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虚腑  作者: Фonon
Au Départ...
5/6

§4 全ての始まり

 凪いだ夕暮れ,船一つ無い海.

 その光を水面に映し西の地平線へと沈みつつある夕日は,世界を赤橙色で包み込む.


 硝子(ガラス)のはまっていない小屋の窓から,石と鉄の灰色に包まれた港町とその背後にある港が黄昏の時に飲み込まれて行く様を,私はじっと見つめていた.

 幾度となく眺めて来た景色と言う事もあってか,人に言わせれば「感動的」なこの光景も私にはひどくつまらないものにしか見えない.


 何より,ここには“色”が存在しない.


 目の前には確かに港町がある.だが,数多の感情が作用し合って初めて生まれる“色”は,この場には一切存在しなかった.


 つまりはそういう事だ.

 折角ここまで美しい景色を用意しておきながら.一切の役者を登壇させず,変化の起きない平穏をこの場所に求めた彼の事がいまだに理解しきれない.


 一つため息をつき,手元の資料へと目を落とす.部屋には紙の書類が詰まった保管箱と各種映像を保存する記録媒体が山を成していた.机の上に存在する僅かながら天板が覗くスペースにはノートパソコンとポットに入った紅茶,そしてキャラメルチョコレート.これからする事を考えれば余りにも少な過ぎる食糧ではあるが,余り時間を掛けたい事でもない.食事は摂らずともどうとでもなるが,甘味を覚えてしまったが故に飲まず食わずは精神的に耐えがたいものとなってしまった.


「ほんと,何がいけなかったんだろ......」


 再び夕日を眺めていたら,ふと独り言が口に出てしまう.弱音を吐いてしまう辺り大分やられている事をひしひしと感じつつ,天井から吊るしたカンテラに灯を入れた.


 チョコレートを一粒頬張り,手にした中で最も情報密度の濃い資料に目をやった.


 ID: 392AL:A-06

 氷川(ヒカワ) 晶都(アキト)(H██/██/██)

 備考:

  R█年,遠野ゲートエリアより生還,同時に親和革命派8人を惨殺.

 ......


 ――――――


 両手足の凍えは限界に達しており,幸いにも雪面に直接触れているのは顔半分だけであっても上着越しに雪の冷たさと外気の寒さがじわじわと襲ってきた.言ってしまえばかけていた布団の中身が片方に丸まりきって起こされる真冬の朝,と言うシチュエーションを幾ばくか過激にした起き方だ.


 すぐさま冷たさは痛みへと変化する.顔面の右半分は冷水に長時間浸けられたかの如く痛み始め,耳も凍えるが故に軽く頭痛にもなっている.急いで体を雪面から離し膝立ちすると,辺りは一面の銀世界だった.

 顔の右半分に残る異物感を取り除く為に手で付着した雪をこそぎ落とすも,最早感覚は半分無くなっており,ただジャリジャリと氷の粒が皮膚を転がる痛みを感じるばかりだった.


 時計を見ると,時針は2月11日6時34分を指していた.空は低く鉛色に染まっているが,その向こうでは太陽がこちらを照らしているであろう事が判る位には明るい.まさか一晩中ここで寝ていたのかと呆気に取られそうになるが,そもそも俺は——


 ——何処に......居た?


 自分が,妻夫木行宏と言う人間がどのように生きて来たかは問うまでもなく把握している.その一方で,寝落ちするまでの経緯と言うものは数日分の記憶ごとごっそり無くなっていた.何故にこんな辺鄙な場所にいるのか,そしてそもそも何故凍死しかねない場所で寝落ちしていたのだろうか.疑問は尽きないが,最後の記憶と現状の整合性が無い以上考えるだけ無駄であろう.早々に思考を放棄する.


 携帯端末の電池はこの寒さの中幸運にも残っていた.更に言えばリュックの中にはモバイルバッテリーも入っていたし,某大手マップアプリケーションがやっとの事で日本でのオフラインマップに対応した事もこの場に於いて絶大な効果を発揮した.案の定通信圏外ではあってもGPS機能のお陰で場所の把握が可能となり,無事現在地が取得されスポットされた場所へと表示位置が移動する様を見て安心する.だが圏外故に救助が呼べないと言う事実に気が付き,すぐさま焦燥感に駆られる事となった.

 さらにそれに追い打ちをかけたのが,手元の端末から提示された情報だった.


「ハハハッ,遠野市とか,何の,冗談,だよ」


 声を出さずにはいられなかった.焦燥感に動揺が加わり声が震えるが,画面は紛れもなく遠野市,カッパ淵の少し上流を示していた.その一方で,目の前には民家の一つとて存在しない.


 ——ああ,俺,死ぬんだな.


 一周回って冷静になってしまう.あまりにもな呆気なさと現実感の無さで思考は停止し,「とりあえず」のテンションで本来市街地のあるであろう方向へと歩き始めた.白黒の林の中へと.


 遠野市に限った話では無いが,未開拓状態のゲートエリアからの生還率は当然ながら低い.“迷い込む”,即ちトランス状態になり“こちら側”に来てしまう人間は大概の場合着の身着のままで放り込まれる訳で,例えば食糧(特に水)が無く餓死,現地の野生動物により喰われる,現地人に拉致されると言った状況が一般的だ.昨今でこそ対GA(ゲートエリア)兵器の登場によりシス-トランス状態のコントロールはある程度されているものの,ゲートエリア内に侵入した場合低く無い確率で迷い込む事となる.スターリングラードGAの時などは軍が領域内にキャンプを張ってトランス状態になるのを待ったそうな.


 そんな領域だからこそ,現地政府はけじめを付ける意味合いでも早急な対応を迫られる.出現したら最後,その領域の住民はまず助からないからだ.そして大体の場合解決策は「占領」と言う形をとる事となる.

 その一方で遠野GAでは未だに小競り合いが継続中だ.先進的な各種兵器群を用いても生半可な占領状態を維持する事しかできないのも,ここが「魔境」と呼ばれるが所以の所為である.そんな場所だからこそ他のGAにも増して生還は絶望的であり,一帯が厳重に封鎖されている中で近付こうとする人間も一部のラリった連中に限られるのだ.


 現在異世界(向こう側)で確認されているアノマリーにとって,一般的には最上級かつ最難関の部類に入るであろう時間操作能力,因果律干渉能力が,遠野では平然と行使される.それでもって遊び感覚で交戦状態に持ち込んでくるサイコパス集団がこの世界の支配層であるが故にその危険度は群を抜いて高く,稀に他国の調査団が立ち入るものの二度と出てこれないかろくな情報も掴めずに撤退するかの二択となっている.

 タチの悪い事にこれらは見た目だけは良いのだ.それ故に親和革命派等と言うふざけた“ファンクラブ”が出来上がってしまい,政府の封じ込めを猛烈に批判する.批判するだけは一人前だが,見目麗しき少女達が新しい玩具をもらった時のような笑顔で致死的な攻撃を乱発して来る事に関しては“多様性”の一言でうやむやにしようとする阿呆共である.


 小ネタは置いておくにしても,件の変態共が熱を上げる対象が目の前にいる.言われてみれば確かに,非現実的なまでに顔立ちの整った,可愛らしい幼女だった.背中からは二対の丸みを帯びた半透明の羽根を生やし,このクソ寒いなでにも関わらず白で縁取られた赤いワンピース(しかも半袖という狂気だ)を身にまとっている.


 可愛らしい見た目と言うものは,特に人間に対しては警戒心を緩めさせる事を非常に容易くする.俺の場合も例に漏れず,それに対して,まるで普通の子供であったかの様に話しかけようとする愚を犯した.この時ばかりは,ここ(遠野GA)が誰一人信用してはならない,F(Free)F(For)A(All)の世界観である事を忘れてしまったのだ.


 作品名をつけるなら,「絶望を届けに来た天使」.

 数少ないエンディングの中で最悪のものとなる分岐をこの時選んでしまった.

ここからハードコアになっていきます.


IDが出て来るのも2回目なので少し説明すると:

[ISO3166-1 numeric(出身国コード)][オブジェクトクラス] : [カテゴリー] - [カテゴリー内通し番号]

となっています.

解説しすぎるとネタバレになるので今回はここら辺で.

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