3話目
『轟 楓花』はひまわりが好きだ。
当然、それを『轟 優希』は知っていたし、彼女の誕生日にその花を渡そうと思ったこともあった。
ただし、彼は一度も誕生日にひまわりを渡したことがなかった。
というのも、彼がひまわりの花言葉を知っていたためである。
ひまわりの花言葉は
「私はあなただけを見つめる」
こんなの恥ずかしくて渡せるはずがないじゃないか?!
だから彼が楓花にひまわりを渡したのは人生で一度きり。
それは、プロポーズの時であった。
彼の頭にはいまだにプロポーズの時の楓花の表情が染み付いている。
とても幸せそうな笑顔で、「はい、喜んで」と答えた彼女はとても美しくまた可愛らしかった。
正に、あなただけを見つめていた。
ひまわりは轟夫婦にとって特別な花なのであった。
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Side カリア
気まずい。
私たちは客間へと向かったのだが、着いて早々、お父様たちは私とユキト様を二人きりにさせるべく「二人で庭を見て回りなさい」と言った。
それから、早1時間も経つのだがまともな会話ができていない。
その原因は私にあると思う。
何故か私の心臓は先程からずっとうるさいままで、手の震えも止まらない。
シュワシュワとした炭酸飲料を飲んでいる気分だ。
隣で歩いているだけなのに…、
それもこれもユキト様をどうしてもユキに重ねてしまう私がいけないのだった。
正に、付き合う前の高校時代の私に戻ったようなのである。
ユキト様を見ていると窒息してしまいそうな程、胸が苦しくて仕方がない。
ユキト様はユキト様で会話を振ってくれようとしているのだが、私がうつむいてボソボソしているので会話が続かない。
いたたまれない。とても気まずいのだった。
そして、楓花の内心はパニック状態なのであった。
(ダメだー!
なんだこれ、なんだこれ?!
今すぐ逃げ出したい。
私、旦那も娘もいるのよ。なのに、旦那そっくりだからってこんなにドキドキするなんて。
浮気?一目惚れしちゃった感じ??
違う、違うのよ!ユキ、梓!!)
そんな時こそ気を付けなくてはならない。
沢山のことを抱え込んで考えていると、注意力は低下するものだ。
「キャッ、」
さてはて、私はさっそく何もない場所で転んだのだった。
ユキト様は急に転んだ私に近寄って、
「大丈夫ですか?」とハンカチを差し出してきてくれた。
でも、その顔は何か面白いものでもみたかのように笑っていてー。
「何故、笑っているのですかっ!」
つい、苛立ったものだから強い口調になってしまった。淑女としてあるまじきことだ。
ユキト様も突然のタメ口に目を瞬かせた。
そして、今度は盛大に笑いだしたのだ。
さすがの私も不機嫌になるわ。
会話が無かったというのに、私が転んだら笑い始めて、怒ったらもっと笑うんだもの!!
カリアとしての私があり得ないわ!と叫んでいた。
それなのに、私の顔は今茹でタコみたいに真っ赤になっている。可笑しい…、彼と会ってから調子が狂うのだ。
そして、彼はひとしきり笑うと唐突に思いもよらぬ言葉を発した。ホールクローゼというひまわりのような花を差し出しながら。
「カリア・エルデウォーゼ嬢、いや楓。
私と婚約してくれますか?」
突然のことに私の頭は考えることを停止した。
今、楓って言った…?
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Side ユキト
俺は、気がついた時にはユキト・アルバートになっていた。
ここがどんな世界なのかもすぐに察しがついた。娘が高校生だった時にやっていた乙女ゲームの世界だ。
娘が乙女ゲームなんかをやっていたことに何よりも驚きが隠せなかった。そういうのに興味があるのは年頃の娘だししょうがないのかもしれない、そう思うことにしたがやはり、父親としてはかなり複雑な心境だった。
それゆえに、そのゲームについては妻と一緒に娘に隠れてこっそり調べた。
妻が攻略相手を見て、「ふふ、こんなイケメンに告白されたら恋に落ちちゃいそうだわ」なんて呟いた時はゲームの中のイケメンに嫉妬をしたものだ。
確かに、二次元だしイケメンなのかもしれないが。
しかし、ユキトなんて登場人物はその乙女ゲームにはいなかった。
ではなぜ俺がこの世界が乙女ゲームの世界だと判断したのかというと、何故かユキトの従兄弟が王子だったからだ。
いわゆる外戚というやつだ。
ところで、俺は前世、妻と一緒に孫への贈り物を買いにいった時に玉突き事故で死んだ。
だから、もしも妻もこの世界に転生しているのだとしたらまた会いたいと思った。
だから、俺は権力を使って俺と年の近いお嬢様たちの素性を探って妻を見つけることにした。妻のことなら何だって分かっているつもりだ。これでも五十年は一緒にいたのだ。俺は彼女が大好きで心の底から愛していた。
だから、資料を読んだだけでも彼女だと判断できるはずだと思った。
そして、ある時。
彼女を見つけた。
カリア・エルデウォーゼ嬢。
わがままお嬢様と聞くが、俺はこのお嬢様が自分の妻の生まれ変わりではないかと思った。
なぜなら、カリア嬢はひまわりに似たホールクローゼという花が好きでたくさん育てているらしいからだ。
ホールクローゼは育てるのが難しい植物で貴族のしかも十歳にも満たない子供がホールクローゼをたくさん育てているというのはあまり無い例だ。
ひまわりは俺とアイツにとってとても特別な花だ。
俺がプロポーズに使った花。
楓だけをずっと見つめると誓った花。
それに、名前があまりにも妻に近かった。
カリア・エルデウォーゼという名前は愛称でカエデと呼べる。
楓というのは妻の名前の愛称でもあった。
カエデ=楓
こじつけかもしれない。だが、俺はこの奇跡にすがった。
どうか、妻でありますように。
ゆえに、俺は父上にエルデウォーゼ嬢との婚約話を持ち寄った。
そして、今に至る。
目の前には顔を真っ赤にしたまま硬直している可愛らしい少女がいた。
愛しいな、と思った。
なぜ彼女が硬直しているのかというと、俺がいきなり婚約を申し出たからである。本当にいきなりであった。
俺は、エルデウォーゼ家に来てからずっと彼女を観察していたが時間が経つ程に彼女が楓だということをどんどん感じていった。
昔からある小さな癖。
出会った頃のような恥ずかしがり屋なところ。
ホールクローゼを沢山育てているところ。
楓らしいところがたくさん見つかった。
だから、観察なんてせずに直接言ってしまってもいいだろう。
(お前は、楓だろう?)
「ゆ…き?」
どうやら、正解にたどり着いたらしい彼女は信じられないといった表情で俺の名前を呼んだ。
なんて愛しいのだろう。
「正解。楓花」
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Side カリア
信じられないことが起きた。
なんと、ユキト様がユキだと言うのだ。
ドッキリ成功とばかりの楽しげなユキトの笑顔と「正解。楓花」という言葉。
これは、否が応でもユキト様がユキなのだと認めざるおえなかった。
でも、それならば私の先程までの態度も納得できた。
五十年もずっと一緒にいたからかもしれない。体がユキト様がユキだと分かっていたのだろう。
「本当に、ユキなの?私の都合のいい夢じゃないわよね?」
「うん、俺も自分の都合のいい夢なんじゃないかと思っているよ。…って、痛い」
思わず、ユキトの頬をつねる。
なぜだか涙が溢れてきた。
「ふっ、ふえぇ~、ユキっ!また、また会えたの?本当に?寂しかった、苦しかった、会いたかった、」
私が嗚咽混じりにユキに愚痴ると、彼は私の背中に手をまわして抱き締めてくれた。
あぁ、安心する。
ユキとは違う匂いだ。だけど、どこかユキに通じる温かさを感じる。
ただひたすらに彼の温もりを感じて泣いた。
愛している、と。
どれぐらいの間そうしていたのだろう。
たぶん、短い間だ。けれど私にはとてもとても長く感じた。
ユキが私の涙をぬぐってくれた。
「ねぇ、楓。返事は?」
プロポーズの時とは違って高い声だけど、それでもユキからのその言葉は私の胸を高鳴らせるのには充分だった。
だから、私は抱き締めてくれるユキにギュッと抱き締め返して答えた。
「もちろん、喜んで。ユキ。」
かくして、前世からの溺愛夫婦は今世も婚約をすることになったのだった。




