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秘密

「遠坂さん。『僕は何人殺しましたか?』」

 里中の質問は全く変わらなかった。聞いていた話通りだった。

 それでも正樹は答えをすぐに返せなかった。


 眼の前にいるのは十二人の女性に乱暴した上に殺害しその後も行為をし続けた異常者だ。

 とは言ってもこの強固なアクリル板で二人の間は遮断されており、彼の手は後ろに回っており動くのは容易ではない。

 さらに刑務官が記録を取りながらも常に彼を監視している。

 どうやっても正樹に対して里中がやれることはない。

 こうやって話をするだけだ。


 それだけだ。

 それだけなのに。

 正樹はひどく動揺していた。


 正樹のトラウマをえぐる場面とも言えた。

 別に里中は高圧的に話しかけてきてはいない。ただ淡々と正樹に質問してきているだけだ。

 それでも、相手の質問に自分が返す。

 そして、その答えによって自分が左右される。それが正樹にとって昔の良くない思い出を呼び出すトリガーとなっていた。


「あなたが……殺したのは十三人です」

 言葉に詰まって唾液がないのに唾を飲もうとする。

 ほんの少しの言葉だけで口の中の水分が消えていく。


「あなたがそう思う根拠を教えてください」

 そんな正樹を全く気にしない様子で里中は言った。


 ――一緒だ。

 彼にとって自分など今まで質問してきた記者たちと違わないのだろう。

 もしくはもっと下の存在に見えているかもしれない。

 いや、里中航平という一般の人間から乖離したシリアルキラーからすれば他人などすべて同じなのかもしれない。


 正樹はどれほど沈黙していただろうか。

 十分、二十分、もしくはもっと黙っているようにも思えた。

 一方でまだ一分も経っていないようにも思えた。


 この沈黙に待ちきれなかったのは里中の方だった。

「残念ですが……」

 彼はこの場を終わらそうと最後の言葉を告げようとする。

 彼がいい切ってしまえば、もう終わりだった。


「あなたが……。あなたが殺したのは十三人です。ですが……それは殉職された警察官を除いた数です」

 里中の言葉を遮ったのはなんとか絞り出した正樹の言葉だった。

「――続けてください」

 返ってきた里中の言葉に正樹は我に返る。

 もう終わりだと。絞首台の床が抜けるような感覚を味わいながら、そのギリギリで何かを掴んだ。

 今までに情報として得たことのない里中の言葉に僅かな自信を得た正樹の口が動く。


「あなたは爆死された警察官を除いた十二人の殺害は認めています。ですが、過去にあなたの質問に『十二人殺害した』と答えた方へは『話すことはない』と言われました。なら答えは簡単です。あなたは検察側が起訴した事件以外に()()()()()()()()()んじゃないですか」

 そう、答えは簡単だ。

 起訴された案件により十三人殺したと答えては駄目で、その中でも里中本人が認めた十二人と答えても駄目だった。

 ならば彼はそれ以外にも他の人間を殺している。

 それが正樹の答えだった。


「――ふ。ふふ。あははははは!」

「おい里中!」

 突如笑いだした里中に対して、刑務官が警告し立ち上がる。

 彼の行動次第で面会はすぐに中止、終了されるのだ。今の里中の行動は間違いなく許されざる行動だろう。


「ああ、刑務官さん。ごめんなさい。ごめんなさい」

 一瞬刑務官の方を向き謝罪した後彼は正樹の方を向き直した。

「初めてですよ。そこまでたどり着いた人は」

 正樹の予想を里中は肯定した。


「僕はあいつを殺したなんて認めちゃいないんです。僕が作った爆弾で吹っ飛んだ衝撃で頭を強く打った結果で死んだから僕が殺しただって? 冗談じゃないですよ。あれは警報装置です。わざわざ爆弾あります。って警告までしていたのに。勝手に突っ込んできて勝手に死んだんですよ。事故ですよ。あれは。僕はやってません。僕が殺したのは……あんなやつじゃない」

 もし殉職した警察官の関係者や遺族が彼のこの言葉を聞いていたら、どう思っただろう。

 激高し殴りかかっていたかもしれない。

 刑務官は今度は無言でペンで書き込んでいた。

 そして正樹も黙って座っていた。

 殉職した警察官は名前程度しか知らない人ではあったがそれでも扱いが酷いとは思う。

 それでも、今饒舌に語る彼を止めてしまえば、自分も今までの記者たちと同様に失格扱いになる可能性がある。

 そう思えば今彼を止めることなんてできなかった。


「ねぇ、遠坂さん。その警察も検察も事件にしなかったのに僕が殺したと言う人に心当たりはありますか?」

「……それは。……ありません」

 恥ずかしい話だ。ここまでの正樹の推理というべきものはあくまでも記者たちへの里中の反応から予想しただけのものであり、証拠もなにもない。

 ただの空想と言ってもいいレベルだ。里中が笑った時、正樹は自分の答えが全く見当はずれの不正解だと思ったのだ。


「そうですか。それならそれでいいです。でしたら、彼女のことを調べてください。彼女を見つけ出してあげてください。そして彼女のことがわかったらまた来てください」

「里中。時間だ」

 刑務官が里中に時間の終わりを告げる。


「遠坂さん、どうかお願いします。彼女のことをお願いします。じゃないと彼女が……かわいそうだ」

 それが里中の最後の言葉であった。

 今までとても冷静に語り続けていた彼からこぼれた『かわいそうだ』という言葉はなぜかとても重く感じた。


 ――とんでもない。とんでもないことを知ってしまったぞ。


 大量殺人者の口から告げられたのは彼しか知らない隠された被害者。

 よもやそんなことを聞かされるなど全く思っていなかった正樹はただただ呆然と座り続けていた。


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