殿下と妹
今日も二回更新目指します。
どっと疲れながらエーディスさんの家に帰ってくる。
聞きたいことがあるならあとにしてくれ、と言われたので、黙っていたが、
「エーディスさん、質問解禁していいですか?」
じとり、見やると、若干ひるむエーディスさん。
「あ、ああ」
「……それなら、わたくしに聞いてくださいませ!」
さっき聞いた声が響き、つり目の美少女がバーン!と効果音をつけたくなる勢いで飛び込んできた。
「やあ、さっきぶり~」
そして、あとに続いて入ってくる相変わらずにこやかなガルグール殿下……。
一体どこから……!?
まず、質問ひとつめいいですか?
「どういう状況なんですか!これ!」
「あっはっは。驚いた?私たち兄妹はじつは仲良しなんだよ。
改めて紹介するね。私の腹違いの妹、キイナージュ・アルフィ・クアルーズ」
王女様がスカートの裾をつまんで優雅に一礼する。
「色々伝えてないことがあったからヒヤヒヤしただろう?ごめんね」
全く悪気がなさそうに謝る殿下。
王女様が肩をすくめる。
「相変わらず悪趣味ですわよお兄様。わざと言わずにいて焦っているのを見て楽しむなんて」
え!なにそれひどい!
顔に出ていたらしく、王女様がくすりと笑う。
「お兄様は悪戯好きなのですわ。害はないのでどうか許して差し上げてね」
しっかりものの妹さんのようだ。害、ない……か?
「私、てっきり殿下とキイナージュ王女様が王位争いで仲が悪いのだと……」
「どうぞキイナと呼んでくださいな」
キイナージュ王女様改めてキイナ様がにこやかにそう言ってくれる。
さっきの性格悪そうなのは演技なの?
「そう見せてるから。私とキイナは仲が悪く見えるようにね」
殿下が言うには。
殿下は、王族、そして貴族のなかでも魔力があんまりない。
(基本的に貴族たちは庶民よりずっと魔力量が高いので、少ないとはいっても魔法玉がなくてもたいして生活に問題ないレベルで平均的にあるのだが)
魔力至上主義の貴族社会で、色々言われはしたが、陛下の長男で、他に兄弟がおらず、魔力以外はとても優秀だったので王位継承権一位が揺るぐことはなかった。
しかし殿下が幼い頃に当時のお妃様、つまり殿下の母親が亡くなり、新しい王妃を迎えることになった。
そこで生まれたのがキイナージュ王女様。
彼女は魔力に優れ、この国の5本の指にはいる魔力量を誇るほどだった。
そうなってくると、魔力至上主義の貴族たちが、魔力のない王子より王女を王に、と言うことを言い出し、王女様を担ぎ出す貴族グループが現れたのだと言う。
王妃様は割りと乗り気で、言われるがままに陛下に進言したり。
暗殺、のようなことはそこまで頻繁ではなかったものの少しはあり、殿下と、会ったこともない妹王女は極めて仲が良くなかった。
「最初はわたくしも、魔力が低いなんてダメな兄と思っていたのですわ。
言われるがままに王位にふさわしいのはわたくしの方だと思っておりましたの」
しかし、兄と妹は邂逅を果たし、キイナ様は考えを改めたと言う。
「お兄様は魔力がなくても物知りで、何でもできて、優しくて、とっても格好いいんですもの!」
キラキラした大きな瞳で力説するキイナ様。
詰めこみ教育にうんざりし、一人で抜け出し、散歩をしていたときにたまたま殿下とエーディスさんに会ったらしい。
その時何をしていたのかは、エーディスさんが過去のことを何回もほじくらないでくれ、とげっそりして言うのでとりあえず今は聞かないでおいた。今度教えてもらおう。
そうして急速に仲良くなったが、それをアピールするともう少し直接的なやり方が増えるのではないかと懸念したゼクトさんに言われ、表向きは今まで通り仲の悪い兄妹を装っているのだとか。
本当はデレているのを判っててツンツンされる、新手のツンデレか……?等とくだらない思考が働くなか、
キイナ様はにこにこと楽しそうに言う。
「まさか、旗印のわたくしがお兄様派だなんて、誰もわかりませんわ」
「キイナは私を貶しながらじじいどもを転がしてくれるからね。表だって庇ったり賛成してたら、こうは上手くいかないよねぇ」
「まさか、演技だとは思いませんでした」
「ついでに、リクシール卿も知ってるからね」
「え!スパイですか」
「わたくしと同じで、煽りながら話の流れをこちらの意図する方へ持っていく役目ですわ。説得力有りますでしょう?」
あのポーズが某総司令似のおじさん、確かに発言力ありそうだったな。
「今日も良い見下しっぷりだったよ」
「うふふ、わたくし最近、劇で悪役をやることになりましたの。お兄様を貶すバリエーションが増えましたわ」
「お、次の学園祭が楽しみだな」
とても仲良さそうな兄妹である。
「まあそういうわけですから、あの展開はわたくしたちの狙い通りですわ」
「要するに、茶番劇だよ。あの会は。
だから心配要らないよ」
「3ヶ月みたいなこと言ってましたが……」
「3ヶ月後には君が良くできてようができなかろうが難癖つけてくるから、気にしなくていいよ。頑張ってくれれば助かるけど」
そう言うもんなのか……。
まあ、エーディスさんの役に立てるように頑張ろうとは思うけど。
そんなエーディスさんは紅茶を淹れてくれている。
あ!手伝わないと!
慌てて立ち上がるが、エーディスさんに制される。
「ああ、気にするな」
「エーディス、紅茶を淹れるのは上手いの」
「料理とかはからっきしだけど、紅茶は私が仕込んだからね」
「そうなんですか。……ありがとうございます」
一口飲む。美味しい。
「お兄様もわがままですわよね、メイドに頼めばいいのにわざわざエーディスにやらせるんですもの」
「エーディスの方が作るの早いからね。メイドをいちいち呼ぶのも面倒だし」
「それもそうですわね」
言いながら、キイナ様が思い出したように言う。
「そうですわ。エーディス、お願いがありますの。そろそろお部屋の模様替えをしたいのよ」
「……はいはい。かしこまりました」
「キイナ、君こそわざわざエーディスにやらせているじゃないか」
からかうような口調で殿下が言う。
「だって、エーディスの方が早いんですもの。メイドたちにやってもらうと半日はかかりますけど、エーディスなら1時間もかからないし……」
ぷくっと頬を膨らませつつも、最後は笑いながら応えるキイナ様。
「全く、人を便利屋のように……自分でやれば良いのに」
「わたくしこう見えて王女ですもの。ほほほ」
「よっ、便利屋エーディス」
エーディスさんがぶつぶつとこぼし、キイナ様が上品に笑い声をあげ、殿下が囃し立てる。
「エーディスは魔法だけは本当にすごいのですし、それを役立ててもらわないと」
「魔法だけなんていっちゃダメでしょ、キイナ」
「この家の有り様を見てくださいませ、何でもできる完璧超人じゃないことは明らかですわ」
「確かに」
エーディスさんのことを好き勝手に言っている兄妹。
エーディスさんはいつものことなのか反論もせず、自分で淹れた紅茶を飲んでいる。
「あなたもそう思うでしょ?」
キイナ様に問われて、少し考える。
「うーん。人より秀でたものがあるのなら、ダメなところがあっても逆にそのギャップが魅力になるんじゃないですかね……」
思い出すのはお姉ちゃん。
勉強はからっきしだけど、何かにハマると猛進して、どんどん上手になっていく。
水泳に、イラスト。
そして今は美容師の仕事に邁進しているお姉ちゃん。
私は器用貧乏な方で、何でもそつなくこなすけど、全部それなりにしかできなくて、自分で胸を張ってこれが特技とか言えるものがあるお姉ちゃんがいつも羨ましかった。
お姉ちゃんがやらないことがやりたくて乗馬を始めたけど、親の負担にならないようにしょっちゅうは行かなかった。
でもそれは、自分より上がいて、それに追い付けないことに対する言い訳だったかもしれない。
お姉ちゃんはテストで赤点とか取ってても、たくさん友達がいたし、仲間がいたし、私も大好きなお姉ちゃんだった。
会いたいな……。
「……」
遠い目をしてたのか、誰も何も言わずしばらく沈黙が流れた。
やばやば。
あわてて明るい声を出す。
「魔法だけ、でいいんですよ!
エーディスさんがこの上何でもかんでもできる完璧超人だったら、私必要なくなっちゃいますからね!」
「はは、そうだね」
「と言うか、この世のなか魔法だけでもできればたいていのことはできるんだから、エーディスさんはほんとにすごいですよ」
「確かにそうだ。エーディスはすごい」
「確かに、エーディスはすごいですわ」
なぜか二人とも私に追従してエーディスさんを褒め称える会になっていた。
からかっているのだろう。
「え、何この流れ……」
エーディスさんが仏頂面で言うが、ちょっと耳が赤い。
照れ屋らしい。
「と、こ、ろ、で」
キイナ様がずずいと身を乗り出して私に顔を近づける。
「じつはわたくし、小説を書いてますの。
結構読者もいますのよ」
「え、すごいですキイナ様!」
たぶんまだ15歳位なのに大したものだ。
素直に感心していると、
「わたくしの小説にモデルとしてあなたを出してもよろしいかしら?」
「え、あ、はい。どうぞ」
言うと、殿下が堪えきれないと言ったように吹き出し、エーディスさんはやれやれといった様子で額を押さえる。
「ありがとう!書き上げたらあなたにも是非読んでいただきたいわ!」
キイナ様は二人の様子もお構い無しで楽しげだ。
殿下が笑いながら言う。
「キイナ、おまえの本、今持ってないのか?見せてあげたら?」
キイナ様はにまっと笑うと、ドレスの胸の谷間から原稿らしき紙を取り出し、差し出してくる。
む、私の谷間より深い気がするぞ。
「お近づきの印に、書き下ろしの最新作をどうぞ。一部分だけなのですけれど。感想聞かせて頂きたいですわ」
少々どぎまぎするが、とりあえず受けとる。
笑顔で頷くので、早速読ませてもらうことにした。
「どれどれ……」
「……そういえば、読めないんでした…」
私は、キイナ様にがっかりした顔を向けてしまう。
キイナ様は、
「あら、そうだったの。それじゃあ…コホン。
私が朗読しますわ! 絶対に感想聞かせてくださいね!」
「な!?」
私ではなく、エーディスさんが声を上げる。
どうしたんだろう。
なんとも言えない顔をしたエーディスさんはそそくさとその場から離れようとするが、満面の笑みの殿下に抑えつけられた。
やめろ、放せとふたりの押し問答が続く中、気にすることなくキイナ様が私に笑顔を向ける。
「では、うふふ、恥ずかしいですけれどお聞きくださいね」
キイナ様が読み始める。
「 《『おまえのすべては、俺のものだ……!』
そう言ってディエスはルーグルを掻き抱いた。
ディエスの長い黒髪がルーグルの頬に落ちる。
ルーグルは、ディエスの感情をぶつけられ、それに応えようと無我夢中で受け入れる。
『ルーグル……愛してる』
『私もだ、ディエス』
二人はくちづけを交わす。
この空間だけ時間が止まったかのような、
そんな錯覚を覚えるほど、二人には、互いしかなかった。
「おまえが男でも、愛してる。
……おまえも、そう思ってくれるか?」
その問いに、ルーグルは金に縁取られた瞳でディエスを見つめしっかりと頷いた。》」
可愛い声のキイナ様から発せられる物語。
恋愛物語のようだ。
テンポの良い展開で進む話は、半分くらいはイチャイチャしていたが、まあ面白かった。
しかし気になる点が。
「このお話、BL?というか、この二人って……」
ふと顔を上げる。
ルーグルって、ガルグール殿下?
ディエスって、エーディスさん?
殿下は、楽しそうに笑い、殿下に押さえつけられたままのエーディスさんは赤らんだ顔ながら極めて不満げにこちらの様子を見ていた。
エーディスさんは目が合うと何かを訴える眼差しを送ってきたが、エスパーじゃないのでよくわからない。
キイナ様に原稿を返す。
「ありがとうございます。キイナ様、BL小説書いてるんですねぇ。モデルはこのお二人ですか?」
「びーえる?」
「男性同士の恋模様を描く小説のことを、私の世界ではボーイズラブ、BL小説と呼んでるんです」
「そう。今男性同士が熱いのよ!
王子と騎士なんて、イイ組み合わせでしょ?」
「確かに……。面白かったです」
言うと、エーディスさんが目を見開き、衝撃を受けた顔で私を凝視する。
わなわな震えながら首を振るエーディスさん。
「君、このままだと大変なことになるから、嫌がっておいた方がいいよ!」
「あーらエーディス。どういうことですの?」
エーディスさんに詰め寄るキイナ様。
「エーディス、私とデキてるんじゃないかって噂が流れてるんだよね。このシリーズ、じつは実話をもとにしてたりして……みたいな」
「え。デキてないんですか?」
「ぷ!あははは!」
こないだはすごくすごーく何かありそうな空気感を醸してたけど、あれで何もないの!?
私の言葉に、エーディスさんが力なく項垂れる。殿下、爆笑。
「やめてくれ……俺とガルグールはただの主人と従者で友人だよ」
「あは、冗談です」
エーディスさんが精神的ダメージを受けてるので、ジョークにしておく。
殿下がやれやれとため息をつく。
「エーディスは独り身だからそういう噂がたつんだよ。私に横恋慕してるみたいな話もキイナが書くし……」
「あの展開はなかなか好評でしたのよ」
と言うことは、殿下にはお相手がいるらしい。
まあ、王族だから婚約者の一人くらいいるだろう。
嬉しそうなキイナ様に、エーディスさんが恨みがましく言う。
「勘弁してくれ……最近、それっぽい男から変な手紙が届くんだよ!」
「あら、モテモテで良かったですわね」
全く動じないキイナ様。
エーディスさん、御愁傷様……。
「それにしても、あなた女性慣れしてらっしゃる?エーディスにあれやったら、顔が真っ赤になって面白かったですのに」
あれ、と言うのは、谷間から出したことだろうか。
「ああ、姉がいるので」
そういうことにしておく。
にしてもエーディスさん、兄妹揃って遊ばれているな……。
貴族たちを手玉にとる兄妹。
王様は、仲良くしては欲しいけど、王位争いはまあ仕方ないことだとある程度黙認してる状態です。あんまりひどいようなら口出しするつもり。平和主義者なので余計なこと言って波風たてる気はありません。
兄妹はいたずら好きなので、ガルグールが王位を継ぐときにバラして驚かせるために王様には黙ってます。
王妃様は乗り気だったけど、キイナがあんまりその気がないことに最近は気づいてます。
キイナは今は小説執筆で忙しいので、王様業なんて絶対したくないと思ってます。そもそも、兄貴と自分なら兄貴の方が向いてることはよく分かってるので。
2021/2/2 今更ながら、ご指摘いただいた小説読めない件を訂正しました。ありがとうございます!ホントそのとおりでした…。




