隠蔽
「河本清太郎ですって? あの政治家の?」
オウム返しのように正樹は里中が遮ってまで告げてきた人物の名前を繰り返していた。
「ええ。同姓同名の方もおられるかもしれませんが、その河本清太郎です」
河本清太郎は正樹が最初にここを訪れたときに買った雑誌で特集が組まれていた未来の総理大臣候補とまで呼ばれる大物政治家だ。
しかし、何故そんな人物が山名凜花の事件の隠蔽をしようとしたのか。
結局の所理由がわからないのだ。彼にとってそんなことをする利点が全く思いつかなかった。
「彼がどうして山名凜花さんのことを隠蔽しようと……」
「ああ、それはとても簡単な話ですよ」
正樹の質問は里中はどうしてそんなこともわからないのかと言うかのような口調の声で再び遮られる。
「河本清太郎が山名凜花の父親だからですよ」
「は……?」
頭の理解が追いつかない。頭が情報を処理しようとするがあまりにもでかい情報過ぎて正樹の口からは言葉が出てこなかった。
「もちろん、戸籍上は違いますけれどね。いわゆる隠し子ってやつなんでしょう。ですが彼女から直接聞いた話です。間違いはないはずですよ」
そしてそのまま言葉を続ける。
「遠坂さん。そう考えれば、何故? という問題にも答えが出ませんか? もし凜花さんの転落死が事故や自殺ではなく他殺であった場合、警察はどうしても調べることになるでしょう。学校で行われた女子高校生の殺人事件。マスコミも動きます。
そうなれば凜花さんが河本清太郎の娘であることも露見してしまう可能性があった。当時、河本清太郎はちょうど選挙戦の真っ最中でした。もし隠し子というスキャンダルがでれば彼の落選は決定的だったと言えるでしょう。彼にはそうするだけの動機、それを行うだけの権力もあったんですよ」
暴論だ。あまりにも飛躍しすぎた空想の話。正樹としてもそう結論づけたかった。
だが、里中の言葉から感じるのは嘘偽りのない真実のように感じ取れた。
大物政治家が自分の隠し子が殺されたというのにそれがスキャンダルとしてばれるを恐れ隠蔽した。
三流の小説でももっと上手い展開を書くだろうと思うほどの話だった。
「学校としても自殺や他殺ではなく、事故として処分したほうが扱いはとても簡単です。事故対策で窓に柵を付ける、そもそも開かないようにする。これだけで済むんですよ。
だけれど、自殺となれば調査が入ります。学校も責任を負う立場になるでしょう。他殺なんて更に論外です。
凛花さんと一緒だったクラスメイトのみんなとしてもそうじゃないですか?
もし自殺だったら、自分たちが追い詰めた結果なのだから殺したと思うかもしれない。
他殺なら学校に忍び込んで人を殺す殺人鬼がいたことになるか、関係者の誰かが彼女を殺してのうのうと暮らしてることになる。
事故死ならそれで終わるんですよ。みんなが幸せになる結末なんですよ。ただしそれは死んだ彼女以外がですが」
里中は一気に話しすぎたのか一度大きく息を吸い込んで吐き出した。
「遠坂さん。僕は凜花さんを殺したことで裁きを受け、罪を償わないといけないんですよ。それはもちろん他に僕が殺した方々の件も含めてです。でも、今の僕には彼女を殺害したことは罪に問われていないんです。それが許せない。だからあなたに打ち明けるんです」
「どうして私なんですか。……それなら、あなたが警察に取り調べを受けている間に話せばよかった。もしくは裁判中に弁護士を通して告発しても良かったはずです。何故今私だけに話すんですか?」
正樹としては当然であろう疑問を里中に投げつける。
「自首じゃ意味なかったんですよ。それじゃあ僕の罪が軽くなってしまう。この犯行は誰かに見つけてもらわないといけなかった。捕まったとき、警察なら……と思いましたが。あいつらは僕の知らない全く関係ないやつの名ばかりあげてくるだけで肝心なところを見つけられないただの無能たちでした。
だから僕は待ったんですよ。【山名凜花は里中航平によって殺された】というところにたどり着いてくれる人を。それが遠坂さん、あなたです」
里中は正樹をじっと見つめていた。何かを託すようにじっと見つめていた。
「遠坂さん。記憶ってね……腐るんですよ。どれだけ忘れないと思っていた大事なものでもです。僕は凛花さんを殺したことは絶対に忘れないつもりです。でもその記憶も全体こそ残ったとしても少しずつ色んな所から腐っていって、ささくれていって、薄くなっていって、穴が空いて、壊れていくんです。そうしてゆっくりとですが着実に少しずつ忘れていくんです。
忘れたところが僕の知らない間に僕の意識とは関係なく別の記憶によって置き換わってしまうんですよ。僕はそれがとても恐ろしいことに感じたんです。
その壊れていく記憶を自分の手でなんとか補修するために僕は同じ……いや似た体験を繰り返したんですよ。穴の空いた記憶の部分に似たような別の記憶を縫い付けて彼女のことを自分の手で覚え続けようとしたんです。そう、僕が殺した十二人の犠牲者は僕の記憶を縫い付けてもらうための生贄だったんですよ。彼女たちには悪いことをしたとは思いますけれどね。
でも僕にとって凛花さんの一件はその生贄を使ってても覚えておかないといけないぐらいには大事なことで、罪として裁かれなければいけなくて、罰を受けないといけないことなんです。僕の最初の殺人として。僕――里中航平という殺人者の誕生の原因として。
なのにあの男がそれをもみ消した。そして誰もそのことに気づかないまま僕の事件は終わろうとしている。彼女の存在がこのままでは無意味になってしまう。それが許せないんです」
刑務官がぱっと時計を見て少し驚く。そして里中に告げる。
「里中、時間だ」
もうそんな時間なのかと思うような顔をしながらも里中が立ち上がる。
そして、その状態から正樹に向かって大きく頭を下げた。顔を上げてからこう告げた。
「遠坂さん、これがあなたに伝えられる全てです。あとはあなたにお任せいたします。僕が話したことを嘘と思うのも、そのままもし真実であると思ったとしてもあなたの心の中でもみ消すのも、それ以外の行動を取られるのも自由です。僕はそれを咎めません。それでは失礼します」
正樹は、里中と刑務官が退出しても、しばらく無言のまま座り続けていた。
そして気がつけば頭を抱えてうずくまっていた。