28話 クスクス
『逃げてください! 彼女らを犠牲にしてでも逃げるべきです! 今すぐこの場から離れてください!』
ヘルプちゃんが必死に逃げるように言ってくる。
俺は目の前のあり得ない現実を直視するのが精一杯で、逃げる余裕などない。
「あれあれー、何を遊んでるかと思えば……面白いことになってるねー?」
「あ、姉上……」
あの中級魔族の隣に、いつの間にか小柄な少女が立っていた。
深紅の瞳に銀髪の少女――戦っていた中級魔族と容姿が同じなので、言葉通り2人は姉弟の関係なのだろう。
しかし、それとは別にもう1人が近くに立っている。
全身を漆黒の鎧で覆われた2メートルを超える戦士の、あり得ない行動に俺は度肝を抜かれてしまっていた。
その戦士は、あろうことか上空からの池田の必殺の一撃を、片手の掌であっさりと受け止めていたのだ。
『現れた2人は上級魔族――いえ、最上級魔族と呼べる存在です! 勝てません! とにかく逃げてください!』
ヘルプちゃんが必死に言ってくれているが、もう逃げられそうにない。
むしろ今下手に関心を誘ったら、その瞬間にターゲットにされてしまいそうだ。
「まだあんまり強くないとはいえ、ここまでゼルがやられるなんて新鮮だねー」
少女はケラケラとなぜか嬉しそうに笑っている。
池田は鎧の戦士と対峙したまま動かない――いや、動けずにいる。
よくみればバットを掴まれているようで、池田はそれを振りほどこうとしてるようだが、まったく微動だにしていないようだ。
「人間ごときに遅れなんてとらないとか言っててさー……プークスクス……負けてちゃっててカッコわるー」
「………」
中級魔族――ゼルは無言で少女を見つめ返す。
「さて、少しは身の程ってものを理解できなかなぁ?」
「はい……姉上……」
苦虫を噛むよう辛そうに返事返していた。
「うんうん。素直はいいことだよ」
少女は弟から関心をこちらに向けてきた。
「はじめまして人間さん。私の名はルナリア・バーミリオン。一応魔王軍第四師団団長なんてやってるんから、よろしくねー」
そんな自己紹介をしながら、右手を胸の前あたりでヒラヒラと振ってくる。
可愛い……可愛いんだけど……。
圧倒的な魔力の前に恐怖しか感じることができない。
「でもゼルったらいきなりこの国を攻めちゃうなんて、ダメダメだよ。召喚された勇者はまだ全然弱いんだからさー。しっかりと育ってからでないと面白くないでしょ?」
あ、この少女思いっきり脳筋さんだ。
なんのトリガーで「じゃあ、私とも戦ってみよう」とか言い出すか分からない。
事の成り行きを静観しておこう。
「さて、十分遊んだでしょ? ゼル帰ろうね。帰ったら、これからは真面目に修練しようね?」
「……はい、姉上」
ゼルは姉に返事をすると、俺たちを見渡してから言い放つ。
「俺はもっともっと強くなる。その時、お前たちと決着をつけてやるぞ!」
「はい、負け犬の遠吠えー。超恥ずかしー」
姉はそれを見てクスクスと笑い飛ばす。
「ぐっ!?」
気まずそうにゼルは視線をさ迷わせる。
「ほらほら、ゴーラルちゃんもその子放してあげようよ」
「………」
彼女の言葉で鎧の戦士は池田のバットから手を放す。
池田は急いでこちらへ戻ってくる。
「弟の鼻っ柱を折ってくれてありがとうねー」
なんかこのまま見逃してもらえそうな流れっぽいぞ。
俺が安堵した直後――
「勇者様の到着だぞー!」
耳に届いた自称勇者の叫びに振り返り、そこに笹原康介の姿を確認して、俺は絶望を感じるのであった。




