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虚腑  作者: Фonon
Au Départ...
3/6

§2 固有██

9月10月の日程おかしいでしょ.

忙し過ぎ.


前回はノリで書いてましたが,読み返すとだいぶヒガミっぽかたので確実に改稿します.

申し訳御座いません.

 心地良い暖かさの中,日頃都会では味わう事の出来ない様な,所謂“新鮮な”風に当てられ,自分のいる場所が射場のマットの上でない事を悟った.目を開けてみれば一面の青と,薄っすらと筋を引いたよな雲が黄金色に染まった草本の隙間から伺える.


 記憶に残る視界の回転と吐き気は治まっており,ただ一方で着ている服は射場にいた時と変わらず.適度に乾燥した地面に手をつき起き上がって見ると,左手にあぜ道がある以外の一切が草原だった.背中に付いた草を払い落としながら周囲を見てみるが,どうやら手荷物の類は一切無いらしい.ポケットの中に常備しているリップクリームでさえここには存在しなかった.乾燥していようがいまいが関係無く必要な常備薬の類であるが故に,少々先が思いやられる.


 夢にしても少々生々し過ぎる五感から伝わって来る情報に,「そもそもこれは一体何なのか」と疑問を抱かざるを得ない.果たして自分はあのまま寝落ちしてしまったのだろうか.余り長時間寝ていると方々に迷惑が掛かる為,出来るならば早々に目覚めたく思っていた.


 見たこともない草原が,日本国内でそうそうお目にかかれない広さで広がっている.電柱,送電鉄塔や舗装道路の類が全く見当たらない.遠くに山々が連なっているのが見える.太陽が……正午付近か.


 ——参った.


 多少現実逃避の意味も含め夢見である可能性を指摘してはいたが.流石に一般人なら夢なのか現実なのか位の判別はつく,と言うかつかなければ色々と末期だと思う.


 天球で以って考えてみよう.ここが日本で無いと決めつけるのも危険ではあるが,そもそも北半球か南半球か判らない為方角は北半球と仮定してのものになる.動きが分かればその時に答え合わせ出来るだろう.若干あぜ道の方向に傾いて太陽が位置しているから概ねあぜ道が東西に延びていると言ったところか.


 ——とは言ってもどっちが東なのかも分からないんだけどね.


 高校時代に培ったウル覚えの地学の知識で暫定的に方角を決めた.高確率で間違っている気がしてならないが,果たして何処に向かうべきなのか.冷静に考えて,この現在地不明な場所から徒歩で見知った場所に出るとは思えないし,ましてそこが話の通じる場所とも限らない.


 ——そう言えば,いつかこんな場所に......とは思っていたけど,まさかこのタイミングで来るとはね.


 暑過ぎず,寒過ぎず.空気は乾燥し,日本で言えば秋に近い様な気候だ.辺りは見渡す限りの黄金色.起伏はあるが概ね平原で,遠くに山々の連なりが薄っすらと窺える.全く,帰りたく無くなる情景を用意してくれたものだ.

 必死になって故郷へと帰る方法を探すかと言われれば,どちらとも言えない.正直に言ってしまえば,このままここで一人果てるのもいいかとさえ考えてしまう.とは言え飢えと渇きに苦しみながら死ぬのも嫌なので,取り敢えずは移動する事とする.そこで東西どちらに行きますかと聞かれた場合,


「東だな」


 単純に好みの問題となって来るのである.

 踏み固められてはいるもののゴロゴロと礫の転がる一本道は,これもまた延々と東西に伸びている.東方向に向かっては数キロ先に丘があり,それを超えてまで続いているかは定かではないが少なくともその頂上まで続いていた.改めて東西を見比べてみると東側は丘に近付くとカルスト地形の様な,白っぽい岩が黄金色の絨毯から顔を覗かせている.一方で西側に連なる山影は丘に隠れてか見えない.


 再度軽く背中を払った後徐ろに歩き出してみたものの,手ぶらで屋外を歩く事に対する違和感がこの場所で気ままにいる事を邪魔した.それでも秋晴れの空と心地よいそよ風は違和感をたちまちに取り除き,次第にいつしか初めて一人旅をした時の様な開放感を満喫する様になっていた.木の一本すら無い,代わり映えの無い風景は早々に飽きが来るかと思いきや,何も考えず歩くには快適な環境だった.いつもなら移動時間は必ず音楽を聞いていたものだが,ここでは返って邪魔になるのかも知れない.


 ————


 小一時間歩いただろうか.カルスト地形(仮)も終盤に差し掛かり,あと少しで丘の頂上と言う所まで来た.

 少なく無い距離を歩いたのだし,喉の渇きの一つでも覚えていいのでは無いかと思う頃合いであったものの一切の生理的欲求が湧かないのは少々不気味であった.まして足の疲れすら感じ無いのだから,この場所で覚醒した前後の記憶と相まって死後の世界,又はそれに準ずる所なのだろうと薄ら薄ら感じる.

 そして遂に——


「おぉ......」


 丘の上に辿り着いた.

 手前側に湾曲した湾と大海が,荘厳かつ重厚な造りの建造物の合間と両端の岬から微かに窺える.何処かの大聖堂かの様な大型建築物を中心に展開する街もまた,同じ様な色合いと建築様式を取っているせいでまるで一つの巨大な施設であるかの様に見えるが,ちゃんと尖塔の合間に欧州に見られる様なアパルトメントが存在している.人で賑わっている様には全く見えなかったが.

 湾に面している為港街と思われるこの場所に至るには,また少しばかり平地を歩き続ける必要があった.道は無論の事街まで続いているものの,区画との境界まで舗装されることはない様子だった.


 街までの下り道は登って来た時のものよりも長いもので,途中に一回平坦な場所が存在した.そしてそこには一本の,決して大きくは無いがブランコ位は吊り下げられそうな木が立っている.


「これは......いよいよもって三途の川かなんかかな」


 この時初めて気が付いた.この場所が,かつて夢見に出て来て以来,折に触れては帰巣本能を刺激される場所であった事を.

 忘れようが無い,この孤独に立つ一本の木と,その根元に建てられた小さな小屋.いつ建てられたかも判らないそれはしかし,つい先日建てられたかの様な佇まいで枯葉に埋もれる事も無く,湾を見下ろしている.


 この小屋と木を見てからは走り出さずにはいられなかった.その場所へ急ぐ正当な理由は無い.だが,そこへ歩いて行くだけの余裕を失くすまでに,何かが自分を駆り立てていた.


 鍵の付いていない取手だけの扉を勢いよく開け,小屋の室内を見渡す.此れと言って特別な物がある訳でも無く,ただ開け放たれた窓の手前に粗末な造りの机と椅子があるだけだった.ただ一つの物を除いては.


「赤本......」


 赤い革装丁の,文庫本より一回り大きい本.赤本だからと言って,決して大学受験の過去問集では無い.中身を開いて見ても,めくるページは全て何も書かれていない真っさらな状態だった.何で書く事を想定しているのか,市販されているノートの様な滑らかさは無くコピー紙のような若干ざらついた紙質ではありつつ,ページ一枚一枚は透けにくく,硬過ぎず滑らかにめくれる.


 革装丁の赤本と聞いて連想するものは一つしか無い.ただそれはこんな場所に置いてあるものでは無いし,まして自分が手にする事は決して有り得ない.何も記入されていないと言う事実がさらなる混乱を招いた.


「何故......何故これがここに——」


 そもそも何故革装丁の赤本なのか.ただの赤本だっていいし,わざわざ革を赤に染める必要は全く無い.それに此処は自分の見た夢の世界だと頭の中で言い聞かせつつ,最後のページをめくった時,初めて文字列が姿を現した.


「Je t'atten(待ってるわ)ds. N'oublie su(忘れないで)rtout pas, je suis de ton(私は貴方の味方だから) côté, quoi que ce(何があろうと) soit.」


 誰の書いたものなのか判らない文章は,確実にこちらに語りかけていた.

 決して多くは無いが,指し示し得るものが多岐に渡る情報が雪崩れ込んで来た.何がどうなっているのかを考える前に一息付こうと窓の外を眺めると,秋晴れの空は一変,赤紫の夕暮れとなっていた.


「あぁ......? そんな時間経ってねぇだろ」


 手元に視線を戻そうとした瞬間,視界は再び暗転した.

革装丁の赤本,文庫本大だったら背丈が膝位の小人には丁度いい大きさですよね.

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