本命な板チョコ
「はい、コレ。」
そう言って差し出したのは、さっき買ったばかりの板チョコ。
「今日のお礼。送ってもらった上に、買い物まで付き合ってもらっちゃったから。」
昨日はバレンタインだったから、お礼はやっぱりチョコがいいだろうと思って。
牛乳やパンと一緒に、買い物カゴに入れておいたんだ。
「ああ、…ありがと。」
そう言って受け取る大樹の笑顔に、思わず見惚れてしまう。
自分でも驚くくらい、あたし今こんなに大樹のことすきなんだなあ。
昨日渡せなかった手作りチョコを思うと、ちょっと哀しくなるけど。
それでも今日は、本当いい日。
今日は、朝から大学に行かなきゃいけなくて。
用が終わって帰ろうとしてるところで、大樹に会った。
話してる途中で急に雨が降り出して。
傘ないんだよねって呟いたら、じゃあ車で送ろうかって言ってくれた。
学校まで乗ってきた自転車があったし、急げばそんなに濡れないだろうとは思ったけど。
それでも、せっかくの大樹からのお誘い。
断るなんてもったいないこと、あたしには出来なかった。
二人で歩いた、駐車場までの三分間。
大樹の傘に入れてもらって。
大樹は、あたしが濡れないよう気遣ってくれたみたいで。
左肩が少し濡れてた。
初めて乗る、大樹の助手席。
でも、普通に行けば五分で家に着いてしまう。
それが嫌で、「そういえば買い物しなきゃいけなかったんだよね」ってちょっとわがまま言ったら。
「じゃあ、スーパー寄ろうか?」って言ってくれた。
隣に並んで買い物してると、何か恋人同士みたいで。
周りからどう思われてるんだろうって、ドキドキしてた。
そんな感じで買い物も終わって、今はアパートの駐車場に着いたとこ。
別れ際にお礼のチョコを渡して、それで終わるはずだった。
けど、板チョコ一枚でこんなに嬉しそうな顔してる大樹を見たら…。
卑怯だよね。
こんな笑顔見せられたら、期待してしまう。
昨日のチョコあげてたら、どんな顔してたんだろうって。
本当のこと、言いたくなってくる。
「本当はね、大樹用に作ってたんだよ、チョコ。」
サークル仲間に配る義理チョコとは、別に。
どうせ渡せないからって思ってたんだけど。
「渡す渡さないは別として、一応作っといたら?」なんて沙希が言うから。
「え、ホントに?」
大樹は愛想笑いとかは下手だけど、嬉しいときは本当に嬉しそうに笑う。
今みたいに。
普段クールなくせにね。
けど、そんな所がすき。
そう思うと、あたしの頬も自然に緩んできた。
「うん。」
「へえ…。」
こうやって口元に手をあてて笑うのは、照れたときの大樹の癖。
大樹は気付かれてないつもりかもしれないけど、あたしはちゃんと知ってる。
「…もう、ないけどね。」
「ん?」
「昨日、自分で食べちゃった。」
「え、何で?」
「……渡せなかったから。」
「ああ、…昨日会わなかったから?」
何も食べることないのにって感じで呟く大樹。
あたしからチョコ貰えなかったこと、そんなに残念に思ってくれるんだ?
でも、貰えるチョコが一個減ったからそう思ってるだけかもしれない。
もしそうなら、こんなに哀しいことはない。
あたしのこの想いを、どうでもいいような人の義理チョコと一緒にしないで。
「だって、……義理じゃないんだよ?それでも、貰ってくれてた?」
あたしの震える声を聞いて、大樹にも伝わったみたいだった。
昨日の夜、あたしがどんな想いで一人チョコを食べてたのか。
戸惑う大樹。
返事を貰うまでのこの瞬間が、すごく嫌い。
もっと、嬉しそうな顔してくれるかと思った。
すきだったのは、意識してたのは、あたしだけだったんだ。
馬鹿みたい。
何であんなこと言っちゃったんだろ。
逃げ出したくなる。
「ごめん。今の忘れて。」
聞こえるか聞こえないか。
そんなくらいの声だけ残して、あたしは助手席のドアを開けた。
「あっ、広瀬。」
呼び止められて、仕方なく止まる。
本当はもう、これ以上ここに居たくなかった。
今の顔は見せたくない。
緊張とか不安とか後悔とか、色んな負の感情を混ぜたような、きっとそんな顔してる。
だから、大樹の方は向かない。
助手席の窓から、振り続ける雨を眺めながら。
大樹の次の言葉を背中で待った。
「広瀬…。」
大樹の方に体を向けながらも、あたしは俯いたままだった。
今、大樹の顔なんかまともに見れない。
「…貰ってたよ、チョコ。義理じゃなくても、」
「え?」
視線を大樹に戻すと、そこには少し赤くなった大樹の顔があった。
「俺もずっと前から…、広瀬のことすきだった。」
それから、あたしの部屋でさっきの板チョコを食べた。
もちろん大樹と一緒に。
コーヒーを飲みながら、大樹は言った。
「来年は手作りのがいいな。」