とイメージ。
そんな感じでスマホに念を送っていると、見覚えのある赤ランプが点灯した。
「うそ!充電できた!?」
ランプが消える。
なにそれ!
もう一度念を。じゅうでん~!!
充電してる!
しかし気を抜いてはいけない。念を送り続けないとダメらしいのだ。
でも私ってばいつから充電魔法が使えるようになったのか。
あ、この怪我の治療でエーディスさんの魔力が残ってるんだ。
知覚すると、魔力の巡りを感じる。
柔らかく清涼な流れだ。
魔力はみんなこういう感じなのか、人によって違うのだろうか。質が違うって言うから、人それぞれ独特の感じ方があるのかもしれない。
しばらく念を送っていると、眠気が……。
でもまだほんの少ししか充電できてない……。
うーん……
は。と起きたら朝だった。
充電できてない。25%。10%しか充電できてないよ!
念を込める。
顔を洗いつつ、充電にいそしむ私。
リビングにはすでにエーディスさんがいて、朝御飯を作ってくれている。
ん?
普通にお皿にウインナーをのせ卵を割り、手をかざす。
あっという間に美味しそうな目玉焼きウインナーが!
そしてトーストも皿の上でジュッと一発。
ワイルドすぎる調理法……。調理魔法具が要らないわけだわ……。
というか私がやるよりよほど速い……。
「おはようございます」
「おはよう。……なに持ってるの?」
「あ、スマホです。魔法で充電してます」
見せると、合点が言ったように頷く。
「ああ、あれか。充電って?」
「これ、動かすのに電気が要るんですけど、溜めてある電気がなくなると動かなくなっちゃうんですよ。だから充電って言って、電気を入れ直すんです」
電気についてはいつかの話題で話したことがあるから説明不要なのが嬉しい。
「なるほど。継ぎ足し魔法玉みたいだね」
継ぎ足し魔法玉は、自分で魔力を込めて再利用するタイプの魔法玉。
まさしくそれ。
「でも、ずっと持ってて、充電するって意識し続けないとうまくいかないんですよ……だから全然充電できなくて」
「ふうん。ちょっと貸して」
お!エーディスさんならあっという間に充電できちゃうかも!
私は嬉々としてスマホを渡す。
エーディスさんがスマホをひっくり返したり穴を覗きこんだりして、眉間にしわを寄せる。
「うーん……」
画面をにらみながら、じっと持つこと10分くらい。
たまに首をかしげてみたり、考え込むそぶりを見せたり、見ていて面白いと言えば面白いし、やっぱり美形は眺めてて飽きないのだが、充電ランプが一瞬でも点灯したような感じはしない。
さすがにしびれを切らして声をかけてみる。
「どうですか……?」
「だめだ……どうやったらこれに魔力をながしてそれを溜められるのか、分からない」
「エーディスさんでもできないことがあるんですね……」
エーディスさんはスマホを返してくれる。やっぱり、異世界のものは異世界人じゃないとうまく使えないとかそういうことなのかな?
「俺だって、別に万能というわけではないよ」
苦笑して、冷めたトーストを齧りだす。
「細かいコントロールは今でも苦手分野だし。あの板みたいな道具……すまほ、だっけ?それだって、10年前くらいの俺なら構わず魔力流して壊しちゃうだろうね」
「え〜。なんか昔から何でもできそうなイメージがあったので驚きですね」
昔はよくものを壊して怒られたりしてたんだろうか。そう考えるとなんだか微笑ましい。
とりあえず、スマホを置いて私も食事にする。
充電することは少々めんどくさいけど、充電できるってわかっただけでも収穫だ。
でも、あんまり見ていると寂しくなるから電源は落としておこう……。
スマホの充電ができないのは単に電化製品の経験値がないからです。




