怪我
それからしばらく、チームとしては基本的な動きの確認を続けた。
今日は私とカシーナさんで作業を終わらせ、これからステップの確認を二人でやる予定。
他の人たちは、エーディスさんは殿下がスレンピックの視察で王都まで行くというので同行していて、外部組はそれぞれ仕事。
ペルーシュさんとアラグさんは、もうすぐ個人競技の選抜戦があるので別で練習している。いやぁ大変だ。
私は同行しなくていいと言われたので大人しくカシーナさんのヘルプに回っている。
エーディスさんは戻り次第来ると言ってたし、夕方には全体が揃うだろう。
今日、団体演技の課題曲も発表になった。
カシーナさんは好きな曲だと喜んでいたが、どんな曲だかタイトル聞いただけじゃわからないなぁ。当たり前だけど。
その課題曲の件も全員揃えば話し合いになるだろう。
「作業終わったので馬場使いまーす……」
「は?お前らが使える場所はねーよ!邪魔だ!」
「あそこの誰もいない端の方でやってますのでお構いなく〜」
さて、第三馬場の片隅でこぢんまり練習タイム。
相変わらずこの女性&外人ペアだけだと、態度があからさまに悪い人がいる。他の人がいれば多少ましなんだけど。
ま、そんなやつは無視して、個人競技の選抜でピリついている中でも和やかにやろう、和やかにね。
「いい感じですよ!それじゃ、その角曲がったら斜め横足で手前変えましょう」
「斜め横足うまくできないー!」
「うーん、慣れてないからなのか全体的に硬い動きになって、両脚締まっちゃって分からないのかも?」
「外方も内方も使うわよね?」
「はい、イメージとしては……」
そんなことを言いながら地面で動きを説明していると、視界の隅に何か飛んでくるのが目に入った。
カシーナさんに当たる!
私は反射的に手を伸ばした。
元バスケ部の反射神経が役に立ったか、指先にその何かが当たり軌道が変わる。
その何かが壁に激突し、震動と煙。
そんなのを眺めてたら手に激痛。
「いったぁー!!!!」
「ツムギ!何やってるのよ!バカ!」
カシーナさんが慌てて下馬し、駆け寄ってくる。
私の手を引っ掴んで魔法で水を出して冷やしてくれる。
うげ、エグいことになってる……見なきゃよかった。
痛みでうめき声しか出なくなる。
誰もいなかったら悶絶してのたうち回ってるかも。
痛みに耐えるために縮こまり、唇を噛んでうめき声を殺す。
黒焦げの私の手をひたすら水を出して冷やしてくれるカシーナさん。
「何してんのよ!あんなの手で受け止めようだなんてどうかしてるわよ!」
「ご、ごめんなさい、い、たい」
「大丈夫か!?」
「だいじょばない……」
エーディスさんが走って来て、カシーナさんから手を受け取る。
いたい、何も動かせない。
脂汗をかきながら痛みに耐えるしかなく、目を閉じてなすがまま。
エーディスさんの呪文が聞こえる。呪文……。
ふと、手のひらに風を感じ、痛みがやわらいだ。
恐る恐る目を開ける。
エーディスさんの呪文は続いている。
彼の魔力が入ってくるのを感じる。心地良い流れが体を巡っていく。
手のひらを見ると、少し引攣れた感覚はあるが、煤けているくらいでほとんど元に戻っていた。
カシーナさんが力が抜けたようにへなへなと座り込む。
「よ、良かった……」
「とりあえず傷を塞いだだけだから、あんまり動かさないでよ」
「は、はい……ご迷惑かけてすみません……」
エーディスさんがため息をつきながらも、私の方に手を伸ばす。
「唇切れてる」
エーディスさんの指が私の唇をなぞる。
思わず引いて口を押さえるが、傷が消えていた。あ、魔法で治してくれたのか……。う、顔が熱い。
「何があったんだ?」
やってきたリンガーさんに、カシーナさんが事情を説明する。
的当ての練習中の誰かがこちらに向かって魔法を打ってきた、と。
リンガーさんは聞くなり、馬場の反対側で騎乗をしていたグループに怒鳴りこみに行ってしまった。
慌てて付いていく。背後のエーディスさんのため息は聞こえなかったフリ。
「誰だ!?そんなあぶねーマネしたヤツは!?」
その剣幕に、騎士たちは青くなり目を泳がせる。
「こ、コイツですっ!」
引っ張り出されてきたのは、差別野郎だった。
差別野郎は、引っ張ってきた騎士を睨みつけつつ、こちらに向き直り肩をすくめる。
「たまたまそっちに行ってしまったんですよ。まさか、素手で受けるとは思わなくて。まさか、ハハ」
半笑いで馬鹿にするような態度。謝る態度じゃねぇ。
私は憤りを隠さず食ってかかる。
「カシーナさんに当たったらどうするつもりだったんですか!」
「あれくらい自分でどうにかできただろ?カシーナ」
「……まあ、ギリギリ。でも、あれは完全に狙ってたでしょ?」
カシーナさんが一瞬こっちに済まなそうな目を向けてくるが、直ぐに差別野郎に指を突きつける。
カシーナさん自分の方に来てたの気づいてたんだ……私余計なことして迷惑かけちゃった……。
カシーナさんの言葉に、フン、と鼻で笑う差別野郎。
「さあな。狙ってたらどうなんだ?謝れってか?
あれくらい対処できずにスレプニールの騎士だなんて笑わせるぜ、ハハッ
やっぱり女騎士はダメだな」
その言い草に、カシーナさんがキレた。
ツカツカと差別野郎に歩み寄ると、胸ぐらを掴み上げる。
えっカシーナさんすごい、持ち上げてる!
「何なのよ。いつもいつも下らないことでちょっかいかけてきては女はどうのとか。女のくせにとか。ほんとに、いい加減にしなさいよ……!」
差別野郎は、苦しそうだがそれでも嘲笑をやめない。
「ハッ!女は黙って男に守られてればいいんだよ!女のくせにしゃしゃり出てくるんじゃねぇ!」
「時代錯誤すぎ!う!いたぁ!!」
私が声を上げるとリンガーさんにげんこつを落とされた。本気で痛い。
「お前は黙ってろ!手の傷が開くだろうが!」
「う〜」
リンガーさんが言い争いを続ける二人の間に割って入る。
差別野郎が下ろされ咳き込むが、カシーナさん、まだ胸ぐら掴んだままだ。
「おい、そこまでだ。おいお前、流石にこの行動は目に余る。ここの隊長と、それから人事にも報告しておくからな」
人事、の言葉に急に青くなる差別野郎。
「ま、待ってください!わざとじゃないって!」
「そうでなくとも、打った本人が何も対処してないんだから当てようとしたのと同義だ。声をかけるなり、軌道を変えるなりできたはずだ。でも、お前は何もせず見ていた。
……女は黙って男に守られろ、と言うならばなぜ、お前は何もしてないのか。
そしてなぜ、カシーナを守ったツムギを馬鹿にするのか」
「くっ……」
「騎士たる者、たとえ自らを犠牲にしても、誰かを助けようとする。
お前より、ツムギの方がよほど騎士の心を持っている」
リンガーさんが、私を見て頷いた。
ちょっと照れる。
そんな様子を見て、差別野郎が俯いた。
私は思わず声をかける。
「……あなただって、誰かを守ることに憧れて騎士になったんじゃないの?今の自分は、そのときの自分からどう見える?」
彼は一瞬、何か過去に思いをはせるように目を細めるが、私と目が合うと、ふいっとそらす。
「……うるせぇ」
小さく呟き、カシーナさんを振りほどくと、早足で馬場から出ていってしまった。
馬用語
斜め横足=サイドステップ。足をクロスさせて、斜めに移動する。
外方、内方=外方は外側。内方は内側。
右回りに回ってたら、左が外方、右が内方。
紬さん、乗馬は趣味的で、部活はバスケやってました。
体育会系。
カシーナが怪力なのは魔法で筋力あげてるからです。
紬のセリフを打ち込みながらこの曲が頭で鳴り響いてました。
旅だちのあの朝の燃えてる俺がそれでいいのかと問いかけてくるよー!byサトシ(OK!より)
すげえいい曲なのでぜひきいてください。




