魔力がない
心折れるよね、理不尽って。
結論。
やっぱり私に魔力はない。
あの男が言うに、普通は、誰でも魔力は持っていて、
もちろんどれくらいのキャパがあるかは個人差があるが、
どれだけ残念でも全くないと言うことはないらしい。
今、あの男が私にかけた通訳の魔法のお陰で、一部の高性能人形だけが私の存在を認識できるようだ。
その仕組みはよくわからない。
「珍品だが、男で全く役に立たない……」
すごく失礼なことを言われている。
「しかし、せっかく召喚したからな……」
ほんといい迷惑。
「しばらくこきつかって利用価値を探るか」
聞こえてますけど。
私は言い返す気力もなく、半分寝ていた。
だって、召喚されたとき、向こうの世界は夜。
あれからどれくらいの時間が経ったのかわからないけど、
体感ではオール明け以上の疲労感だよ……。
「おい、起きろ!許可もなく寝るな!」
「……!?冷た!」
水をかけられた。酷い。
「おい人形、こいつを適当な部屋で休ませろ。暫く経ったら水汲みにでも行かせろ」
人形が承知しましたと言い、また荷物のよう抱えられる。
もう抵抗する気力もない。
むしろ運んでくれて感謝の念すら湧いてくる。
そのまま意識を手放した。
固いベッドに寝かされていたらしい。
あちこちに痛みがある。
起こされて、寝ぼけたまま連れてこられているうちに思い出してくる。
ああ、自分の家じゃない。
日本ですらない。地球でもないところだったわ。
自然とため息が出る。
水汲みなのにどこまで行くのだろう。
屋敷からだいぶ離れてきた獣道だけど。
着いたところは湧水が流れ出している小川だった。
自分の置かれている状況を考えなければ、木漏れ日が柔らかくて気持ちの良い場所だ。
教育係から桶を受け取り、水を汲む。
これは大変そうだ。
バケツの水を運ぶのはバイトでやっているが、距離も違えば舗装されていない道を歩かないといけない。
人形は自分のぶんを持ち、さっさと行ってしまった。
慌てて追いかけるが、水がこぼれそうでなかなかスピードが出せない。
しかも行きとほとんどペースが変わらない。
どんどん離され、しまいには見えなくなってしまった。
手が痺れそう。
獣道をたどり、何とか屋敷が見えた。ほっとして、水を置き壁にもたれ少し休む。
体力には自信があったが、人形が相手だとことごとく自信を折られていく。
ん?裏から声が聞こえる。
「いやぁ、いつも助かりますよー」
「いえ、私の方こそ、もうこれがないとぉ。ふふ、ふふふ。
新しい薬の開発、楽しみにしてますから……。じゃあまた」
いかにも怪しげな男と、あの男がヤバげな取引をしていた。
あれは、お金っぽい。
薬、と言っていた。
ヤバイ薬を売り付けて儲けてるのかも。
と、振り返った男と目があってしまう。
慌てて水を持つ。
「ん?お前、まさか今戻ってきたのか?」
「あ、はい」
「遅い!」
「っ!」
持っていた杖で肩を叩かれる。
辛うじて水を落とさずに済んだ。
落としたら何て言われることか……。
「す、すみません……」
「さっさと次に行け!」
それをあと三回往復させられた。
その間、人形は倍は往復してたかもしれない。
無理だからさ……同じように動くなんて。
空腹と疲れでふらふらする。
トイレは、水汲み往復の最中自然に返した。
あの水が飲める水で助かった。
じゃなきゃとっくに倒れてるかもしれない。
その後、よくわからない水晶の入った大きな石を、階段をのぼって水晶を取り出している人形たちに渡したり、
謎の液体を小瓶に移して蓋をする作業をしたり。(思えばこれが一番楽だった)
でもどの作業も、他の人形たちが人間離れしたスピードと精確さでもって作業をこなしているので、
いる意味あるか?存在意義がぐらつく……。
気持ちが落ち込む。
ぐぅ……。
それでも体が声をあげる。
お腹空きすぎて気持ちが悪い。
人形に食事は?と聞いてみると、水を渡された。
飲むけどさぁ……。
次の指示をもらいに連れていかれる。
「マスター、次の指示を」
「そうだな、次は」
「あの……何か食べるものを頂けませんでしょうか」
空腹に耐えかね、声をかけると、男が不機嫌そうにこちらを睨み付ける。
「発言を許可した覚えはないぞ」
「す、すみませ、」
「だいたいお前、一人前の仕事もこなせないくせに食べるものを要求するなんて、どういう教育されてんだ?」
「……すみません」
男は、手に持っていた食べかけの野菜サンドを床に落とす。
まさか、
「ほら、食べたいんだろう?綺麗に食べろよ。私の慈悲に大いに感謝してな」
そう言って、ニタリと笑いながら靴で踏み潰す。
私が動けずにいると、苛立ちを露にして蹴り飛ばされる。
そのまま、野菜サンドを踏んだ靴が飛んできて額に当たった。
痛みと屈辱で涙が出そう。
でも、泣いたら何て言われるか。
唇を噛み締める。血の味。
「食え。綺麗に舐め取れ。……聞こえないのか?」
「……痛っ!」
前髪を掴まれて引きずられ、潰れた野菜サンドに顔を押し付けられる。
悔しい、なんで、こんな目にあわないといけないの、
周りの人形たちはどこか遠くを見て微笑んでいるだけ。
私のことなんか認識すらしていない。
誰も助けてくれない。
泣きながら食べるしかなかった。
床と靴の裏も舌を出して見えるように舐めさせられる。
こんな屈辱。
「私に言うことがあるだろう?」
しゃがみこむ私に悪魔が笑う。
「……ありがとうございます。
……いっっ!」
頬を平手打ちされる、何で。
「御主人様、が足りない。もう一回」
「ありがとう、ございます、御主人様……ぅっ」
蹴られて転がる。
起き上がる気力もない。
「次は魔泉水運びだな」
「かしこまりました」
また抱えられ、連れていかれる。
なにか厳重そうな扉の前に来た。
扉には私が召喚されたときに床にあったようなものと似た紋様が描かれている。
「ここに入るんですね……、」
「だめです!」
人形は珍しく語気を強める。
その剣幕に、ドアノブに伸ばした手を止める。
「ここは、許可のない人形は絶対に立ち入りを許されません。
マスターと、限られた人形のみ出入りできます。
それ以外の人形および人間はドアノブにさわることも許されません」
「ひ……」
さっき普通に触ってしまった。
あの男のことだから、入れない人が触ったら火傷するくらいのトラップありそうだったけど平気そうだ。
でもまたさわる勇気はない。
人形は触ってしまったところを見ていなかったのか、特にとがめることはせず、扉に手を当てる。
扉が紋様に沿って蒼く光る。
綺麗。
ぼぅっとしていると、手にまた水がなみなみと揺れる桶を持たされている。いつの間に。
そろそろ手と腕の筋肉が疲れを訴えているが、仕方がない。
そのまま、人形に先導されて屋敷の外の森の中へ。
今度はどこ?
と思っていたらそれほど奥には進まず、洞窟の中へ。
洞窟の中はどういう仕組みなのか明るい。
たまに枝分かれしている道を、ひたすら進み、ついていくと、人形たちが作業している場所に出てくる。
何と手で地面を掘っている。
痛くないのかな……
見た目はにこやかに無言で掘っているのだが。
作業中の人形たちの一人に、桶を渡す。
人形は桶の中身の液体、たぶん水?をおもむろにぐびりくびりと飲み干した。
人形が蒼く光る。
どういう仕組みなのか。気にはなるけれどもう考えるのも面倒くさい。
桶を返され、もと来た道を戻る。
また扉の前に戻って来る。
同じように水の入った桶が急に現れ、
「急がねばならないので遅いなら次はおいていきます」
えーっ!
何とかついていったものの、水桶を渡した後、
はぐれてしまう。
つい、観察してしまった。
どうもあの水は、人形のエネルギー源のようだ。
飲み干したあとの人形の動きが明らかに早くなっている。
さっき食事の話をしたら渡された水と同じ水なのだろう。
彼女らは水(ただの水かは知らない)で動いてるのか。
と、そういうことを見ているうちに、
はぐれ、
というか、
置いていかれ、
現在遭難中。
もう、嫌だ!!!
まだまだ困難続きます。