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前世、溺愛夫婦の恋愛事情  作者: 夕萩 みどり
2/17

2話目

 


 『轟 楓花』と『轟 優希』の夫婦は幼なじみだった。

 

 二人に転機が訪れたのは高校生の時。

 優希が楓花に「好きだ!」と長年秘め続けていた想いを伝えたのだ。

 優希は同輩、先輩、後輩、先生とたくさんの人に好かれていて、勉強、運動もできるおまけにイケメンという素晴らしいスペックの持ち主であった。

 ゆえに、そんな幼なじみに告白されるだなんて楓花は夢にも思っていなかっただろう。

 もちろん、彼女の答えはイエスの一択だった。

 なにせ彼女も彼のことが長年好きだったのだから。


 そして、二人は晴れて恋人になった。

 

 

 




 彼女は今でも繊細に覚えている。

 彼との大切な思い出を。

 高校時代の「好きだ!」というたった一言ストレートな告白も、

初めてのデートでぶっきらぼうにイルカのペンダントをくれたことも、

初めて交わった日も、

大学生になって付き合って初めての喧嘩をしたことも、

プロポーズの言葉も、

両親への挨拶の時のことも、

結婚式の時のことも、

梓が私の身体に宿ったことを知った時の彼の表情も、

梓が誕生した時のことも、

梓が反抗期の時大喧嘩した時のことも、

梓が彼氏を家に連れてきた時の衝撃も、

梓が結婚した時のことも、

孫が産まれた時のことも、


-そして、死ぬ直前に見た彼の瞳も。






 すべて、すべて、すべて、彼女は覚えている。

 もちろん、彼女が覚えているのは付き合い始めてからの出来事だけではない。


 『轟 楓花』は『轟 優希』と初めて会った時から死ぬまで、どんなにくだらないことでもきちんと覚えているのだった。





▪▪▪▪▪▪▪


 お見合いの対策がたいしてできていないまま7日がたった。あっという間だった。

 しかし、私はキャラ変についてはなかなかよい策を考えついたのだった。


 私の考えた策というのは、お見合いで相手に恋をして性格が一変してしまったというものだ。


 ほら、いつの世も恋は人を変えると言うでしょう?


 それを使うのだ。

 それならばきっと従者たちに変に思われないだろう。


 そのためには今日のお見合いが重要だった。

 私はキャラ変のためだけによく知らない男に恋心を抱いている演技をしなければならないし、それを貫き通せる自信が無い。

 まぁ、さすがに生きている時間が私の方が長いのだ。どうにか欺けると思う。そこのところは頑張るしかない。

 また、演技だといっても自分が恋心を抱いている相手がブスだったらもちろん嫌だし、性格が合わなければもっと嫌だ。

 

 それになによりも、お見合いを受けることへの罪悪感がすさまじかった。

 私、旦那もいるし、娘もいる。それに孫だっているのよ?前世だけど。

 相手にも申し訳ないし、旦那と娘に合わせる顔がない。

 これは決して浮気じゃないわ。

 そう、私が生きるための手段なの。

 

 「カリア、準備は出来ているか?」

 お父様が隣に立つ私にささやいた。

 ちなみに、私は今お見合い相手が到着するのを待って、門の前にお父様と従者たちと立っているのだった。

 「そういえば、お父様。こんな時になって言うのもあれなのですけれど。私、お相手の方のお名前も年齢も知らないわ。」

 何故か私にはお見合いの相手の情報が一切知らされていなかった。

 なんでだロー。

 少し、不安だったのだが私はこの一週間をキャラ変のために使っていたから相手のことを深く聞かなかった。

 今になって思うと、当日までお見合い相手を知らないだなんてとても不穏な気配がするのだけれど。何故、聞かなかったのか後悔しか浮かばない。

 お父様は私の言葉を聞いて驚いた顔をしていた。

「カリア、お相手のことを聞いていなかったのかい?お前の専属のメイドに言っておいたはずだが。」


 ???

 誰にも何も言われていないけど。

 というか、専属メイドなんていたの?

 私、この一週間メイドとまともな会話をした覚えないわよ?

 しいていうなら、事務的な会話だけだ。


 不思議に思って従者たちを横目で見ると、彼らはふいっ、と顔を反らして我関さずとした。

 一人だけ顔色が悪いメイドがいる。

 きっと、この人が今のカリアの専属メイドなのだろう。


 雇い主の一人娘にこの態度って!

 しかも、言わなかった内容がその一人娘のお見合い相手の情報よ?!常識的にあり得ない!


 どうやら、カリアは従者にかなり嫌われているらしい。

 しかし、それは自業自得だろう。

 あれだけわがままを強いてきたのだから。

 好きなように従者を取っ替えて、可愛いメイドをいじめ、家庭教師からは逃げる。

 きっと、専属メイドもたくさん替えてきたはずだ。

 そりゃぁ、好かれるはずが無かった。

 

 そうだなぁ、ここで好感度を上げておくのはいいかもしれない。

 

 私はお父様の袖をツンツンと引っ張ると、上目遣いで言った。


「お父様、どうやら私はメイドからお相手の話を聞かされていないようですわ。」

 すると、お父様の顔はみるみる赤くなっていき、怒りでカンカンになったのが分かった。

 このままではお見合い相手を迎える前にメイドが一人消えるのではなくて?

 従者たちに緊張が走った。

 でも、私は続ける。

「でも、きっと気のせいなのだわ。私ったら少し前に頭をぶつけてしまったでしょう?そのせいでメイドの大事な話を聞きそびれてしまったのね。だから、どうか怒りを静めてくださいませ、お父様。」

 私の言葉に従者たちは皆一様に息を飲んだ。

 なにせ、従者たちはいつものようにカリアが自分たちを嘲笑って件のメイドを解雇させるつもりだろうと思っていたのだ。

 だから、カリアが専属メイドを庇ったことに驚きが隠せなかった。


 この時、楓花は内心焦っていた。

(このぐらいじゃあ気味悪がらないよね?お見合い前でちょっと緊張しちゃっていつもより機嫌がいいだけって感じに見えているかしら?こういうところの貴族の気まぐれみたいに見えたかしらっ?キャラクター変わりすぎな発言じゃないよね??)

 

 もちろん、先の発言はわがままなカリアらしくなく、従者たちに絶大な驚きと感動をもたらしていたのだが。

 楓花はそんなことちっとも思っていなかった。


 

「ゴホンッ、」

 お父様がわざとらしく咳をしたことで私は正気を取り戻した。

 お父様は私の頭を優しく撫でて、向き合った。

「お前の見合い相手はお前より1つ年上で、ユキト・アルバート様だよ。」

「ユキ…ト様ですか?」

 私は思わず口に出してしまった。


 《ユキ》

 私が昔旦那を呼んでいたあだ名だ。

 

 私が死ぬ直前までずっと隣にいた人。

 あの人は運良く助かっているのではないか?そう思いたい私がいる。

 でも、あの事故での衝撃は人間に耐えられるものだったようには思えなかった。

 でも、子供たちを残していなくなるなんてあんまりじゃないか。


 会いたい…!!


 ドレスの裾をつかむ手に力が入った。


「カリア?どうしたんだい、暗い顔して。」

 お父様が心配そうに私を見た。

 大丈夫、不意討ちだったから思い出しちゃっただけ。

 私はいけないと思って、お父様に笑いかけた。

「これからお見合いをするのだ、と思うとつい緊張してしまっただけですわ。」


  

▪▪▪▪▪▪▪

 


 それから待つこと数十分。 

 ドタドタと、従者が駆け込んできた。

 遠くから馬の走る音が聞こえる。

「旦那様!アルバート伯爵の馬車が到着なさいます。ご準備を!!」

 

 いよいよ対面だ。

 どんな子なのだろう?とても気になる。

 それに、仮にも私が恋煩いの演技をする相手だ。緊張しないわけがない。

 

 アルバート伯爵の馬車が家の前に止まり、門が開かれた。

 エルデウォーゼ家の庭まで入ってきた。

 

 お父様にそっと背中を押される。

(えぇ、お父様。私頑張るわ)


 お父様がお辞儀をしたので私もドレスの端を軽く摘まんで貴族らしく柔らかにお辞儀をした。


 馬車の扉が開かれ、ダンディーなおじさまが降りてきた。

 そして、その後ろを眼鏡をかけた少年が続くように出てきた。

 

 彼が私のお見合い相手なのだろう。

 

 彼らが降りたのを見て、少し顔を上げる。

 お父様がアルバート伯爵とあいさつを交わした。

「これはこれは、ようこそお出でくださいました。お待ちしておりましたよ。」

「久しいな、エルデウォーゼ伯爵。

これが、うちの倅のユキトだ。」

 アルバート伯爵に促されてユキト様が前に出てお辞儀をした。

「ユキトです。この度はこのような機会を設けてくださり大変喜ばしい限りです。」


 彼が顔を上げた瞬間…!!

 目が合って、私は金縛りを受けたかのように固まった。

 その目の力強さに何か感じるものがある。

 呼吸もできないほど苦しくなって、胸の鼓動もドクドクドクと激しくなるばかりであった。

 

 お父様に促されて私も前へ出た。

 だけど、、うつむいたまま何も出来ないでいた。

 私は今どんな表情をしているのだろう?

 心臓がうるさい。

 なんでだろう?なぜ、この人は…、





 ユキと初めて会った時のことを思い出す。

 あれは私が引っ越してきたばかりでご近所へあいさつに行ったときのことだ。

 

 お母さんの影に隠れてモジモジしていた私をユキは見つけて、言った。


「俺、ゆうき。今日から隣なんだろ?これからよろしくな!」

 とてもキラキラした笑顔で、うつむいたままの私に話しかけてくれた。

 きっと、この時から私はユキのことが大好きだ。


 …なぜ、この人はこんなにユキに似ているのだろう?

 


 





 

▪▪▪▪▪▪▪

 結局、私はユキト様と顔を合わせることなく「カリア・エルデウォーゼです」と小さく答えただけで、私たちは客間へと向かった。






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