スレプニール厩舎
遅くなりました。
あのあとひとしきりおしゃべりして帰っていった殿下たち。
なかなかゆっくり話せないので、つい話し込んでしまうのは毎回のことらしい。
エーディスさんもキイナ様のことは妹のように思っているのだろう。
リラックスした空気で楽しい時間を過ごした。
エーディスさんの家は色々魔法がかかっているので、秘密裏に会うにはもってこいの場所らしい。
足の踏み場は少ないけど。
とりあえず、エーディスさんは実は弄られキャラだと言うことが分かった……。
エーディスさんがシオンの世話をしている間に今日の晩御飯を作る。
「できましたよ~今日はシチューです」
異世界のスーパーで買った食材は、ありがたいことにあまり日本のスーパーと変わりはない。
ニンジンは二股が常だったり、色が思ってたのと違うピーマンがあったりはするけど、概ねそこまで違いはない。
あっちで売っててこっちで見ないものや、その逆もあるが、あっちでも外国のスーパーってそんな感じだろう。
そして、向こうで言うレトルトとか時短製品も意外と揃っていた。
魔法の袋に簡単に入れられている。
ここは王都だからこういうものが揃っているが、他所にはあまりない、とはエーディスさん情報。
このシチューも、シチューの素を活用している。
固形ルーではなくて粉末だったけど。
「「いただきます」」
軽く手を合わせて食べ始める。
うむ。なかなか美味しい。
食べながら、明日の確認をする。
「明日は厩舎に行こう。暫くは俺も付いていく」
「私がエーディスさんについていくんじゃ?」
「俺もあちこち動き回ることが多いから、その間は厩舎で作業でもしててくれ。もともとその予定だっただろう?」
「従者のお仕事はどうすれば……」
「いいよ、そんなの建前だし」
「えええ、そういうわけには。お世話になるので、手伝わせてください。役に立てるかはわかりませんが……」
私が言うと、エーディスさんは若干面倒そうな表情を見せる。
一人で仕事するのが好きなタイプなのだろうか。
というか、一人でやるのが手っ取り早いスキルがあるからか……。
「……わかりました。とりあえず、ここの生活に慣れるまでは厩舎で動いてますので、手伝えることがあれば何でも言ってくださいね」
私が折れると、粘られるとでも思っていたのか、エーディスさんが拍子抜けしたように頷く。
「あ、うん。それでよろしく」
「この家のこともお任せください」
「ああ、分かった。でも俺の部屋は」「いつかはやらせてもらいますよ」
エーディスさんに被せる。
そうじゃないと殿下の意に添えませんからね?
ため息をつくエーディスさん。
私はさっさと違う質問を繰り出した。
「厩舎ってどんなところなんですか?」
「……うん、今は評判が悪いよ」
「えーっなんですかそれ!」
「あの厩舎、厩舎長がダメだからね」
エーディスさんがあからさまに扱き下ろすのだから、相当なのだろうか。
スレプニール厩舎は、国内外にいくつかあるが、王都には王宮の近くに魔法師団所属の厩舎があり、そこが私の職場となる。
スレプニールを繁殖する牧場が併設されている厩舎もあるが、魔法師団所属の厩舎は、王室の所有物でもあるため、国内から選りすぐりのスレプニールが選抜されて入ってくる仕組み。
なので牧場は併設されていないと言う。
ちなみに厩舎、と言ってもスレプニール以外に他に騎獣はいるため、その繋養施設も〇〇厩舎、という名称(アンテ厩舎とか)なのだが、スレプニールは一番重要視されているため、厩舎、と言えばスレプニール厩舎を、特に魔法師団の厩舎を指す。
厩舎の役割としては、有事の際の騎馬部隊として機動する、そしてそのための訓練。
また国主催の各種イベント時に騎馬随行すること。
そして、災害位しかたいして有事がない今の状況で、一番目標になっていることが、スレンピックでの活躍である。
スレンピックってなんぞや?と思ったら、年に一回、国内外から優秀なスレプニールと騎士が集まり競い合う競技のお祭りだそう。
次のスレンピックまであと半年もないそうだ。
いくつか競技があり、個人戦、団体戦が行われる。
世界が、特にクアルーズ王国が熱狂するこの国発祥のスポーツ祭典らしい。
詳しく聞いてみると、
馬場馬術(演技)、障害飛越、エンデュランスっぽい長距離レース、アンテ追い(牛追い?)、流鏑馬的な魔法バージョン、グループ演技、ポロ競技ににたやつ、騎馬戦等、個人だけの競技や団体だけの競技もあるようだ。
一頭につき三つの競技しか出られない。人もまたしかり。
エーディスさんは去年個人トップの成績をおさめているらしい。
なんだか面白そう!
観戦できるのが楽しみ。
で、話は戻りダメ厩舎長について。
「厩舎長はモレルゾって言うんだけど」
「ん?」
モレルゾ?漏れるぞ?
「漏れるぞさん?」
「なんか、違う。モレルゾ・ヤーバ・イーノデス厩舎長。魔法師団騎馬隊スレプニール部隊隊長も兼任して」「ぶっ!!!げほっえほっ!」
思わずむせてしまった。
空耳かな?漏れるぞやばいのですさんと聞こえたんだが。
エーディスさんが怪訝な目で手拭きを差し出してくれる。
気管に入ったシチューを咳で排出しながら、必死に説明する。
「その名前……げほっ。漏れるぞ、ヤバイのです、と私には聞こえるんです!」
と訴えると、エーディスさんも噴いた。
普段クールなエーディスさん、むせながら笑う。
「く、くく……!なにそれ」
「こっちが聞きたいですよ!ごほっ」
肩を震わせてひとしきり笑うと、ふう、と息をつく。
しかし思い出し笑いなのか、たまに口の端がピクピクしてる。
「えーと、とにかくそのモレルゾが厩舎長になってから、とにかく横暴でもとからいた隊員は軒並み引退か異動してる。
それ以外はモレルゾを持ち上げてるやつばっかりだ。
俺はモレルゾに目をつけられてるから、君も余計なこと言われるかも知れないけど気にするなよ」
「仲悪いんですか」
「君ともうまくやれないだろうな。彼奴はスレプニールをただの獣としか思ってない」
「うわー。それは、ムリですねー」
「だからあんまり厩舎に寄り付きたくないんだけど、スレンピックの練習も本格的にやらないといけないし、行かなきゃ行けないとは思ってた」
「シオンを連れていくんですよね?」
聞くと、露骨に嫌そうにする。
「そう。去年は個人の部門しか出なかったんだけど、団体戦にも出てくれって去年陛下に言われてるんだ。はぁ。あのチームで団体戦なんて勝てるわけないよ」
「そうなんですか……」
「モレルゾは家柄が良いから誰も逆らえない。ま、性格はともかく魔法師としての能力はあるしね」
苦々しげにモレルゾを評するエーディスさん。
モレルゾ氏の横暴は相当らしい。
食べ終わったので食器を片付ける。
「ごちそうさま。それじゃ俺は部屋に戻る。おやすみ」
私も片付けのために立ち上がる。
今日はついでにリビングも少し整理して、足の踏み場を増やそう。
文字も覚えないと、この先困るかもしれない。
やることがたくさんだ。
やりたかったのです。
名前で遊ぶの。。
ごめんね、モレルゾ。
まだ登場すらしてないけど。




