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虚腑  作者: Фonon
Au Départ...
6/6

§5 新雪に咲く一輪の梅

思ってたより全然グロテスクじゃ無かったです.

でもモチベ的にはこの話が完成出来て嬉しいXD

「んぁ?」


 鳴いた.

 いや,あれはあれで喋っているのだろうか?

 兎も角,この一瞬で言語による意思疎通が出来ないのでは無いだろうかと思わせる程度には知能を感じさせない,一種の喃語の様な声を上げた.


 それにしても何故話しかけようと思い至ったのだろうか.地図なら手元にあるし,電池の残量が少なくても携帯充電器のお陰で慎ましく使えば数日は凌げる.人里が何処にあるかなど尋ねる必要もない.ましてやこの寒さの中ワンピース一枚で羽を生やして宙に浮いている女児とか,怪しさ満点の存在だろうに.


「ぁあぁ!」


 「しまった」と思った時には既に遅い.直後,おびただしい数の赤い光球が飛来して来た.

 咄嗟に右腕で光球を受ける体勢に入ってしまう.しかし光球は反応が遅れたが故に腕では無く,右手の小指の根元が丁度良い高さに達したタイミングで着弾.

 最初の一瞬は見ての通りと言うべきか,電熱線ヒーターの目の前に手を出した時の様な熱さを感じる.尤も,寒さと雪でかじかんだ手にとっては未だ暖かいものだった.その次に目の前でまるでフラッシュの様な,より一層の輝きを放った光球をみると同時に感じたのは,火傷をした時に感じる肉の焼ける痛み.それが手の外側半分から襲いかかって来た.


「......っ!」


 思わず上げた腕を下げてしまうが,その後ろからは放出され続ける光球が迫って来ている.なりふり構わず背を向けて全速力で走り出す以外に無かった.幸いにも光球の速さは遅く,精々10センチ程ではあろうが新雪の上を全力で走れば振り切る事は出来た.光球に限った話でしか無かったが.


 得体の知れない“空飛ぶ幼女”は自身の放つ光球を追い越す速度でこちらへ迫って来る.発生源の移動に伴い密度の濃縮された光球“群”は最早直視するに耐え難い程の光量を放ち,そんな光の壁をバックに浮遊するあどけない幼女が抱擁を求めるかの様に両手を広げ,尚も光球を放ちながら追いかけて来るとは何処の世紀末なのだろうか.


 ただひたすらに走った.しつこく痛み続ける右手をどうするもなく,所々緑色の残る木々の間を縫い,右も左も判らなくなる事も構わずに走る.だがそれは返って相手を良くも悪くも興奮させる結果となった.


「んなっ!」


 右に曲がろうとした瞬間,目の前を光る棒が遮った.間も無くそれが消失したり,周囲の空気がやけに熱せられている事からそれが光線だと直ぐに解るが,何よりも懸念すべきはそれの到達速度が光球のそれと比べ物にならない程に早かった事だろう.正に「出現し消えた」と言うべきレスポンスタイムを誇るそれは着弾した生木を焼き切り,それが今,こちらに向かって倒れて来ている所だった.両手でギリギリ囲えるかと言ったところのその木は,幼女の真横に立つ別の木へと倒れ掛かり,その枝葉に積もらせた雪を我々に振りまく.


「きゃっ!あっはぁ〜!」


 その相変わらず楽しそうな声を再び聞き振り返ってみれば,降りかかって来た雪を嬉しそうに受け止める幼女がいた.そこだけ切り取れば非常に様になっているが,幼女は空中に浮遊しているわ,光球の壁は......先の雪によって消え去った様だが背後で木々が勢い良く......燃え盛っていた.

 右頬に遅れて痛みが走る.光線自体には接触していないも余熱で火傷をしたらしい.尚も雪遊びを続ける幼女を尻目に,そそくさとその場を離れた.


 暫く進んだ所で次に出くわしたのは,獣か何かに食い荒らされたのか無惨に放置された遺体だった.右腕は引き千切られ上腕骨が露出し,被服は腹と脚が酷く破かれ内臓が食い荒らされている.僅かながら臓器の残骸が筋肉や皮膚にこびりつき,腹を開いた時特有の臓物の匂いをばら撒いていた.辛うじて繋がったままの左手は名残惜しそうに包丁——十中八九山刀だろう——を握ったままだ.頭側には少し離れた所にライフルと思わしき物が転がっている.


 死体から物を剥ぐ,と言う行為は当然ながら経験が無い.某ハードコアFPSなら躊躇なく行える行為も,実際の遺体,更には損傷の酷いものを目の前にして,その血液やら肉片やらで汚れた遺品を回収する気にはなれなかった.いずれ追って来るであろう幼女の気を多少は引いてくれと本来であれば不謹慎であろう事を考えつつ通り過ぎようとしたが,その上着のポケットから散乱している物が何かを理解すると共にその考えを放棄する事となる.乾いた血液と土で汚れきっていたそれらはしかし,非常に見慣れた形状と真鍮特有の光沢を覗かせていた.ここに来て初めて運が回って来たと言うべきか,それらは一目でそれと判る——そして何よりその状態こそ未使用の証である——状態だった.普段から使い慣れているものに比べて全てが格段に大きい上に,その規格の割りには見慣れない下部のリムが存在したが,先に見つけた長モノに装填するであろう事は明白だった.リムファイア式かと思いきやちゃんと雷管がはめ込んである珍妙な装弾であった.


 生半可な気持ちでは実行に移せなかった行動も,「相手は殺しにかかって来ている」且つ「刺し違えであろうとも反撃出来るだけの環境が存在する」と言う二つの条件が奇跡的に噛み合わさった結果,その後は早かった.“汚い”,“おぞましい”と言った感情は生命の危機に立たされていようが易々とは消えなかったが,一泡吹かせてやると決め込んだ直後の興奮状態ではそれら全てを忘れる事が出来た.


「あぁ〜!」


 今一番聞きたくない声が再び背後から迫って来る.遺体の手から右手で山刀をもぎ取り,同時に左手で側に落ちている弾を土ごと掴み取った.指で弾に付いている汚れをこそぎ落としながら,山刀を中段に構え半身になりつつ声の方へと振り向く.光線は威力さながらそう連発できるものでもないらしく,空飛ぶ幼女は俺と対面した後に再び光弾をばら撒き始めた.


 ——ハッ,そうかい.なら責めて道連れにしてやんよ!


 山刀を右に薙ぎ払い目の前に迫った光球を受け,同時に目を瞑りスパークに耐える.身体に接触する手前で処理しているとは言え,余熱で前髪が焦げたのかケラチンの焼ける臭いが漂う.そのまま右手を返し,僅かに振りかぶり山刀を幼女へと投擲した.同時に可能な限りの脚力でもって後方へ飛び下がり,光弾から少しでも多くの距離を稼ぎつつライフルへと近づく.


 稽古に行くのをやめてかれこれ数年経とうとも,剣道をしていたが故の癖なのか後に向って移動する時は摺り足になる.お陰で平時にはそれなりの速さでもって移動できるが,運動不足だったりすると簡単に足をもつれさせて転ぶことも稀によくある.そして今現在,万年運動不足気味な上に足場が悪かった.転ぶのも当然と言えよう.しかしこの時,この瞬間に於いては不幸中の幸いであった.


 投擲された山刀にびっくりしたのか,幼女は二度目の光線を放って来た.断面の一部は山刀に当たりそのエネルギーを熱に変えたり反射されて散乱させたりするが,残りはこちらへと直進して来る.それは丁度カンマ数秒前に上半身が位置していた場所を通過し,新たに樹木を一本伐採するに至った.

 すぐさま体を返し,目先にある長物へと手を伸ばした.起き上がりつつしっかりとそれを握りしめ,再び走り出し距離を稼ぐ.先の投擲で相手を興奮させている為,死体は全く意に介されなかった.幼女は相も変わらず煌々と紅く光るバックライトを伴い追って来る.


 途端,足を踏み外した.雪のせいで地面の凹凸が見えにくくなっており,窪地へと転げ落ちる.銃を抱え込んで倒れ込んだ為,最早サイトは滅茶苦茶になっているだろう.それでも,幼女との高低差と地形による障壁で光弾は少しの間防ぐ事が出来る.すぐさま仰向けに転じ,抱き抱えていたライフルのボルトを引く.まぁ,ボルトを垂直まで上げなければならなかった所には少々戸惑ったが,それ以外にこのやけに太いボルトハンドルを引けるような切込みが存在しなかった為直ぐに判った.前の所持者が最後に撃ったであろう一発の分が排莢され,薬室を覗き込むが当然ながら外見道理弾倉は見当たらずただ鋼鉄の筒の内面が鈍く光るのみだった.


 ——競技用と同じじゃねぇかよ


 ならば話は早い.左手に握りしめたままの数発の中の一つを薬室へ挿入する.その状態故か薬室の閉鎖には思った以上に力をかけなければならず,時間を失う.ボルトは外見からして単純な作りであり,安全装置らしきものは一切見当たらない.引き金を引きさえすれば,今までに扱った事のない大口径を発砲する事となる.


「ぁあああああああ!!!」


 現れた.

 空中に浮かびながら,こちらを見下ろす様にして目を見開いた幼女が明らかに不機嫌な声を発して.


「ぅぁあああ!」


 そして,その短い両手をまるで万歳でもするかの様に振り上げる.必殺技でも繰り出して来そうなその仕草は実際,それの目の前に自身の頭程の大きさに光が出現させ始めた.

 だからこそ——


 ——発砲した.


 .22(22口径)LR(ロングライフル弾)とは比較にならない程の衝撃を肩に受け,地面と銃に挟まれ圧迫されると同時に銃身が勢いよく跳ね上がる.最早オープンサイトである事も関係無く,ストックに顔面を殴打され目を瞑ってしまった.

 耳の痛さにも苛まれ,初めて耳栓をせず大口径を発砲する愚行を犯したことに気付くが時既に遅し.顔面の打撲と消えない耳鳴りに悶え地面を転げ回り,幼女への警戒を完全に怠っていた.


 顔面の痛みが(耳鳴りは一向に)少しはマシになった頃(消える気配は無いが),右目の視界が流れ出る涙の所為でぼやけつつもようやく立ち上がる.それまで地面をのたうち回っている間に幼女からの攻撃らしきものが一切無かった事に気付き,辛うじて銃口を持ち上げつつそれのいた方向へ振り返った.


 其処には,白地のキャンパスに真っ赤な絵の具を遠慮がちにぶちまけた様な模様と,目を見開いたまま横たわる幼女があった.

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