妖精の棲み処
王宮から放射状に走る7本の大通り。七大神になぞらえたその道の内、北北西に伸びる“闇の道”は、王都の抱える闇でもある。
2㎞ほども進めば、左手には闇市が立ち、右手にはスラムの煩雑な街が広がっている。
その闇の中に、似つかわしくないほど綺麗な建物が2つある。1つは、貧民窟の女をあてがう、安さが売りの娼館“魔女の館”。もう1つは最近出来た酒場兼鍛冶屋、“妖精の棲み処”だ。
“妖精の棲み処”が、決して恵まれた立地とは言えないにも関わらずすこぶる繁盛しているのは、そこの美人三姉妹の影響が大きい。
うら若き女店主である長女は、美形揃いと名高いエルフ族すら霞む美貌と、あらゆるものを包み込んでしまえそうな魅惑の巨乳が特徴の龍人族だ。
料理の腕前は見事なもので、“光の道”の一等人気の店に勝るとも劣らない。鍛冶の方も中々のもので、ドワーフにも引けを取らない出来栄えだ。
しかし何より素晴らしいのは、やはりその美しさだろう。彼女から放たれる凶悪すぎる色香たるや、敬虔なる求道者をも狂わせ、枯れた老人もかつての元気を取り戻すこと必定だ。
まだ幼い末っ子は、ふわっとした栗色の癖っ毛と眩しい笑顔が印象的な猫系獣人だ。酒場の看板娘兼用心棒をつとめている。
あの立地に店を構えるだけあって凄腕で、筋骨隆々とした大男を5人、一切傷付けずに制圧するほど。食材や装備の原料もほぼ全て彼女が採集しているそうだ。ペット(後述)の存在からもその実力の高さが垣間見える。
しかも長女と人気を二分するほどの美少女で、彼女の上目遣いの破壊力に勝るものはあるまい。その究極的な可憐さに、新たな扉を開いてしまった者は多い。
次女は姉譲りのさらさらの黒髪と、妹そっくりのぱっちりした目が魅力的な人間族だ。
店舗全域の清掃を一手に引き受けており、病魔の蔓延るスラムにおいて食事処を営めるだけの衛生状態を保てているのは、ほぼ彼女の功績だ。物静かな性格もあって、結婚したら良い妻になるだろう。
容姿レベルは前述の2人に比べるとやや劣るものの、十分な魅力を有しており、姉妹双方の特徴を持つことから、彼女らの代用に最適。その性格に加え外見への劣等感から、簡単にヤれそうだ。…
―――――――
「なんだこの記事は!」
『王都グルメ攻略ガイドbest100』に俺らのことが載っていると聞き、最後の客が帰ってから早速読んでみたらこの内容。料理のことなど数行しか書かれておらず、記事のほとんどを姉妹の容姿の話に割かれている。しかも俺のことを「簡単にヤれそうだ」って…いや、道理で今日は妙に熱い視線を向けられていたわけだ。
そう、この“物静かな次女”は俺、東雲月詠のことだ。
捕まったその日の夜に姉貴と星実に救い出され、3人で王都周辺の魔物退治で金を作り、超格安なスラムに土地を買って店を建てた。
そして、追われる身の俺はよもやそのまま店に出るわけにもいかず、やむを得ず変装しているわけなのだが…何で女装なのかは察してくれ。
ウィッグ(「見て見て月詠ちゃん!お姉ちゃん、こんなの作っちゃった!」)と化粧(「僕に任せてくれれば、この世で3番目の美女に仕立てあげてやるよ!…うん?もちろん、1番は僕で、2番目はお姉ちゃんさ!」)で誤魔化しているだけなのだが、まあ案外何とかなっているらしいのは不幸中の幸いか。自分の能力を使っていない時は元の黒い瞳に戻るらしいのもありがたかった。
「これでつく…ルナちゃんもモテモテねー」
「あに…ルナお姉ちゃんにもファンクラブが出来ちゃったりしてね」
「今は誰も居ないからいいけど、2人とも気を付けてくれよ…何のために偽名なんぞ用意してると思ってるんだ」
元の名前も女性名として通りそうだったが、属性判別の儀で名乗ってしまったばかりに偽名まで必要になった。やむを得ず、名前の一部“月”から“ルナ”と名乗っている。
だがよりにもよって、俺の正体を知っているのが、ついうっかり口を滑らせかねない姉貴と、俺を困らせる事が大好きな弟の2人。何かの拍子に本名で呼ばれたり、ウィッグを吹っ飛ばされたりして正体がバレるかもしれない。
…まあ、わざわざ牢獄破りをしてまで助け出してくれたんだし、最後には味方になってくれると信じているけどな!
「兄貴がもしモテモテになったら、お小遣いちょうだい?」
「何でお前に小遣いやらなきゃいけねえんだよ…そもそもむっさい男にモテたってこれっぽっちも嬉しく無いんだけど」
「だって僕のお化粧スキルと文才のおかげでしょ?」
「え?化粧はともかく文才って…まさか!」
『王都グルメガイドbest100』を再度開く。
“妖精の棲み処”の項目の最後、記者名は…“星雲”。
本名の東雲 星実から取った事は一目瞭然だ。
「お店が流行ってヒューガお姉ちゃんはハッピー、僕は臨時収入が得られてラッキー、ルナお姉ちゃんはモテモテ、街の人は僕たちの可憐さと最高の料理を堪能出来て幸せ…みんな喜ぶ素晴らしい記事でしょ?」
「俺だけ損してるんだが?とりあえずその残念な頭脳を消し飛ばしてやろうか?」
「きゃーこわーい、おかされるー」
「誰がそんな事するかバカ!」
星実とじゃれ合っていると
「こらこら、外まで声が漏れてたぞー」
この近辺には不釣り合いに高貴な装いの男が入店してきた。