作業
それからというもの、作業に、練習に忙しい日々になった。
カシーナさんもメキメキ上達している。
私の力ではなくてみんなが色々教えてくれるからだけどね。
今日も今日とて作業に励む私。
作業と、馬装とか調馬索、そして手入れでサポートするのが私の仕事だ。
そんな感じで役割分担もできてきた。
「ふー。こんなもんかな」
馬房掃除を終わらせ、敷料を整えているところへ、クリオロさんが馬を連れて戻ってきた。
「あ、すみません。もうすぐ終わるんで」
「あー、まだ終わってなかったのか。悪いな」
「ああ、いえ……すみません遅くて」
「気にすんな」
作業に関して、私は圧倒的に遅かった。
速くて丁寧な方だと思っていたけど、流石に魔法には勝てっこない。
人知れずため息をつく。
気を取り直し、次の部屋へ。
「……んだよ、まだ終わってねーのかよ。のろま」
「すみません」
チームメンバー以外は、すごく当たりがきつい。
まあ、仕方ないか……実際他の人に比べるとかなり時間かかってるもんな、と思う気持ちと、こっちだって急いでるし、他の部屋もやってるんだから文句あるなら自分でやれよとキレたくなる気持ちがせめぎ合っている。
はぁ。
そうだ。この部屋の子の担当さんに言わなきゃいけないことがあったんだった。
「あの、この馬の担当の方ですか?この子ボロがゆるいですよ」
「だからなんだ。さっさと終わらせろよ」
「いや、整腸剤とか入れないんですか?」
「なんだそれ。わけわかんねーこと言ってる暇があるなら手を動かしな!」
この部屋の子はここんところしばらくボロがゆるい。
餌は変えていないし、気温が急激に変わった感じもない。
ストレス性のものか、他に何か原因があるかはわからないが、あまり続くのは良くないし、整腸剤入れてもいいと思うんだけど。
仕方ない。後で獣医の先生に聞いてみよう。
気づいたことを色々言うんだけど、チームメンバー以外のみんな、あんまり聞いてくれないんだよね……。
「どうしたんだ?」
エーディスさんが声を聞きつけたのか覗いてくる。
私はエーディスさんにボロを指差した。
「最近、結構ゆるいんです。整腸剤とかあげないのかなぁと」
「見てなかったな。後でマスダンク先生に聞いてみる」
「ありがとうございます」
気を取り直して作業に戻る。
次は手入れだ。あーでもその前に、見えちゃったからこの部屋のボロ取りでもするか……
ん?これ……。
私は部屋の前で頭絡を片付けている騎士に声をかけた。
「あ、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「この子って最後に駆虫したのいつだかわかります?」
「くちゅー?」
「えっと、虫下しです」
「……?」
「えーっと、ほら、ボロに虫が」
見せてやると、騎士は顔をしかめて離れた。
「なんだこれ!気持ち悪!変なもん見せてくるなよ……」
「駆虫してないんですか?」
「俺は知らないな」
えー。これもマスダンク先生案件か……。
てか、虫知らないのか……。
「おいのろま、邪魔なんだよ、どけ」
「あ、すみません」
ため息をついたところで他の騎士に追いやられ、とりあえず虫付きボロを脇においておくことにした。
さて、手入れ手入れ。
小走りで厩舎内を抜けていく。
壁に寄りかかって談笑する騎士たちの横を通りすがったとき、何かにつまづいた。足だ。
「おっととぉ!」
私はバランスを崩して転げそうになる。顔からずべっとコケるなんて勘弁、と手を伸ばすけど意味ないっ――
「ぶ」
何かにぶつかって転ばずにすんだ。前方になんかあったっけ?温もりとほどよく柔らかい感触。
「大丈夫?」
私を受け止めてくれたのは、やっぱりエーディスさんだった。
エーディスさん、たまに瞬間移動するよね……?
「あ、ありがとうございます」
私はエーディスさんの腰だめに抱きつく格好になっていた。
干し草の匂いと、エーディスさんの匂い。
は、離れないと!
慌てて離れる。
エーディスさんが私に足を引っ掻けたやつに声をかける。
そいつらも、エーディスさんの存在に気付いていなかったようで、青くなって焦っていた。
「俺の従者を転ばせてたよね。今」
「い、いや。そいつが悪いんす!作業遅くて迷惑なんす!」
「そうっすよ!」
「足を引っ掻けたことの理由がそれ?」
エーディスさんは冷たく笑い、私の肩に手を置いた。
「言っておくけど、彼は確かに俺の従者になってる。
でも、推薦者はガルグールだからね?そこは覚えておくといい」
「……す、すいませんっした」
「さーせんした」
騎士二人組はぼそぼそ謝罪を言って逃げるように去っていく。
エーディスさんが私を覗きこむ。
「大丈夫?」
「あ、はい。手が間に合わなくて危うく顔からコケそうだったので助かりました!」
言うと、エーディスさんが吹き出す。
「だから一生懸命空中で泳ごうとしてたわけね」
「あー!人が必死こいてる様子を笑わないでください!」
「あーごめんごめん。……またなんかあったら言って」
エーディスさんはくつくつ笑いながら私の背中を叩くとそう言って、手をひらひらしながら去っていった。
洗い場へ行くと、数頭の馬が手入れされていた。
さすがに手入れまで全頭押し付けられてはいないので、騎士たちが入り乱れている。
ここの人たちは手入れまで魔法でやるのだ。サーッとなぞる人もいればササッとブラシをかけていたりもするが、直ぐに終わる割に身体ピカピカなのは魔法なんだろう。
回転が早い早い。
時間をかけているのはうちのチームだけだ。
……せっかくの馬とのコミュニケーションの機会なのに、魔法でやってていいもんかな?
と思うが、口出しするほどスレプニールをわかっているわけではないので黙っている。
カシーナさんに割り当てられたウェルジュという馬を彼女と一緒に手入れする。
ゴム製っぽい素材のブラシでマッサージしてやり、毛の長いブラシでホコリを落とす。
「よしよし。お前はここやってもらうのが好きだねぇ」
ウェルジュは首筋から肩にかけて強めにブラシされるのが好きらしい。
「なんだか気持ち良さそうね。かわいい」
カシーナさんがたてがみをといてやると嬉しそうにしている。
うん、いい関係だ。
しかしその和やかな時間に水をさしてくるやつがいた。
「てめぇら遅いんだよ。待たせるならこの馬の手入れもお前らがやれよ?」
差別野郎である。
無し崩し的にスレンピックのメンバーに戻っていたらしく、あれからちょくちょく面倒くさい絡みをしてくるのだ。
「洗い場ならあっち空いてますよ」
「いつもここでやってるんだよ。つべこべ言わずにやれよ!」
私に引き手を押し付けてさっさといなくなってしまう。
仕方ない。絡みたくないからやってあげよう。
カシーナさんに断って空いている場所に馬を繋ぎ、手入れをする。
汗ビッショリだ。ホースで洗い流してやることにする。乾かすときはカシーナさんにお願いしよう。
脚先からゆっくり濡らして、首からお尻へ移行していく。汗を流すと気持ち良さそうだ。股ぐらに溜まった汗も流してやる。
「あれ?こんなところに傷が……」
股ぐらのそばに引攣れたような傷があり、血が滲んでいる。
今日の傷ではなさそうだけど、差別野郎は分かってるのだろうか。
傷口はちょっと熱を持っている。
私は薬箱から化膿どめを持ってきて塗る。まあ、そんなに深い傷ではないから大丈夫だろうとは思うが……。
そういえば、この馬。妙にお腹が大きいような気がするけど……。
もう一度股ぐらをよく確認する。乳が張ってるな……。
あー。妊婦かぁ。これはスレンピック無理だぞ……。
シオンを連れてやってきたエーディスさんに伝える。
「この馬、脚に怪我がありますね。あと、妊婦っぽいです」
「え。……ホントだ」
報告をエーディスさんに任せ、手入れを続ける。先に終わったカシーナさんが手伝ってくれた。
その後はシオンだ。
馬用語
調馬索=馬をロープで繋ぎ、人を中心に円運動をする。馴致の1つで、馬が人に乗られるようにするまでの必須項目
手入れ=馬にブラシをかけたり、蹄のケアをしたりする作業
整腸剤=馬用にもビオフェルミンみたいなのがあるんですよ
ボロがゆるい=下痢ピー気味
駆虫=虫下し。寄生虫を出す薬を入れること。寄生虫は、勇気がある人は検索してみましょう。白いやつ、赤っぽいやつ長いやつ……げろげろ
引き手=馬を引いて歩くときに馬につなぐロープ
乳=馬のお乳は股ぐらについてます。出産が近づくと張って膨らんでくる
妊婦=現実世界の馬は妊娠期間が11ヶ月くらい。出産から離乳まで早くて半年くらい




