こんにゃく破棄
「まさか貴様がヒロイン一般市民をいじめてるとは思わなかった私、王太子である」
きらびやかな貴族社会で何故かしら皆さんがイライラをあらわにしてる具合があるとは、
なかなか思わないことではありますが、そうですね、
こういった上流階級の暮らしというのは一にドレスで二に礼服みたいな、
そういう決まりがありまして、その中でも一大イベントなのが、
「悪役だ! 悪役だ! 悪役令嬢だ!」
そうです! 皆さんがお好きでお待ちかね、悪役レスラーの登場だ!
「ふっはー! 王太子! そいつは許せねえ女でなあ!
いろんな男をとっかえひっかえしながら身分を偽装して、
がんがん攻めてきたそんなドギツイ女だぜ!
確かにヒロイン候補かもしれねえ! だがそいつを選ぶということは!
王様の! 立場も! 地に落ちたってえ! 事だあああ!」
くっ、こんなやつがヒロインレースに出馬してたんてねえ!
「そもそもお前が令嬢をやりながらチャンピョンベルトをしてること自体が、
王太子として不服なのである、もうすこし普通の令嬢ならば、
まだ情状酌量の余地があったものを、まさかこんな暗器でここまで、
上り詰めていたとはな!」
暗器! それは使ったら最後、実力よりも重視される激ヤバなものである!
「ひ、ひえ、まさかマニラ嬢がこんな危険なものを使ってたなんて! 王太子様!」
「そうである、ヒロイン一般市民よ、これが貴族階級と悪役レスラーを行き来したものの、
末路よ、さあ、もはや貴様ら公爵家との付き合いはこれまでだ!
くらえ! こんにゃく破棄!」
こんにゃく! それは暗器! プロレスラーにおいて! あつあつのこんにゃくを使った、
攻撃はほぼ全裸に近い筋肉ボディに多大なダメージを与える!
そう! 我らが悪役令嬢マニラ・ジ・ヒールはこの最強の暗器でここまで上り詰めたのだ!
そんな彼女がまさかこんにゃく破棄されてしまうとは!
「ふっ、このわたくしが、どれだけこんにゃくを扱いなれてるか、
分かっていなかったようね!」
「な、ばっ!?」
そ、そんな!? こんにゃくを箸でつかむなんて! 箸を使って天下統一をなした、
豊臣秀吉でもこんにゃくはつかめなかったという逸話が残ってる程なのに!
マニラ・ジ・ヒールはもしかしてあの伝説の日本人が転生したら悪役令嬢だった件なのでは!?
「そして、このおでん屋の屋台でじっくり煮込む!」
「へい、まいど!」
「なん…だと…」
公爵家の財力をなめてもらっては困る、そうおでん屋くらいいくらでもリングの外に出せる、
それくらいの財力を示せば、それだけすごいパワアがあることは一目瞭然なのだ!
「そしてくらえ! こんにゃく返し!」
「ぐっぐわあああああああああああああああああああああああああああ!!!!
あっちぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
おミヤビな方々はこれにはさすがの困惑の色を隠せない、
おでんがもうもうとあげる湯気はまさにスチームパンク!
圧倒的な熱量が王太子ルシファーを襲った!
「ルシファーさまああああああああああああああああああああああああ!!!!」
今や、マイクを握ってるのは、悪役令嬢マニラ・ジ・ヒールその人だ!
「いいか!? よく聞くんだ! こんにゃくは! 食べ物だ!
それを箸で受けずに! 口で食わない奴らは! 食物の廃棄ロスを増やす奴ら!
王族である資格がない! 人間として! 大事な! 資質が! 足りてない!
こんにゃくに歯が立たない時点で! こいつに! 王の! 資格は! 無い!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「は!? ま、まさか! これは一般市民の熱気!? そ、そんな!
ヒロイン一般市民であるこの私よりも、悪役令嬢のほうが、
一般市民から理解されてるっていうの!?」
いまや王都を取り囲んだ市民の数を見よ、彼らは、密輸入されたこんにゃく粉の虜であり、
パンがないならこんにゃくを食べればいいのに、とマニラにマイクで言われ続けた結果、
主食がおでんになって、スチームパンクな世界観ができたのである!
「おでんのつゆこそがスチームパンクの証! スチームパンクは貴族の証!
その中でどれだけ煮込んでも弾力を! 残したままのこんにゃくは!
筋肉だ! 筋肉そのものだ! お前ら! 誰がチャンピョンだ!?
おでんだ! こんにゃくこそがおでんの王だ! みるがいい玉座を!」
なんということでしょう、そこには熱気をもうもうとあげるこんにゃくがあるではないですか!
どこの! だれが! このこんにゃくを! 破棄できるというのでしょうか!?
玉座は今やもう、完全におでん屋の屋台です! スチームパンクの心臓部ともいえる!
ならば、もはやこの世界は産業革命! 圧倒的熱量が市民のうねりとなって、
王政をぶっ潰す革命の渦に呑まれていくのです!
そう、いまはまさに弱肉強食の時代!
蒸気に耐えれるこんにゃくのような丈夫さがなければ!
こんぶのような出汁がとれなければ!
だれも! いきては! いけない!
それがスチームパンクなのですから!
「さて、つかれたなヒロイン一般市民よ」
「そうですね悪役令嬢マニラ・ジ・ヒール」
おでん屋の屋台で酌み交わす二人のヒロインの間には、
もはやこんにゃく破棄するような王政も貴族院もありませんでした。
「――――――わたしは大事なことを見失っていました、
王政が永遠に続くものだと思って、貴族もいなくならないと、
そう考えていましたわ、ですけど、このスチームパンク世界の主流は、
今や一般市民でしたのね」
「そうだ、ヒロイン一般市民よ、私も長年、悪役令嬢としてマイクをとってきたが、
時勢にはかなわなかった、今や時代の最先端はスチームパンクだ、
もうもうとあがる湯気に熱々のおでんが市民の食の基本だ、
いまだにパンとか食べてる貴族崩れには分からない庶民の味だよ」
パンが無ければおでんを食べればいいとかいってる日本人も、
相当だと思うけどな!
完