怪我の治療
明日はお休みします……
「他のやつへの説明と、課題曲の話し合いはこっちでやっとくから、さっさと医務室行ってこい」
そう言ってリンガーさんに追い立てられ、私とエーディスさんとカシーナさんで医務室へ向かった。
「エーディスさんのおかげで全然平気なんですけどね?ほら」
ちょっと引攣れて動かしづらいくらいで、痛みもほとんどないし。
連れ立って歩いているエーディスさんたちにわきわきしてみせるが、カシーナさんに止められる。
「もう、傷が開いたらどうするのよ!」
「えー、傷自体もうほとんどないですもん。魔法って凄いなぁ。痛みもほぼないし」
私が言うと、エーディスさんが呆れた顔をする。
「言っとくけど、単に運が良かっただけだよ。すぐ処置できたから綺麗に塞がってるように見えるだけ。痛みは魔法で抑えてるだけ。効果が切れたら痛むよ」
「え"。」
「当たり前でしょ!あんな傷作っておいて元通りになるわけないんだからね。
骨とか異常ないかちゃんと見てもらわないと」
「全く、たまたま近くにいたから良かったけど、居なかったらこんな綺麗に塞がらなかったよ?」
「いつの間に来てくれたのかと思いました。本当にありがとうございます」
「着いたら、何か飛んできてるから、とっさに防御壁をカシーナさんにはかけたんだけど。でもそのときには、ツムギが跳んでた。すごい反射神経だったね」
「う……」
全くもって私は余計なことを……。
「よく指吹っ飛ばずに済んだよね〜。流石に、欠損をくっつけるのは未経験だ」
「ゔ」
「後遺症がないと良いですよね〜」
恐ろしいことを言いまくるエーディスさんとカシーナさん。
ね〜じゃないよ!二人して私を脅かしてる!
しかしカシーナさんは真剣な表情で言う。
「ほんとに、そうなってもおかしくなかったんだからね!?」
「う、ごめんなさい」
謝ると、カシーナさんはふと立ち止まる。
「ツムギ、さっきはバカとか酷いこと言ってごめんなさい」
「え?いやいや、私が余計なことしたんだから、怒って当然ですよ……」
「ううん。それでも、守ってくれた人に言うことじゃなかったわ」
カシーナさんは自嘲するように笑った。
「あたしだって騎士なの。女に守られるのは嫌かもしれないけど、あなたはあたしにとって守る対象。
それなのに守ってもらってこんな怪我をさせてしまった。
それが悔しくてあなたに当たっちゃったわ。ごめんなさい」
「カシーナさん……」
「守ってくれてありがとう」
カシーナさんは柔らかく笑って私の手を取る。
「さ、早く診てもらいましょ!」
少し離れて待ってくれていたエーディスさんに追いつく。
医務室は、騎士たちの詰所に併設されている。
入院施設もあり、医務室というより病院に近そうだ。
そして私は
ここで、恐ろしいものを見てしまった。
いや、たんに、好奇心というか
どんな事するのかという興味でまじまじ診察を観察してたわけだよ。
そしたらさ、手をさ、傷を負って一度塞いだあの手をだよ。
もう一回開いたんだあぁぁぁ!!!
いや、痛みはなかったんだけど、ね?
エグかったじゃん?
あの時は血まみれ黒焦げだったしエグかった。
それが今回は血も出ない、焦げてもない、単に手が傷に沿ってパカッと!
ひぃぃぃ!!
違う意味でグロい!
と、口をパクパクさせていたら、眼鏡の優しげな先生がグロハンドをためつすがめつして、なんか魔法をかけて、ウンウンと頷いて綺麗に塞いでくれた。
「いやあ、意外と平気だったね。傷の感じだと神経やっちゃってるかと思ってたんだけど。骨も大丈夫。
しばらく動かしにくいだろうけど、いずれはちゃんと動くようになるからね。
でも暫くは安静にしておきなさいね」
「は、はひ!わかりました!」
万が一傷が開いたらまたグロハンドになってしまう。それだけは避けなくては。
「良かったわね、ツムギ」
「は、ははは……」
喜んでくれるカシーナさんに引きつった笑いを返す他なかった。
帰り道。カシーナさんの寮に寄り彼女を送り届ける。
さっきのグロハンドを思い出してまた開いてないかつい確認してしまうよ。
「痛みは大丈夫?」
「え?はい、今の所は。痛み止めって、どれくらい効くんですか?」
「そろそろ切れてもいい頃だけど……」
「がーん。なんか、そう言われるとじんじんしてくるような……」
「本当に耐えられなくなったらまたかけるけど、なるべく我慢して」
「あ、なんか耐性付いちゃう的な感じですか」
「まあそうだね。さっきはあんまり痛そうにしてたからかけたけど、本来医療行為だからさ」
「痛み止めが医療行為……」
「感覚を消してるのはあまり良くないことだから、医者の判断で行うべきと言われてるんだ」
「ははぁ、痛みに気づかなくて実は刺されてるとかそういう危険もありますもんね」
「刺されてるって……」
なんじゃそりゃと苦笑いのエーディスさん。わたしはふと思ったことを聞いてみる。
「そういえば、医療行為って言ってましたけど、お医者さんはやっぱり専門の学校とかに通って、試験を受けるわけですか」
「そうだね。筆記と実技試験があるみたいだけど、俺はあんまり医者の知り合いがいないからよくは知らない」
「自分で治せちゃいますもんね?」
「まあね。うちの家系の魔力質は治癒魔法に適正があるから、家族もほとんど医者に頼ったことはないな」
割と丈夫な家系だし。と続けるが、それより気になることがあった。
「治癒魔法に適正があるって、治癒魔法が使えない人もいるんですか?」
「だいたい適正がある方が珍しいかな。人に魔法をかけるのって魔力質に左右されるんだけど、治癒魔法は特にそうだから」
魔力の質が他人への親和性が高くないと、人に魔法をかけることはできないという。
親和性が低いと、かけても相手の魔力と反発して思うような効果を得られないらしい。
逆に攻撃性の高い魔法は威力が上がるらしいが……今は平和だからね。
「医者いらずなんて便利ですねぇ」
「厳密に言えば、治癒魔法と治療魔法は別物だけどね。治療魔法のお世話になったときは子どもの頃以来ないな」
「え。なんですかその治療魔法って」
「治癒魔法は、生き物がもともと持ってるもとに戻ろうとする仕組みに働きかけて、治りを早くする。治療魔法は、外部からこうなれと働きかけて、治す。
つまり、医療行為だから専門の知識がないと、あらぬ方向に骨がくっついたりする」
「……なるほど」
「だから、さっきももし骨とかおかしかったら治療魔法のお世話になることになっただろうね」
「……手、開いたりしないですかね?」
「無理やり開こうとしたり完全にくっつく前にたくさん動かせば開くかもね」
「ひぃ」
「手、貸して」
差し出すと、エーディスさんは手を合わせた。
温もりが伝わってくる。
「ん?」
「ふ、あはは!何その顔」
私が間抜けな顔をしたせいか、エーディスさんが笑う。
動かない。手指がほとんど動かない。
変な魔法をかけられた。
「エーディスさん!困るんですけど」
「良いじゃない。たまにはのんびりしなよ」
「いや、だってやることが……」
「君は頑張り過ぎじゃない?毎日料理に掃除に片付けに文字も勉強。おまけに馬の世話。スレンピックの準備」
「いや、だって……置いてもらってる身ですし」
「君は俺の従者なら、俺の言うことを聞いておくべきでしょ。
……たまにはのんびりしなよ?」
「……分かりました。ありがとうございます」




