エーディスの噂
書き溜め投下その2です。
作業は終わらせた。馬装をカシーナさんに教えてあげよう。
馬具庫へ入ると、たくさんの鞍が整然と並べられている。
そしてめっちゃ広い。
「うわぁ、すごい」
「ここの掃除も最後にやらないと怒られるのよ」
「まあ、綺麗にしてありますもんね。て言うか、数、多すぎません?」
「それぞれ馬によって決められてるのよ。式典用と、本番用。訓練用は共有してるのもあるからそれほど数はないけれど。
ああ、あと個人で所有してる鞍もあるわね」
式典用。このカバーに覆われてる見るからに高級そうな装飾付きの鞍かな。
本番用は、それよりずっとシンプルだが質は良さそうだ。
今日は馬装するだけだし、とりあえず訓練用でいいだろう。
「訓練用で良いですよね。そういえば、どの馬使っていいとか決まってたりします?」
聞くと、カシーナさんが考え込む。
「判らないわ……モレルゾや取り巻きの担当馬はやめといた方がいいとは思うけれど。
あたしにはまだ担当馬はいないし……」
「エーディスさんに聞いてシオンの馬装していいか聞いてみましょう」
シオンに合いそうなサイズの訓練用鞍と、頭絡を探そうとすると、カシーナさんが慌てて私を止めた。
「シオンって、ソマ近衛副長の馬でしょ!?そ、そんな、素人の私が馬装するためなんかに使うなんて恐れ多いわよ!」
「大丈夫だと思いますけど……」
カシーナさんが首をふるふると振って、力説する。
「シオンはソマ近衛副長と組んで去年の個人賞を取った、すごい馬なのよ!?
馬装も知らないあたしが触るなんて……ね!?」
「ええ~……じゃあ、他に使える馬がいるか聞いてみないと」
と、話している所へ、声がしたからか馬具庫を覗きこんだ人と目が合う。
相手は、そのまま中に入ってきて腕を組み、こちらを不愉快そうに見ながらため息をつく。
なんか嫌な感じの態度だ。
そちらに気づき、カシーナさんが目を伏せる。
「勝手に入って何をしてた?何か盗ったんじゃないだろうな」
「滅相もありません」
「ちょうど良かった。私たちが触っていい馬います?
ただ馬装するだけなので、お手間は取らせません」
聞くと、その男はあり得ないとでも言いたげに鼻で笑い、
「ハア?そんな馬いねーよ。ここは、神聖なスレプニール厩舎だぞ。女や外人は、雑用でもしとけ!」
腹立つぅ~!
こいつでは話にならない。ただの差別野郎である。
「あ、そっすか。じゃあ他の人に聞きます。
カシーナさん、行きましょう」
カシーナさんを追い立てて、馬具庫から出る。
さっきのやつは、カシーナさんの同期で同じ頃異動になったらしいのだが、モレルゾに取り入って、今ではあんな調子だという。
スレンピックでは国外選手もいるし、女性も数は少ないが出ているという。
全く甚だしい差別野郎である。
「やっぱりエーディスさんに頼むのが一番だと思うんですけど……」
もう一度聞いてみるが、カシーナさんは乗り気でない顔。
「シオン、いい子でしたよ。普通に触らせてくれますよ」
「ああ、うん。そうだとは思うわ」
歯切れの悪い返答だ。
カシーナさんは辺りをうかがい、馬房へ私を連れ込む。
「どうしたんです?」
「えーと、その。……大丈夫なの?」
「何がですか?」
「あなた、ソマ近衛副長の何?知り合い?」
「え?あー。一応昨日から従者っぽい立場です」
「ソマ近衛副長の?」
「はい」
的を射ないやり取り。
なんなの?エーディスさんに関して、思うところがあるのか?
「まだるっこしい質問されても私何も知らないですよ。エーディスさんと知り合ってまだ日も浅いですし」
「そうなの?」
「そうです。どうしたんです?エーディスさんに関して思うところでもあるんですか?」
カシーナさんが目を泳がせつつ、小声で答える。
「ソマ近衛副長って、結構黒い噂があるのよ」
「黒い噂?」
「ええ。禁忌魔法に精通してて、
既に禁忌を犯しているって噂があってね……」
噂の内容はこうだ。
エーディスさんは禁忌魔法に詳しく、そして既にいくつか行使している。
ガルグール殿下はそれを監視するために護衛としてそばにおいているが、その魔法の力で、殿下は逆らえないという。
いろんな人の手伝いをしているように見せて、実は弱味を探っている。
弱味を握られた人は……禁忌の贄にされるとかされないとか……
禁忌魔法は、強大な魔力を行使して発動させる魔法。
使用した場所の魔素のバランスを崩して、災害の増加、土地の不毛化、魔獣の凶暴化等の悪影響を引き起こすといわれている。
陛下に謁見したときにゼクトさんが言ってた魔素均衡崩壊のことのようだ。
この前の地滑りも、エーディスさんが何かした、という話になっているらしい。
いやいや、それ、マルネイトだからさ。
てか私のせい?
ていうか、マルネイトって、いろいろ他にもやらかしてるってあの時エーディスさん言ってたけど。
それがなんの拍子かエーディスさんのせいになってるってこと?
それとも、エーディスさんがマルネイトに自分のやったことを擦り付けてる?
……いやいや、マルネイトとエーディスさんなら、エーディスさんを信じるよ、私は。
「それ、信じてるんですか?」
「信じているというか……」
「エーディスさん、そんなに長い付き合いじゃないですけど、悪い人には見えませんよ」
「そうね……」
「誰かが意図的に悪い噂を流してるんじゃないですか?」
「そう、かも。……あたし、ここの前はキイナ様……王女様の近衛騎士だったの。ソマ近衛副長とは一応近衛隊の同僚というか先輩ではあったんだけれど全然関わったことなくて。
あなたは知らないかもしれないけど、ガルグール殿下とキイナ様って、王位を巡って仲が悪いのよ。
まあ、たまに出くわしたときに嫌みを言うくらいで、お互い積極的に何かしてる訳じゃないんだけどね。
でも、ソマ近衛副長って、キイナ様陣営にとっては敵みたいなものじゃない?
だからさ、余計悪い噂が入ってくるのかも」
それはあるかも。
にしても、ほんとに仲悪いように見せてるんだ……。
カシーナさんは眉を下げて、小さく息をつく。
「でも従者のあなたに言うことじゃなかったわね。ごめんなさい。
あの人、あんまりなに考えてるか分からないし、あれだけの能力だから、ちょっと有るかな、と思ってた。
彼の馬触って、ちょっとでも変になったら禁忌の材料にされちゃったり、あたしの地元で禁忌魔法使われたりするかなぁ、と……」
……だいぶ信じとるやないかーい!!
相当、好き勝手言われてるらしい。
まあ、エーディスさんなら、変な噂立ってもほっときそう。
殿下は面白がってそう……。
「エーディスさん、意外と弄られキャラっぽいんで、安心してください」
「えっ弄られる?誰に?」
「まあ、主にガルグール殿下ですが」
目をぱちくりと瞬かせるカシーナさん。
信じられないという表情で緩く首を振っている。
「普段はクールで表情ないですけど、優しいし、たまには笑ってますし、シオンとも息ピッタリですから。
ほんとに危ない人だったら動物と仲良くできないと思いますよ!」
「そ、そうよね」
なんとか納得してもらった。
それにしても、ひどい噂もあったもんだ。
後でエーディスさんに聞いてみよう。
スピーディーな展開にしたいとは思ってるんですよ?




