会見
「心構えはいいかね?」
「は、はい。大丈夫です」
「よし。ではいこうか。なに、心配はいらない。多くの厄介事は私が引き受ける。決められた通りにやってくれればいい」
これから待ち受けていることを想像し固くなる青年の肩を優しく叩きながら、真っ黒に焼けた肌に紺のスーツできめた大物政治家は前に出て、マスコミたちが待つ会場へと向かった。
河本清太郎による里中航平の殺人計画の推理、そして遠坂正樹への協力依頼の一件は、正樹の心を粉砕するに十分な案件であったが、最後の最後で正樹は権力者である彼との共闘を選んだ。
河本清太郎と共に、共同会見の場に正樹は『僕は何人殺しましたか?』の筆者として現れた。
マスコミが予想していなかった人物と一緒に現れた河本清太郎は先に正樹を座らせたあと、自身は座らずに、無言で深々と頭を下げた。
それを見た正樹も慌てて立ち上がり続けて頭を下げた。
一番目立つシーンともあってカメラのフラッシュがいくつも何度も光っては消えるを繰り返す。
「改めて本日集まってくださったマスコミの皆様、そして本件に対して迷惑をかけた関係者各位、そして私のことを心配してくださった支援者全員にお詫び申し上げる。本日まで会見が遅れた理由は真実を突き止めるためだ。今回の一件は私にとっても、非常に大きな意味を持つ。だからこそすべてをしっかりと調査し調べ上げる必要があった。本日の会見はマスコミの皆様の質問がなくなるまで対応するつもりだ。では時間も惜しいだろう、最初の質問を頼みたい」
河本の言葉にざわつきが起きる。言いたいことだけ言って終わる会見と思っていたものが、マスコミ側に主導権を渡したのだ。
記者たちはこぞって多くの質問を河本に浴びせかけた。
河本はその質問に沈着冷静に淡々と一つ一つ答えていった。
山名凜花という隠し子のこと。彼女の母親であった元秘書との話。
山名凜花のいじめのこと。里中航平との関係。
そして山名凜花の死。さらにその死の隠蔽に関わったかどうか。
質問はそこだけでは終わらなかった。
自分の妻のこと。家族事情。彼のすべてをここで曝け出そうとするマスコミの獰猛な牙が河本を襲い続けていた。
「……すみません。隣の……えっと。遠坂正樹さんでしたか。彼に質問をしてもよろしいですか?」
「大丈夫だね?」
「は、はい」
河本が正樹にたずね、正樹が答える。
「あなたはあの里中航平と面会し、唯一彼が秘密を打ち明けた人です。あなたは彼のその言葉を聞いてどう思いましたか?」
「えっと……それは……」
言葉が出ない。あれだけ大丈夫だと思っていたのに。
河本はこっちを見なかった。
今回彼は正樹をフォローしないと先に言っていた。
もし庇ってしまえば、正樹は河本の庇護を受け話していると見られると。
だから私は君をかばえない。君は君が思うことを話せばいい。後のことはすべて私がなんとかしてやると。
その言葉を信じて正樹は話し始める。
「ぼ……いえ、私は、彼の言葉を聞いて驚きを感じました。世間の誰も知らない『真実』を聞かされたのだと思いました。……私は彼に任されたんです。彼から聞いた秘密をどうするかを。
私はこの『真実』を公にしないといけないと思いました。それは正義感によるものです。河本清太郎という大物政治家によって隠蔽された隠し子の死を。そして里中航平が殺人鬼になった始まりを知らせなければいけないと思ったんです。
だからこそ、私は『僕は何人殺しましたか?』を書き上げました。
私はいくつもの新聞社や出版社に協力をお願いしました。でも皆さんはそんな私を門前払いにして私の言うことを信じなかったんです。
だから私はネットの力を使いました。ネットですべて公開することにしたんです。それならば誰にも邪魔をされません。真実を一切誤魔化すことなく公開できる。そしてそれは一生残り続けると思いました」
正樹の言葉がここで一旦止まる。言葉の先が出てこなかったのだ。
どれだけ練習を重ねたとしても、これほどの人が注目している中で自分のやったことを説明することのプレッシャーが彼のメンタルをぐしゃぐしゃに壊していく。
「……今思えば、私は……彼に。里中航平という悪魔に唆されたんです……。
あの男は……私なんて見てなかった。都合のいい道具として……自分の目的を果たすための凶器としてしかみていなかったんです……。みなさん……本当に……本当にすみませんでした」
後半の正樹の言葉はもはや涙ぐんでいて、しっかりとした言葉になっていなかった。
正樹の言葉は記者の質問に正しく答えたわけではない。
でも自分が思っていたことを話した。その感覚はあった。
自分は真実という餌にくい付き正義という大義名分のために行動した。
そしてそれがどれほどの犠牲を。代償を支払うことになるのかを理解してなかった。
自分の行動の責任の重さをわかっていなかったのだ。
別の記者が正樹に質問しようにもあの状態ではまともな話を聞くことが困難なのは誰の目に見ても明らかだった。
何でもテキパキと答える河本、一度の質問で泣き崩れた正樹。
この二人の一見に見えるアンバランスな会見は中継を見ていた人の心に疑惑を生む。
本当に『僕は何人殺しましたか?』は正しかったのか?
本当に大量殺人犯である里中航平の言葉は正しかったのか?
会見は4時間にも及んだ。
そしてついに記者たちが音を上げた。誰も手を挙げなくなったのだ。
長時間に及んだ質問は同じ質問を繰り返す記者が何人も現れ始め、もはや何を聞いていいのかわからない状態にへと変化していっていた。
いくらでも質問を受け付けるという餌に記者たちはものの見事につられてダラダラと時間稼ぎしかできなくなってしまっていたのだ。
そんな記者たちに頑張って答え続ける二人への評価は最初とは異なる方向へと進んでいく。
ネットでは「もう聞き飽きた」「それさっきやったじゃねぇか」「もう終わらせようぜ」などの言葉が飛び交い、最初から長い間見ていたもの達がもういいかとブラウザを閉じようとしたところで、河本がとっておきの爆弾を投げつける。
「質問が出なくなったようだね。では最後に私から。
私は次の衆議院選挙に無所属になるが出馬する。そこで私はすべての人に民意を問いたいと思っている。
この会見を。私の今までを。すべてを賭けての挑戦だ。
私を信じるのか、それとも里中航平を信じるのか。それは皆様が決めることだ。では失礼する」
誰もがその宣言に唖然とし、慌てて質問しようとする記者たちを見向きもせず河本と正樹は会場を後にした。
この大胆不敵というべき宣言は、河本清太郎という人物への賛否両論を生むにうってつけの議題となった。
今回の記者会見はあの最後の言葉を言うための宣伝であり、河本はやはり悪いものであり、疑惑は更に深まったというもの。
いやあれほど記者たちが質問しても河本は信用できる、疑惑は解消されたと言ってもいい。今回の一件は里中航平による罠であったのだというもの。
様々な意見が飛び交うネットの世界は、『僕は何人殺しましたか?』の真偽や河本清太郎のことにこそ盛り上がっていた。
それ故、会見前はあれほどに盛り上がっていた山名凜花の死の真相、それに関わったはずのクラスメイトや学校関係者、隠蔽に関わった疑惑を持っていた警察などの話題はいつの間にか姿を消していた。
里中航平による最後の計画の対象は変更されたのだ。
『僕は何人殺しましたか?』の執筆者遠坂正樹と大物政治家河本清太郎の二人によって。それこそが二人の目的であった。
そしてこの論争は、河本清太郎の当選という出来事で決着がつく。
もちろん、河本清太郎を嫌うものがいなくなったわけではなかったが、衆議院選挙に勝ったという民意の証明はあまりにも強力であった。
疑惑を消すことは出来ない。だが、結局はそれをどれほどの人間が信じるかなのだと河本清太郎はその身を持って示したのであった。